クリスマスプレゼント
今日は土曜日。クリスマス・イブ。
榊家のキッチンは朝から騒がしかった。
お母さんに手伝って貰ってブッシュ・ド・ノエルに
初挑戦する。
昨日の夜何回もレシピ本を読んで手順は暗記済み。
確認のために本を横に置きながら取り掛かる。
スポンジの焼き上がりが大丈夫だったので
とりあえずホッとしながらチョコクリームを泡立て
始める。
今日は榊家と廣澤家で合同のクリスマス会。
来年はいよいよ受験生なので、こんな浮かれた気分は
きっと味わえない。
夜をみんなで楽しく過ごす為にせっせと支度する。
ブッシュ・ド・ノエルも完成した所に、
「ただいま〜」とお父さんと秀くんが買い出しから
帰って来た。
リビングに入ってくるなり秀くんが質問する。
「みおちゃん、問題です。
今日は何の日でしょうか?」
にこにこと顔を覗き込んでくる。
「えぇっ? クリスマス・イブ…です。」
「それもありますが…不正解です!
12月24日と言えば…?」
12月24日と言えば…私は記憶を探る。
何か他に、あったっけ?
「ギブアップ?」
…っ!思い出した!今日は
「エルダナの冒険19巻発売日!!!」
私は人差し指を秀くんに突きつけて答える。
「大正解〜!おめでとうございます!」
秀くんはそう言って私にクリスマス包装された
包みを恭しく手渡した。
「…エルダナ?!」私は包みを持って震えた。
「そうだよ。クリスマスプレゼント。」
秀くんがまたニコッと笑う。
ドキッ !
心拍が上がる。
最近の私は何かおかしい…
「…みおちゃん?」
俯いた私の顔を覗き込んでくる。
私は顔を見られない様に包みで顔を覆った。
「…ありがとう」言うのがやっとだった。
「そんなに喜んでくれた?良かった。」
秀くんがにこにこする。
「オレも最近読み始めてるよ。結構面白いね。」
秀くんの言葉に驚く。
「えっ、そうなの?」
「うん。みおちゃんと鈴木くんが楽しそうに
話していたから、オレも読んでみたくなって。」
意外!小説とか読まなそうなのに…
「何巻まで読んだの?」
「まだまだ全然だよ。今8巻くらい。」
8巻か… かなりハイスピードで読んでいるとみた。
「結構読んだね。8巻だとエルダナの親友クレフが
『時鳴らしの妖精』と出会う話だね。」
「最後がオレの中では腑に落ちないんだよね。
なんでクレフは『じゃあな』だったのかな。
『またな』じゃなかったんだよ。最後だけ。」
私は秀くんの着眼点に驚いた。
「そこ、気になったの? 秀くん鋭いね!」
思わずネタバレの様な感想を言ってしまった。
「あ、やっぱり何かあるの?」
何も言えずにダラダラと汗をかく。
「ぷっ… みおちゃんは本当に嘘がつけないね。」
大笑いされるけど
顔が赤くなるばかりで何も言えない。
「…あの巻は泣けるよね。私は大好き。」
私が言うと
「えっ?全然泣く様な話じゃなかったでしょ?」
と秀くんが驚く。
しまった!
コレも13、14、15巻を読まないとわからない話
だった。
しかし、私の頭の中では8巻に込められた
泣けるエピソードが上映されていて
涙が流れた。
秀くんがぎょっとして慌てる。
「え…っ、なんで泣いてるの?!」
「ク…クレフが…」その後が言葉にならない。
「えーぇ?そこまで感情移入してるの?」
秀くんが呆れたと言わんばかりの顔をしながら
涙を拭いてくれる。
「とにかく早く読んでよ~!
