もしかして異世界2
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あれから早いもので8年が経った。
やっぱり赤ん坊になっていた私はこの間無事8歳を迎えたところだ。
今は緋色の髪の女性もとい、師匠となったアムリネの元で弟子兼家政婦として生活している。
師匠に拾われてからの日々はとても忙しいけれど、前世とは比べ物にならないくらいにやりがいと時間からの解放感に満ち溢れていた。
最初見た時はスタイルの良い美人だったのでさぞ健康に気を遣っているのだと思っていたが、その実態は研究三昧で深夜作業は当たり前の典型的な不健康生活だった。
酷い時は徹夜もするし食事も1日まともに摂らないことだって頻繁にある。
しかも掃除や料理などの家事も生活魔法に頼り切っている為、当時赤ん坊であった私の世話なんて出来るはずもなく。
結局知り合いの魔女や知性ある魔物が見かねて助けてはくれたものの、生活スペースに他人を入れたくない師匠は死ぬ気で生活魔法を昇華させて育児魔法を編み出した。
これが才能の無駄遣いってやつか…と赤ん坊ながら遠い目をしたものである。
「レヴィ、月光草は取ってきたかしら?」
「はい」
「じゃあ次はこれね。満月の時にしか咲かないから今晩中に探しておいて」
…訂正。
忙しいしこの人自分に出来ることは他人にも出来ると思っているから、日々の無茶振りが激し過ぎて解放感なんて感じていられないわ。しかも今晩って…もう夕方なんですけど。
仕方なく無茶振り対策でドア横の棚に用意しておいた茶色の探索鞄を取り出して肩に掛ける。
作業テーブルで大釜を掻き混ぜる手はそのままに束ねた緋色を揺らして師匠が振り返る。
「夜は魔物が凶暴化し易いからフェローを連れて行きなさい」
「分かりました。行ってきます」
特徴的な蝶の形をしたドアノブを回し年季の入った木の扉を開ける。
扉が鈍く軋む音を聞き付けたのか、私が呼ぶ前に上から大きな影が落ちてきた。
どうやら屋根の上辺りにいたらしい。
「フェロー、これから満月華を取りに行くんだ。付き添いよろしくね」
「がぁう、ぐるるる」
フェローはフェンリルの近縁種で大型の狼の姿をした雄の魔物だ。
サイズは動物園で見た雄の成ライオンより一回り大きいくらい、かな。
通常魔物は人に懐かないらしいが、このフェローは師匠と使い魔契約をしていて私の言うこともそれなりに聞いてくれる。
私のいた現代でフェンリルといえば北欧神話で大暴れする天災級の巨大な狼だ。
こちらでも原種のフェンリルは神話級の魔物だそうだが、大昔に神々が飼っていたのが戦で放されて野生化したとかいう外来種みたいな理由で大陸の各地で見られるようになったと言う。
フェンリルには近縁種と言って他の魔物と交配して生まれた小型の種族が沢山いる。
師匠が言うにはオリジナルが余りにもデカ過ぎて食い扶持に困ったから小さくなっていったのでは?とのことだ。
どの世界でも食糧事情はシビアである。
近縁種の血筋は基本複雑で詳しいことは不明らしいが、フェローは少なくとも人類が番犬として古くから重用してきた犬種が混ざっているから比較的人と共生し易いのだそうだ。
外見は青い長毛と使い魔契約の証である額の紋章が特徴で手足と胸、顔周りが白と灰色の毛色をしている。
日頃の手入れの甲斐もあって彼の被毛はなかなか良い触り心地だ。
今日のお使いは時間があまりない為、フェローの背に玄関前に引っ掛けてある鞍を手早く着けさせてもらい、慣れた動きで騎乗する。
何度も背に乗せてもらっているからかフェローも背の低い私に合わせて乗り易い様に身を屈めて待ってくれる。
鞄が落ちない様にしっかりと体の前で固定してフェローに声を掛けると、重力を感じさせない滑らかな動きで森を駆け出した。
今私と師匠が住んでいるこのパピヨンカーズが建っているのはファルファーラの森と呼ばれる、大陸の中心から少し西に外れた片田舎の森である。
目的の満月華は大陸の南側にある大森林に自生している。
あの華は満月の夜にしか開花しない特殊な華で、1ヶ月日光と月光を浴びてその間溜め込んだ魔力を開花時に放出する。
開花と閉花を12回ほど繰り返すと、百合の様な花弁の中心にある光るおしべに余剰分の魔力を含んだリングが掛かりそれが現れているものが採取に適切とされている。
自然の光から魔力を生み出し溜め込むわけだが、不思議なことに開花時に放出される魔力には癒しの効果が付与されている。
この世界はあらゆる生き物が魔力を持ち、時に人間以外の生き物すら魔法を行使する。
ただし使える魔法は限られていて自然や物体を操ったり強化する類いの魔法は比較的普及しているが、鑑定魔法や時空間魔法などの特殊な魔法を使える者はごく一部に限られる。
治癒魔法もその一つで固有魔法として所持している魔物、そして人間では聖女にしか使うことが出来ない。
よって癒しの魔力を持つ者は所持が確認され次第、住んでいる国が地位ある立場へと召し抱えることが慣例となっている。
治癒魔法はその希少性もさることながら、人間では女性にしか発現しないという点が他の魔法とは違うところである。
何故なのかは分かっていない。
というより師匠の家にある古そうな文献や資料を調べてもそれらしい理由は出て来なかったのだ。
体が成長してある程度動ける様になった頃、折角の異世界だと思い色々と調べてみたが大陸の歴史もイマイチ信憑性に欠けるものだった。
やれ良い女神が大地を豊かにして全ての生き物に魔力を付与しただの、野生の魔物は悪い女神の遣いで死を運ぶだの。
女神に良い悪いがいるのにも驚いたが、人類史が記録されたのがここ1000年のことでそれ以前はほぼ想像や口伝えばかりで事実かどうかも分からないらしい。
師匠に聞いても、研究や調査には莫大な知識とコストが掛かるため研究者は皆国や機関に所属している。
最新の情報は大抵出資元に独占されてしまうとか。
なのでそれぞれの国の書庫には恐らく歴代の調査や研究の書類、著書があるのではないか、とのことだ。
話を聞いた時そこまで真剣に調べたいわけではなかったのだが、随分と歴史の解明に消極的なのだなと思った。
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