第100話 後先の関係性
月曜日の朝。
俺はドアノブに手を伸ばす。
「ああ……と」
既に母さんも父さんも家を出た後だ。
玄関の扉に伸ばした右手を止め、腕を下ろす。スマホをズボンの右ポケットから取り出して、現在時刻を確かめる。
「…………ふぅ」
壁に寄りかかり溜息を吐く。
そうだった。
前回……というのも先週、始業式の日か。俺は特に考えもなく家を出て倉世と出くわした。その事を思い出したから、留まった。
家を出る前に思い出せて良かった。
「そろそろ……」
俺は慎重に扉を開いて、倉世の姿がない事を確認してから外に出る。
「よし、行ってきます」
暫く歩いて学校に近づくにつれて、段々と制服姿が増えていく。その中には三谷光正の背も、倉世の背も見えない。
二人だけではなく、先週、後ろから声を掛けてきた金谷先輩の影もない。
「…………」
先週と今日では俺が家から出た時刻が違う。
今日は始業式の日よりも一〇分程遅れての登校だ。先輩が居ないというのは当然といえば、当然ではあるか。
「おはよ」
聞き覚えのある声がして、俺は聞こえた方向に顔を向ける。
「甲斐谷」
「ん……? あ、おう」
図書館近く、篠森が駆け寄ってきた。少し間の抜けた様な声が俺の口から漏れ出る。
「おはよう、篠森」
しっかりと朝の挨拶を返す。
「うん。学校一緒に行こ?」
篠森の誘いに、俺は「おう」と短く返事をし、歩幅を合わせてゆっくりと歩く。
「というか、篠森。今日はいつもより遅くないか……?」
普段はこうして会う事もないし、学校に着けば篠森は既に教室に居る。だから、朝にこうして篠森と会うのはほとんど無かった筈だ。
あったとしても数えられる程度。
「そう?」
「いや、これくらいは誤差の範囲か……」
学校に間に合うのだから別に気にする事でもないか。
「……良いじゃん、別に」
篠森が顔を斜め下に向けて言う。
「確かに」
大した理由もないのだろう。
それに篠森がこの時間にここに居るのは俺にとって困る話でもない。篠森と話す時間が増えるのだから、それはどちらかと言えば良い話なんだ。
「そうだ甲斐谷」
「ん?」
「昨日は何してたの?」
篠森がそう話を振ってくる。
「俺か? 昨日は、あー……ゲーム、してたな」
俺は昨日の自分の行動を思い返してみる。特にこれといった特徴のない日だった。どこに出かけるわけでもない。
となれば、俺がする事なんてのはゲームくらいしかない。
「何のゲーム?」
「篠森が来た時にやったゲーム。なんか、俺も久しぶりにやりたくなってさ」
そういえば。
と、俺は呟き。
「篠森、ゲームの続きやりに来ないのか?」
俺が投げかけた質問に篠森は困った様に笑う。
「時間とか見つからなくて」
篠森の言葉に俺も納得する。
「そうか」
今後も中々そんな時間は取れないだろう。寧ろ、夏休みが終わったから余計に難しくなったのかも知れない。
「まあ、そりゃ仕方ないか。ただデータはそのままだからな」
だから問題ないんだと。
篠森の時間とか、都合が合えば。
「いつでも言ってくれれば準備するから」
遊びたくなったら連絡してくれ、と。
「それは、冬になっても……?」
「それは────」
続く言葉を口にできなかった。
見つめてくる篠森の目は、少し寂しげで。
「……ごめん」
俺が何も言えずにいれば、篠森の謝罪が耳に届いた。
「ほら……冬休みなら、遊べると思うからさ」
篠森はそう言って笑みを作る。
その顔は作り物だと俺にも分かった。俺でも分かった。ただ、分かったとしても。
「そう、だな。冬休み……だな」
篠森の誤魔化すような笑みに乗って、俺も話を逸らす事にする。
「……まあ、冬休み前に色々あるけどな。まず学園祭も一ヶ月後だろ?」
俺は話を変えようと学園祭の事を話題に挙げる。
「……そう言えばそうだよね。学園祭、一ヶ月後かぁ」
「今の所、動きはあんまり無いけどな」
夏休み中に二回集まっておきながら、これといった物は出来てもいなければ、方針も明確に定まっていない。
「流石にそろそろだよね」
篠森の言葉に「だな。そろそろ動かないと、間に合わないだろうからな」と返す。
「それで学園祭が終われば、修学旅行だろ?」
俺はこれからの行事を思い出しながら言う。一〇月末の修学旅行。
「そっか。修学旅行、どこだっけ?」
修学旅行の話を拾い上げ、篠森は修学旅行の行き先を確認してくる。
「京都だとか、関西の方だって聞いた気がするんだよな」
「京都って言えば……八つ橋とかだよね?」
「後は清水寺とか、伏見稲荷大社とか」
京都には何があるのか、なんて話や大阪にも行けるか、お土産は何があるのかなんて話をしながら歩いていれば校舎が見えてくる。
「じゃあ……また後でね、甲斐谷」
別々に教室に入り、俺たちの関係は悟られない様に。
いつも通りに。
「…………」
椅子に座り時計を見つめる。
秒針が進む、分針が動く。
「……冬、か」
篠森の言葉を思い返す。
誰にも俺の声は聞こえてない筈だ。俺の声はチャイムの音と重なった。数分ほどして担任教師が入ってきてホームルームの開始を告げる。
また、一日が始まる。




