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天は俺の上に可愛いを造らず、俺の下にブスを造った






 嫌味とかではなく、純粋に疑問だった。


 ーーねえ、お前なんでそれで行けると思ったの?


 喉元まで出掛かった言葉を流石に自重する。

 時間は放課後。場所は校舎裏。典型的なシチュエーションで呼び出してきたのは、今まで一度も口を聞いた覚えの無い名前だった。余程自分に自信があるやつなのかと、ならばせめて面くらいは拝んでやるかと来てみたら、待っていたのは何の面白味もない普通の男子生徒。


「あの......俺、桃さんのことが好きで......!! 受験で忙しくなる前に、どうしてもこの気持ちを伝えたくて......!!」


 そして、告白の言葉までありきたりと来た。


「無理」


 端的に二文字で答える。

 どうして時間を割いて聞きたくもない告白に付き合ってやった側が謝らねばならんのか。俺はそれが知りたい。


「桃さんとなら、男同士でも、その......大丈夫ですから!」


 何でお前が我慢する立場なんだよ。話になんねーな。


「待ってください!」


 食い下がってきた男子生徒の手が、俺の手に触れる。

 そう思われた瞬間ーー。


「はい。そこまで」


 木陰から、長身の女子生徒が現れた。


「それ以上、桃に近づかないで」

「あ、はい」


 制止された男子生徒は、先ほどまでに熱にうなされていたような表情から一転、夢から覚めたように呆然としていた。

 やがて現実に頭が追いついてきたのか、怒っているような、泣いているような、そんな判別のつかない表情を唇を噛み締めることで隠し、俯いて引き下がる。


「............すみませんでした」


 小さくそれだけを呟いて、行ってしまった。


「つまんな。もっと根性見せろよ」

「桃」


 咎めるような声と共に、肩をつかまれる。

 走って来たのか、少し息の上がっている幼馴染ーー牧野真希は、真剣な瞳で俺と目線を合わせた。いつもの説教モードである。


「いつも言ってるでしょ。私がいない時に、危ないことをしないでって」

「別に危ないことはないだろ」

「あのねえ......」


 疲れたようなため息。

 俺の体を回転させた真希は、学校の窓と向かい合わせる。


「何が見える?」

「世界で一番可愛い俺」


 即答した。

 ぱっちり二重の大きな瞳に、小ぶりな唇。白く透明な肌。薄く反射するピーチピンクの髪を腰まで伸ばしたその姿は、まさに「絶世」の二文字がふさわしい。あの男子生徒に限らず、多くの男が分不相応な思いを抱いてしまうのも理解できるというものである。性別なんて些細な問題。そう言い切らせる可愛さが俺にはあるのだ。


「うん。今日も可愛い」


 天は俺の上に可愛いを造らず、俺の下にブスを造った。


「今のは私の聞き方が悪かったか......」


 俺の背後で呆れたように頭を押さえる真希。

 気怠げな瞳とボブカットが特徴的だが、何よりも目を引くのはーーその身長とスタイルだ。


 バレーで全国に行けるレベルの真希は、身長172センチと、身長かなり低めの俺では背伸びをして全力で手を伸ばしても敵わないほどに背が高い。そして、胸がでかい。

 ほどよく筋肉のついたアスリート体型で足も長いが、部活の時、男連中の視線を釘付けにしていたのはその圧倒的な身長と跳躍力から繰り出されるスパイクではなく、着地直後に揺れるそのHカップに達する胸部だった。


「じゃあ、こうすればわかる?」

 

 ーー腰をかがめた真希が、後ろから俺に抱きつく。


 おそらくは、これが一昔前に流行ったあすなろ抱きってやつなんだろうが、身長差が酷すぎて覆いかぶさっているようにしか見えなかった。なんか違う意味でドキドキしそうだ。捕食とか、そういう感じの意味で。

