いざお出かけ
閲覧ありがとうございます。
ピティと南の森から出た所にある街道で別れ、無事にファルファーラの森に帰って来た。
フェローはパピヨンカーズ到着と同時にまた屋根の上に登っていった。
大分気を遣って走ってくれていたので疲れたのだろう。
家には大木がくっついていて、外壁に付けたハシゴで屋根に登ると木の中に作ったログハウスに入ることができる。
何ともファンタジーな見た目のザ・森の中の小屋といった雰囲気だ。
師匠の使い魔は大半の時間そこで収納魔法を使い小さくなって過ごしている。
ログハウスの中を見たことはないが内部はそれぞれの巣を再現してあるらしいので彼らは自ら進んで入って行くとのことだ。
気がつけば夜はすっかり更けていて、うっすら空が赤みがかっているように見える。
そろそろ夜明けなのかもしれない。
のろのろと疲労で重い腕を動かして軋む扉を開けると、出て行った時と変わらない立ち位置で師匠が大鍋を掻き回していた。
いつもこの光景を見ると実はそれほど経っていないんじゃないか?と錯覚するので時間の流れがよく分からなくなる。
というかまた徹夜するつもりだな、この人。
思わず溢れそうになる溜息をく、と飲み込んで声を掛けた。
「師匠、ただいま戻りました」
「あら、遅かったわね。満月華は採れたの?」
「はい…なんとか。というか直前に言うのやめてくださいよ」
「良いじゃない。貴女、なんだかんだと言っても結局熟してしまうんだもの」
意地悪したくなっちゃうのよ。
とこっちの気も知らないでいけしゃあしゃあとのたまう師匠。
飲み込んだはずの溜息が喉元に戻ってきてついに溢れてしまった。
はぁ、と疲れた様子が伝わったのか珍しく師匠の方から、
「今日は随分とお疲れね。良いわ、続きは明日にしましょう」
「え゛、まだあるの…あ、いや、お言葉に甘えて!お休みなさい!」
「ふふふ、お休み」
探索鞄から満月華の入った麻袋を出して、師匠の大釜があるテーブルの端に邪魔にならないように置いて鞄を元あった場所に仕舞う。
くすくすと笑いながら師匠がテーブルに置いてあった杖を手に取り一振りすると汚れやほつれだらけだった服が新品の様に綺麗になった。
ありがとうございます、と不服な顔を隠さずに言ってからシャワールームへ向かった。
私はまだ洗浄の生活魔法は使えないのでシャワーを浴びる必要がある。
仮に洗浄魔法が使えても出来るだけ湯船に浸かりたいから出先でない限りは自分の体には使わないと思うけど。
シャワールームには師匠お手製の美容液や洗剤やらがたくさん置いてある。
前世だったら人によっては喉から手が出るくらい手に入れたいものだろう。
なにせ塗るだけで皮膚が新しく作られくすみやシミ皺の類が一掃される。
毛穴を小さくする作用、ニキビを治す作用など魔法薬を美容に特化させたものだ。
幾つも並んだ中から緑色の瓶に黒のリボンと金色のラベルが貼ってあるものを幾つか手に取って籠に入れる。
しょっちゅうどんな薬かも分からないような容器が並べられているので、自分が使う物は金色のラベルと黒のリボンを目印にしている。
取ったのはシャンプーやトリートメント、ボディーソープなどの必需品とスキンケア用品だ。
最初から全て籠に入れておいてもいいが、以前師匠が適当にポイポイ入れてごっちゃになったので毎回空にするようにした。
お湯を出すには水属性魔法と温度調節のための火属性魔法を両方同時に使う必要がある。
生活魔法は魔力コントロールにちょうど良いので料理などで積極的に使っている。
本当なら蛇口を捻れば出ないこともないのだが水圧や温度にムラがあり、自分で操作した方が早いのだ。
スキンケアを終え頭にタオルを被せたままシャワールームから出ると、調合が終わったらしいネグリジェ姿の師匠が暖炉前にあるイスに座って静かにティーカップを傾けていた。
カップを持っていない左の手元には一冊の分厚い本があった。
こちらに気付いているかは定かではないが本に目を落としている姿は真剣そのものなので、声が掛からないようなら放っておく。
結局私が2階の自室まで来ても声は掛からなかったので、相当集中していたみたいだ。
師匠は集中すると周りが目に入らなくなるので邪魔はしないに限る。
今日も無茶振りだらけでクタクタだ。
また明日も何かやらせたいらしいから、今のうちに疲れを取っておかないといけないな。
窓際にあるベッドに横になって今日会ったピティのことやら何か忘れてる気が…と考えているうちに眠ってしまった。
「レヴィ!起きてる!?出掛けるわよ!」
「!?、なんですかいきなりっ」
え、師匠がもう起きてる?