っていうか受験生なんだから
こんな時に頭、巡らせる本を読むな〜!」
私は泣きながらメチャクチャを言った。
「わかった わかった 早く読むね。」
「しょうがないから続きを貸してあげるよ。」
私は涙を拭いながらリビングの戸を開ける。
秀くんを手招きして2階の部屋に移動する。
「みおちゃんと本の話が出来て嬉しいよ。」
階段を登りながら秀くんが話す。
先を行く私も振り返って笑顔で頷く。
「でもみおちゃん」
急に腕を掴まれた。
「男の子と簡単にふたりになっちゃダメだからね?」
秀くんが耳元で静かに言った。
ゾクッ
思わず秀くんの顔を見た。
笑顔だったけど、声は怒っている様に聞こえた。
「…図書委員のこと?」
恐る恐る聞いてみる。
「今もだよ。」
「 … 」
言葉が出ない。
「委員会活動だって事は知ってるよ。
でもみおちゃんは警戒心がなさ過ぎるから心配。
こうやって簡単にふたりになるし。」
「 …秀くんにも?」声が震える。
「そうだよ。特に何するかわからないよ?」
「 … 」
どんな反応をしていいかわからない。
困惑が思いきり顔に出ていたと思う。
「ふっ みおちゃん気をつけてね。」
そう言って秀くんは階段を降りて行った。
掴まれた手、秀くんの大人びた表情。
確かにちょっと怖いと思った。
私は自分の部屋に入って9巻と10巻を手に取る。
秀くんからプレゼントされた19巻を机の上に置くと
ツヨスギマンの消しゴムが目に入った。
消しゴムをひと撫でしてみる。
私がこの消しゴムに触れる時は不安がある時…
…だけど
今日はクリスマス・イブだぞ?!
パンッと両頬を叩いて気分を切り換える。
リビングに降りて行くと
秀くんはお父さんと楽しそうに話している。
…本を渡すのは後ででいいか。
キッチンにいたお母さんに指示されて
テーブルをセッティングしていく。
「櫂お兄ちゃんは来るのかな?7人?」
私がお母さんに聞くと
「櫂くんは大学のサークルみたいだから
6人で平気〜」
と返事された。
そっか。サークルかぁ。
なんか大学生!って感じ(笑)
テーブルの準備がちょうど整うと
千景さんと秀くんのお父さん玲穏さん
が来た。
その後は6人で乾杯して料理を楽しんだ。
それから私が作ったブッシュ・ド・ノエルを
切り分ける。
みんなが美味しそうに食べてくれてホッとした。
「みおちゃん、このケーキ、本当に美味しいわ〜」
千景さんに褒められて嬉しくなる。
それから大人達からプレゼントを受け取った。
もうサンタさんって歳じゃないからね!
私は千景さん達からかわいいヘアゴムと髪飾りを
貰った。
白いレースの花とリボン、ビーズのついたヘアゴムを
私は簡単にその場でつけてみた。
一気にガーリーな雰囲気になった。
「やっぱり美織ちゃんに合うわ~!
見つけた瞬間から良いと思ってたのよ~!」
アルコールで酔いの回ってきた赤い顔の千景さんが
満足そうに頷いた。
「女の子は良いわよね〜」
と玲穏さんに絡む。
最初の内は「チカちゃん、飲みすぎだよ」と
心配していた玲穏さんも、ウチの両親も
すっかり酔っ払ってしまった。
男性チームはソファーで談笑。
女性チームはダイニングテーブルで
寝始めてしまった。
お母さん達に水を飲ませて
背中からブランケットをかけた後に
食器の片付けをし始める。
秀くんも手伝ってくれる。
「さっきは怖かった?ごめんね?」
突然秀くんに話かけられた。
洗い物の手が一瞬止まる。
「…そうだね。怖かった…かも。」
視線を洗い物に向けたまま答える。
「みおちゃんに注意して欲しかったんだ。
ごめんね。」もう1回謝られた。
「うん。 …私も気をつけるね。」
そう言ったけど何となく秀くんを見れない。
「ね?抱きしめて良い?」
「えっ?!! ///」
突然の秀くんの断りに驚く。
思わず秀くんを見ると
「やっとこっち向いた!」と嬉しそう。
私は何も言えなくてただ顔が真っ赤になるだけ。
心臓の音が全身に響く。
「ね?だめ?」
秀くんの懇願する様な顔
「今まで1回も断られた事ないんだけど…」
洗い物に向き直って冷静さを取り戻す。
「うん。母さんに怒られたから。
オレもみおちゃんが嫌なら我慢する。」
「我慢なんだ!(笑)」思わず笑ってしまった。
「でも今日は、クリスマスプレゼントって事で!」
秀くんの必死さがおかしくなってきた。
「ふふっ… プレゼントでいいの?」
笑いながら秀くんの方を向く。
と
なんて切ない顔。 今にも泣きそう。
私は洗い物の手を止めて急いで秀くんを抱きしめた。
そんな顔しないでー
私はいつも秀くんに笑顔でいて欲しい
それは幼稚園時代の罪滅ぼしなのか
この胸の傷みが意味するものがまだわからないけど
秀くんがぎゅっとしがみついてくる。
「ありがとう」
私は秀くんの髪を優しく撫でた。
今日は秀くんの色々な顔を見た。
そのどれもが真剣に私に向けられたものだった。
私は何か秀くんの思いに気づき始めている気がする。