 あと、肩にメロンが二つ乗ってる感じで非常に重い。当たってるとかじゃなく、普通に乗ってる。


「急になに? 欲求不満?」

「そうじゃない。桃は小さいんだから、私でも簡単に押し倒せるんだよ、ってこと」


 私でも......って。お前さっきの男より普通に高いけどな。

 けどまあ、俺が小さいのは事実ではある。140なかったんじゃないかな? 忘れたけど。小5女子の平均身長以下は流石に低い。まあ、可愛いから関係ないけど。


「今度こそ約束して。私のいない所で知らない男と二人きりにならないって」

「お前は俺の何なんだよ」


 鼻で笑って、差し出された小指を払い除ける。


「桃!」


 すると今度は、左右を締め付ける腕が強くなった。


「約束してくれるまで、離さないから」

「真希、ちょっと汗臭い」


 一瞬、反射的に拘束が緩んだ隙を見計らって脱出しようとするが、それよりも強く抱きしめて阻止される。

 湿った空気と、しっとりとした肌が吸い付いてくる。


「嘘つかないで」


 口ではそう言いながらも、首を動かして執拗に自分の脇の下やシャツの首元に鼻を押し当てて確認している真希。


「桃が呼び出されたって聞いて、走って部活から抜けて来たから......スプレーすればよかった」


 言い訳がましくあれこれ呟いている間も、否定して欲しいのか、こちらをチラチラ横目で覗き見ている。

 そんな真希に、俺は振り返り、笑顔で言ってやった。


「シュールストレミング!」

「それは絶対に嘘!」

「じゃあお花畑だった」

「それは......本当?」


 んなわけねえだろ。


「別に普通だよ。普通」

「普通ってなに?」

「普通に真希の匂い」

「............一応、スプレーしてくる」


 と、言いつつピクリとも動かない真希。

 締め付ける腕を緩める気配もない。


「じゃあ離せよ」

「このまま行く」

 

 馬鹿か。


「桃が約束してくれるまで離さないから」

「めんどくさっ」

「桃はそう言うけど、私がいなかったら、今までもっと危ない目に遭ってるんだからね。私は桃を心配してるんだよ?」

「うざっ」

「ほら、またそうやって強い言葉を使う。私には良いけど、他の人にはやめた方がいいよ。ただでさえ桃は、敵を作りやすいんだから」


 今日の真希は、いつにも増してしつこい。

 普段なら適当に聞き流してればその内解放されるのに、今日に関しては、その兆候が全くない。体も密着されたままで離してくれないし、そろそろ重くなってきた。


 もうめんどいし、適当に頷いとこうかな。いやでも、約束は絶対に破っちゃダメだし......。


「第三高校は、治安が悪いで有名なんだよ。悪い噂のある先輩の話もよく聞くし......私は、桃のことが心配」


 ん? 第三高校?


「ねえ、約束して。今度から、一人で知らない男の人について行かないって。告白されても、まずは私に相談して。もしかしたら、その場で襲われちゃうかもしれないんだよ?」


 あー、なるほど。ようやく分かってきた。


 この世界一可愛い桃様は、当然、今までの人生で数え切れないほどの告白イベントを経験してきた。ポエムで求愛とか一発芸とかされたら流石に面白いから聞くだけは聞いて適当に袖にしてやるのだが......フラれた人間が取る行動は主に2パターンだ。

 

 悲しくなって引き下がるか、怒って食い下がってくるか。


 前者はともかく、後者に関しては割とめんどくさい。 

 中には日を跨いでも付き纏ってきたり、下らない噂を流してきたりするしょーもない連中もいる。そんな時、頼んでもないのに現れては相手を撃退してきたのが真希だった。

 クラスの女子と揉めた時も、生徒指導の教師にこのピンクの髪色をしつこく注意されてた時も同様に。


 高校に入学した後も今までと同じように一緒にいれるかわからない。だから、今のうちに行動をある程度制限かけておきたい。ーー真希が考えているのはそんな所だろう。


「だが、その心配は無用である」

「ひゃんっ」


 真希の脇をくすぐって、拘束が緩んだ瞬間に脱出した。

 脇の感触にしてはなんだか柔らかかったし、弾力があった気もするけど、まあそれは、些細な問題だ。


「何故なら俺は、天童塚女学院に進学するからな!」

 

 びしっ、と指を突きつけて、宣言する。


「............へ?」

「俺、天女行くわ」


 固まっている真希に向けて、もう一度。


「いや、だって......近いから第三高校に行くって............」

「あそこ猿の集まりじゃん。やめた」

「そんな急に......」

「あれ? 真希には言ってなかったっけ?」

「言ってない!」


 そっか。

 まあ、色々面倒な手続きを終えて満足したから、言うのを忘れていたんだろう。完璧な俺でも、たまにはそういうミスをする。仕方ないね。


 俺が一人納得する傍ら、真希は悲鳴のような声を上げた。


「私もう、第三高校で願書出したんだけど!?」


 まじか。


「じゃあ高校別々じゃん」

「............桃。まさかとは思うけど、わざと黙ってたの?」


 殺し屋のような目つきで俺を睨む真希。

 だが、誤解である。


「そんなわけないじゃん」

「ならどうして言ってくれなかったの?」

「忘れてたんだってば」

「普通、そんな大事なこと忘れる?」


 無表情で問い詰めて来る真希。

 その視線に孕んだ殺気は徐々に重くなっている気がした。

 