いつも徹夜か深夜まで作業したらそのあと倍は寝る人なのに。
どうせ昼過ぎまで寝てると思ったし、私も明け方まで動き回って疲れてたから普段よりかなり遅くまで寝てたのは事実だけど、それにしても珍しいな。
ちなみに師匠越しに柱時計を見たら10時になる少し前だった。
「ちょっと港の方まで行く用事が出来たのよ。ちょうど良いからそろそろ貴女も連れて行こうかと思って」
「え、行きます!すぐ用意するので下で待ってて下さい」
「早く来るのよー」
ルンルンとスキップしそうな勢いで下へ降りて行く師匠の後ろ姿を寝惚けた頭でしばし見送って、数秒後ハッと我に帰り慌てて身支度を始める。
あの人から出かけようなんて言われることは滅多にない。
一度だけ7歳になったばかりの頃に初めて彼女からお出かけよ、と言われ喜んでいたら何故かドラゴンの巣に連れて行かれた。
あの時は怒り狂ったドラゴンから炎を吐かれるわ嵐を起こされるわで散々な目に遭った。
そのドラゴンは何やかんやあって今は師匠の使い魔として屋根の上にいるわけだが。
命の危険を何度も感じまくったので、もう誘われても二度と行くもんかと当時は心に決めたものだ。
しかし今回は目的地が港である。
初の!海!昨日ピティと話してお使いじゃなく森の外に行ってみたいと思っていた矢先だったのでまさに願ったり叶ったりだ。
ただあまりにもタイミングが良過ぎる気がする。
もしかして港って、人のいる港町とかじゃなくて海の魔物の素材を取りに行く系のやつだったり…?
いやいやいや!流石にそれは!ない、と思う。多分。
あーでもあの人お出かけでドラゴンの巣連れて行くしなぁ。
クローゼットを漁りながら師匠の用事とやらが仕入れなのか採取なのか、それとも別の何かなのか。
それによって装備を考えないといけないな。
前世と同じく今世も黒髪なのでコーディネートはしやすい。
折角の異世界だしちょっと現代じゃ出来ない髪色とかも経験してみたかったけど、眼は鮮やかな蒼色で凄く新鮮だから良しとする。
基本的に持っている衣類はズボンばかりだ。
毎日の様にお使いや修行をしているので動き易さ重視である。
結局手に取ったのはいつもと同じ白のブラウスとキャラメル色のズボン、グレーのカーディガンだった。
パジャマを脱ぎ、出した服を着てさあ行くかと扉に向かったが思う所があり小さな書き物机に置いてある私物を入れる斜め掛けのポシェットを開ける。
鞄の中に目眩しの効果がある幻覚草の粉末を入れた布袋と魔力操作を助ける黒い指抜きグローブ、少量の金銭が入った巾着を入れた。
幻覚草はファルファーラの森の固有植物で葉脈に幻覚作用のある液体が流れている。
使う時は葉っぱごと擦り潰してペーストにした物を使うか、干してから粉末にするかする。
粉末は撒くと吸い込んだ相手が量にもよるが10分前後は幻覚を見るので足止めになる。
グローブはワイバーンの革で出来ていて、師匠の友達?の魔法使いに貰ったものだ。
手の甲に空間がありそこに師匠が実験で砕いてしまったフレアクリスタルの破片を入れている。
フレアクリスタルは魔力を溜めたり封じたりと万能で魔法使いなら誰でも使ってみたい高級な魔鉱石だ。
この世界では透明度の高い石ほど魔力蓄積量が多く、質の良いものだと魔法も貯められるのでとても価値があるそうだ。
フレアクリスタルも透明度が高いものはビー玉くらいのサイズでも1ヶ月は食べ物に困らないくらいの価値があるとか。
その為ただのガラスをフレアクリスタルだと偽って売り付けるのが偽物を扱う常套手段だと言う。
確かに鑑定魔法がないと割るくらいでしか判別出来ないが詐欺師が商品に傷をつけさせるとは思えない。
今度こそ支度を終え、階段を降りると昨夜の様に暖炉の前の椅子に腰掛けて師匠が待っていた。
あまり待たせたとは思わないが、念のため声を掛ける。
「お待たせしました。今日はどちらに?」
「時間が惜しいわ。説明と食事は行きながら済ませましょう」
珍しく早口にそう言うと杖を一振りする。
一瞬杖先が光ると小屋の外からズズンと重い物が落ちた様な音がした。
恐らく魔法で師匠が急いでいる時に使う用の馬車を出したのだろう。
そんなに急いでいるなんて本当にどうしたんだろうか。
「さあ行くわよ。早く乗って頂戴」
扉を開けるとやはり何度か見たことのある黒い馬車が待っていた。
屋根の上に収納魔法で実験道具から外用具まで様々な物が仕舞われていて、この馬車もその一つだ。
師匠は移動魔法という特殊な魔法も使えるらしいが、魔力消費がかなり多いのと座標がないとズレやすいのであまり使いたくないそうだ。
ということは今回はよく行っている場所じゃないってことかな?
