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第103話 待たされてはないから

 

「じゃ、本当にお疲れ」


 なんて銃を抱えた水戸部に言われて、荷物を持って俺は「また来週な」と挨拶をして先に教室を出る。


「……一人、か」

 

 篠森には先に帰らせてしまったから仕方ない。生徒玄関を出た所で左右を見回しても意味はない。さっき、荷運びにここに来た時も篠森の姿は見当たらなかったのだから。

 

「まあ、仕方ないよな」

 

 一人、帰り道を歩く。

 既に帰りのホームルームが終わり二、三〇分ほどが経っている。どうにも中途半端な時間で運動部の大声が聞こえてくるものの、下校途中の生徒は見えない。

 篠森も流石に家に着いているか、ここからは追いつけない距離に居るはずだ。

 

「仕方ない」

 

 水戸部に、と言うよりも学園祭の準備に時間を割いたのだから。

 

「…………」

 

 俺はスマホを取り出す。

 何の連絡もない。特に何かを確認するでもなくポケットの中に戻す。

 

「篠森も……」

 

 一緒に学園祭の準備をすれば、と。

 まあ、今日のところは仕方ない。突然のことだったから。教室で篠森と話す訳にもいかないし。今日は水戸部から仕事を頼まれたと情報を共有する時間がなかった。

 

「────あ、甲斐谷」

 

 学校からそこまで離れていない場所。

 俺もその姿を見つけた。

 

「篠森……帰ったんじゃなかったのか?」

 

 どうしてか、篠森が立っていた。

 

「そんな事、言ってないじゃん」

 

 廊下でのやりとりで会話はなかった。篠森は俺が首を横に振ったのに、ただ頷いただけで。確かに、篠森は先に帰るとは言っていない。

 

「もしかして。ここで……?」

 

 特に何もない。座る場所も寄りかかる様な場所もない、ここで。

 

「ほら、帰ろ」

 

 俺の質問に対して特に答えることはせずに、そう言ってくる。俺はいつもの様に「ああ」と答え。


「……その、待たせて悪かった」


 なんて謝れば、篠森は「待たされてないから」とすました顔で言う。

 

「それで、学園祭の準備?」

 

 歩き出してから篠森は俺に聞いてくる。

 何があったのかと。

 篠森が、学園祭の準備の事かと考えたのは水戸部が一緒だったからだろう。

 

「ん……? ああ。朝に言われてさ」

 

 水戸部に早速仕事を頼まれたのだ、と俺が篠森にそう教えれば「お疲れ」と労いの言葉が返ってくる。

 

「私も残った方、良かったかな」

 

 篠森は心配そうな顔をして言う。

 今日は水戸部が他の誰かに声を掛けていなかったのもある。

 

「……なら、来週からだな」

 

 来週になれば話は変わってくるだろう。

 水戸部だってクラスに準備をする様に呼びかけるだろう。

 

「そうだね」

 

 篠森も残るなら、帰る時間だって今日みたいな事はなくなる筈だ。

 

「来週から……うん、頑張ろ」

 

 そう言って俺を見上げてくる、篠森に「おう」と短く答える。

 俺も成功させなければ。学園祭自体も、倉世の記憶を取り戻すための作戦も。

 

「甲斐谷?」

 

 顔に出ていたか、篠森が覗き込んでくる。

 

「あ、悪い悪い……大丈夫だ」

 

 現状、俺にできる準備のほとんどは終えている。

 後はもう、当日の対応によって決まる。俺と先輩と、篠森の。

 

「……学園祭」

 

 その日が来れば、確実に何かが変わる。作戦通りに三谷光正から情報が取れれば。

 そんな予感がする。

 

「上手く行くといいな」

 

 顔を前に向けて、そんな願いを口にする。

 少しずつ、俺の中で緊張は高まって行く。不安が押し寄せてくる。だが、同時に期待も湧いてきている。

 

「うん」

 

 俺の言葉に篠森は首肯する。

 篠森も多分、分かっている筈だ。俺の言葉の中に含まれた意味を。

 

「後で、先輩と最終確認……だな」

 

 どこかで連絡を取って会う日を作らなければ。それには篠森も居なければならない訳だ。

 

「来週辺りにでも」

 

 金谷先輩にどうかと提案しよう。

 まあ、あの人なら乗り気で聞いてくれるだろうとは思うが。

 

「なあ、篠森」

 

 それでどうだろう。

 そんな確認のつもりで呼びかけても。

 

「…………」

 

 篠森は黙り込んでしまう。

 答えが返ってこない。

 

「篠森?」


 俺は聞こえているだろうか、と篠森に再度呼びかける。そこでようやく答えが返ってきた。


「あ……うん。良いと、思う」

 

 歯切れの悪い。ただ、篠森は笑っている。

 その笑顔を。

 

「そうか」

 

 俺は知っている。この顔には見覚えがある。何度か、俺の前で篠森はその顔をしていて。

 

「じゃあ、金谷先輩にも聞いとくから」

 

 ただ、いつもと同じで。俺は無理矢理にどうしたのかなどと聞き出したいとは思えなかったのだ。

 

「……うん」

 

 篠森の返事を聞いて、俺は一度大きく息を吸って、吐き出して。

 普段通りに篠森の家の前まで歩いて。

 

「じゃあね、甲斐谷。また来週」

「ああ、またな」

 

 そんな挨拶の応酬をして、篠森は家の扉を開いて入って行く。

 黙って見送ってから、帰り道を進む。

 

「…………」

 

 俺はスマホを取り出し、チャットアプリを開いて先輩にメッセージを送ろうと思って、ポケットにしまい込む。

 

「帰ってからで良いか」

 

 どの道、先輩は補講なのだから。

 今送ったところで、金谷先輩は直ぐに見られる訳でもない。なら俺が家に帰った後で送ったところで変わらない。


「……別に帰ってからで」


 俺はモゴモゴと小さな声で繰り返す。誰に聞かせるでもなく。

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