「............もしかして真希、怒ってる?」

「怒ってないと思う?」

 

 それは怒ってるやつじゃん。


「あ、ほら! でも天女は男子がほぼいないし、多分告られることもないぞ。お嬢様学校だから喧嘩とかもあんまないと思うし。ほら、金持ち喧嘩せずって言うだろ?」

「で?」

「だから、約束。真希の言う通り、なるべく知らない男とは二人きりにならないようにする」

 

 ーーまあ多分、天女に男子なんていないから二人きりもくそもないと思うけど。


 なおも極寒の視線で見下ろしてくる真希に、俺は世界一可愛い笑顔を作ると、上目遣いのビームを送った。


「いいでしょ? それで」

「よくない」


 差し出した小指が跳ね除けられる。

 そのまま真希は、俺の腕をがっしり掴むと、


「志願変更できるよう、先生に頼んでくる」


 無理矢理に引きずって歩き出した。

 いや、こいつ......マジか。幼馴染で進路決めるのもやばいけど、それよりーー。


「何で俺まで行かないといけないんだよ!」

「ついでに桃の願書も見せてもらうんだよ。桃は嘘つきだから、きちんと確認しておかないと」

「だーかーら! 忘れてただけだってば!」


 ずるずると引きづられて行く。

 一応踵を地面に突き立てて抵抗してはいるが、羽のように軽いを地で行く俺と、身長172センチ+筋肉+おっぱいの真希ではあまりにも差が激しく、靴を汚して地面に二本の線を刻むだけの結果に終わっている。


「私が目を離すと、桃は何をするか分からないから」

「彼氏面すんな!」

「してない。あと私、女だし」


 自称世話焼きな幼馴染は、そうして俺を職員室までドナドナして行くのだった。

 





◯ ◯ ◯ ◯ ◯





 3年前、現在の野党によって施行された『男女教育機会均等法』により、日本に存在する全ての男子校、及び女子校は「平等な社会に相応しくない学舎」として指導が入り、強制的に共学化することになった。


 俺と真希が通うことになった『天童塚女学院』も、そうして共学化した高校の一つである......名目上は。


「どう? 似合ってる?」

「良いんじゃないか? まあ、俺ほどではないけどな」


 今日がその、天童塚女学院......略して天女の入学式。

 結局、あの後校長まで直談判しに行ってスポ薦枠を勝ち取った真希は、先日、特待生枠の俺と共に無事合格。こうして同じ制服を身につけることが出来ているというわけだ。


 ーーそう。真希と俺とで、全く同じデザインの制服を。


「初めて履いたけど......いいな。スカートって。なんかこう、スッゲー軽くて楽」

「桃。パンツ見えてる」


 紺色のプリーツスカートに、白いブラウス。スカートと同じ色のカラーには、特徴的な花柄の刺繍が施されている。胸元には、一年生を示す赤いリボン。


「男子も女子もセーラー服って......うちの学校、絶対におかしいでしょ」 

「良いじゃん。可愛いし」


 腕を広げて一回転。

 映画のヒロインとかがよくやってそうなやつ。うん。可愛い。でもやっぱり、パンツ見えそう。少なくとも太もものかなり際どい所は見えてそうだ......丈が短すぎるのか? 少し長く......いや、でも。膝下だと芋っぽいし......。


 そうやって俺が色々と試行錯誤している一方、真希はというと渋い顔である。


「桃は着れるかもしれないけど。他の男子はどうするの?」

「着るんだろ、セーラー服」

「私、嫌なんだけど。桃以外の男のセーラー服見るの」


 俺だって嫌だわ。そんなん。


「でも仕方ないだろ。校則に書いてあるんだからさ」 

 

 俺は胸ポケットにしまっていた生徒手帳を取り出すと、その中の制服に関するページを開いた。


「ほら、ここ。『男女平等を掲げる本校の制服は、女子も男子もセーラー服である。セーラー服は元はイギリスの水兵たちが着用していたものであるから、当然男子も着用できるものである』って書いてある」

「絶対おかしい。うちの学校、絶対おかしいよ」

「まあ、安心しろよ。どうせ男子なんてほとんどいないし、いても一週間後にはいなくなるからさ」

「............どういうこと?」


 どうやら、真希はただ俺と同じ高校というだけの理由で選んだからか、天女についてあまりご存じないらしい。


「まあ、行けばわかるさ」


 天童塚女学院は、名目上は共学化しているが......実質的には女子校なのだ。






ちょっと長めの短編です。

短いスパンで更新していきます。


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