手入れの行き届いた丸い金属の檻の様な無骨な形だが、窓に嵌め込まれた蝶の形の色ガラスや金属扉の細かな装飾のお陰でオシャレな馬車になっている。
操作魔法が掛かっているので御者がいなくても問題なく動くし馬車を引くのは師匠の使い魔がやるので意外とよく使っている移動方法だ。
すでに連結部には使い魔のポチが装具をつけて待機していた。
ポチはケルベロスの近縁種であり、本来は頭の三つある魔物だが固有魔法で三頭までなら分裂することができる。
今回はその魔法を使ってもらい3頭立てのケルベロス車ということになる。
凄い字面だなと思うが馬よりも魔物や野盗に襲われづらい為、国境や街道を移動する時には重宝されるそうだ。
大きいとは言え引くのは犬の魔物なので乗り心地が悪そうに見えるが、馬車本体に師匠が魔法を掛けているので移動中の揺れは全くない。
見た目よりとても軽い金属扉を開けて中に入ると拡張魔法のお陰で寝そべることが出来るくらいの広さがあった。
カラーリングはワインレッドのソファに黒い床、扉の内側には木製のサイドテーブルを出すこともでき、飲食や読書をするのに便利そうだ。
ソファに腰を落ち着けた師匠が杖を一振りして扉が閉まり、馬車が動き出したのか少し揺れた。
それ以外では振動を感じることはなく、はめ殺しの蝶形の窓から外を覗くとファルファーラの森の木々が眼下に並んでいるのが見えた。
森の外までは空を飛んで街道まで出るようだ。
恐らくそこからは言っていた通り今回の目的地である港まで地路を行くのだろう。
ポシェットを膝に乗せ久しぶりの馬車を堪能していると、まだ機嫌が良いらしい師匠が魔法でサイドテーブルにランチを出しながら言った。
「実は昨日、リーレットから連絡があってこれから待ち合わせているのよ」
「リーレットさん?港でですか?」
「ええ。ちょっと探している物があってそれの情報を教えてくれるそうよ」
リーレットさんは師匠と仲の良い魔女なのだが本人は錬金術師だと言い張っている。
最後に会ったのは半年程前で魔鉱石や貴金属の研究をしていて様々な著書を出しているのだと言っていた。
ちなみに赤ん坊だった私の世話を見兼ねて手伝ってくれた人の一人である。
「探している物?一体どんなものなんですか?」
出てきたハムと野菜の挟まったサンドイッチを食べながら聞いた。
「実はずっと前から大昔に作られた宝具を探していたの。リーレットがたまたま商業ギルドでそれっぽいのを見つけたと教えてくれたのよ」
そう言って優雅に紅茶を飲んでから一口サイズのサンドイッチを口に放る師匠。
宝具…凄いファンタジーだけど、この世界では実在するんだな。
現代だと武器のイメージがあるけどどんな物なんだろう?
師匠にもどんなものかは分からないらしく、宝具の話はそれっきりだった。
リーレットさんはこの半年、師匠の頼みで自身の用事のついでに探し物もしてくれていたらしい。
それなら私を連れて行く必要はあったんだろうか?
「なぜ私を連れて行ってくれるんですか?」
「昨日疲れてたみたいだし、息抜きも兼ねてそろそろ外に連れ出そうかと思ってね。というかリーレットに言われちゃったのよね」
リーレットさん曰く、8歳で市場はおろか町にも降りたことがないのは問題があると言われたらしい。
確かにお小遣いは少しだけ貰っているけど使ったことはないし、というか使うシーンがない。
お金のやり取りや他者とのコミュニケーションなど、これからは魔法や薬学以外も学ばせた方が良いとのことだ。
リーレットさん!師匠より保護者してくれている。
馬車全体がカタン、と揺れた。どうやら街道に出たようだ。
師匠は港に到着後すぐにリーレットさんと待ち合わせ場所に向かうらしい。
合流後は件の商業ギルドへ行き交渉するのだそうだ。
どれくらい掛かるか分からないので、日暮れまで街で好きに買い物をして良いとお小遣いをくれた。
この世界の物価がよく分かっていないのだが、金貨5枚に銀貨10枚って多くないか?
価値観が分からず首を捻っていると、お金の単位を教えてくれた。
いや有難いけど、そうじゃないような…。
まず低価値から銅貨、銀貨、金貨があり更に上に星貨、月貨がある。
銅貨は一枚では買える物があまりないそうなので100円くらいと想定する。
銀貨は銅貨10枚分の価値があり、金貨は銀貨10枚分だ。
星貨と月貨はあまり見かけないそうだが、星貨は金貨10枚、月貨は星貨10枚分の価値だそうだ。
ということは師匠はお小遣いに六万円分位くれた事になる。
凄い太っ腹だ。本人に言ったら笑顔で魔法をぶっ放されそうだから言わないけど。
その後も馬車に揺られ、ようやく止まった頃には2時を回っていた。
街から少し離れているが、馬車から出ると潮の香りが漂い前世ぶりのそれに懐かしさすら覚えた。
ここは海洋貿易国家カリギュラ。
世界で最も物と情報が集まる国だ。
と、師匠がさっき言っていた。
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恐らく徐々に長くなります。