抱きつく という事
お母さんに背中を確認して貰ってから
ふたりでリビングに降りる。
みんなテレビ前のソファーに思い思いに座っていた。
ガチャリとドアを開けた瞬間
秀くんが心配そうに立ち上がる。
「少し痣になってるわね。
ちょうど肩甲骨のところ。 大した事ないけど。」
とお母さん。
「私も秀くんに掴まれるまで忘れてた。」
「何して出来た痣なの?」とお母さんが聞いてくる。
「えっと…」と言いにくいそうにしていると
「今日?日戸瀬さん達にやられた?」
秀くんがめちゃくちゃ怒っているのがわかった。
「いやいや、ちょっとぶつけちゃって…」
「どこで?」
「学校の壁に!」
「どうやって? 何した時に?」
「ええっと…」 言葉に詰まった。
「みおちゃんは嘘をつくのがヘタなんだから
見てればわかる。」
ピシャリと秀くんに言われてしまって何も言えない。
秀くんの視線から逃げられない…
「軽く押されて… その…日戸瀬さんに…」
「やっぱりあいつらか…」
秀くんが絞り出す様な声を出した。
「でも、本っ当に軽くだし。大丈夫だから!」
おおごとにして欲しくないんだけど…。
「日戸瀬さんって?」お母さんが聞いてくる。
「去年もみおちゃんを泣かせた奴らですよ。」
秀くんが忌々しそうに言った。
「でも、元はと言えば秀くんが
抱きついてくるから…」私が反論すると
「抱きつく?!」お兄ちゃんと千景さんが反応した。
「学校でなんて抱きついてないじゃん。」と秀くん。
「違うよ。この前外で!見てた子がいたみたいで…」
私が言うと
「外で!!!!!」
お兄ちゃんと千景さんは完全に青ざめて
あわあわしていた。
そんなふたりをよそに話は続く。
「なぁに?じゃあ秀くんに好意を持つ子達が
美織を気に入らないとか、そんな感じ?」
とお母さん。
「お母さん!!そうなの!!
だから秀くんに学校では話かけないでって
お願いしたの。なのに今日、破ってきたんだよ!」
と言いつける。
「それに関しては謝る。佐々木さんにも怒られた。
みおちゃん困らせるんなら近寄らせない
とか言って。」
私は玲那ちゃんのセリフに感動した。
「玲那ちゃんが…!」
涙目になって拝む。
「話かけない事くらいでみおちゃんを守れるなら
癪だけどガマンする。でも…」
怒りが収まっていない。
「度が過ぎる。本当はこんなのおかしい。」
確かに。
家では仲良くしてるのに
外では仲良くないフリするのはおかしい。
「そうね。ちょっと先生と相談しようかな?」
お母さんが言い出した。
私は不安いっぱいの顔をお母さんに向けた。
「大丈夫よ。美織の不安が無い様にするわ。」
お母さんがぽんぽんと頭を叩いた。
「奏さん、オレに出来ることがあったら何でも
言って?」
秀くんが身を乗り出してお母さんに伝える。
そして気がつく。
さっきからヤケに静かなお父さんの存在にー
表情が読めない…
千景さんが青ざめながら話し出す。
「秀!それよりも抱きつくだなんて!
歳頃の女の子に!
…拓真さん、ウチの秀がすみません。」
私のお父さんに謝り出した。
お父さんが何かを言おうとする前に
お母さんが口を開いた。
「千景さん、その事については大丈夫ですよ♪
だって拓真さんはとっくの昔に
秀くんを憎むどころか愛してしまっているので♡」
千景さんとは正反対の満面な笑みで話出した。
「…えっ?」
「千景さん…私は秀だけは怒れません…。
秀がかわいいんですよ~」
お父さんは掛けているメガネの下に両手を入れて
顔を押さえている。
「幼稚園時代の秀くんの笑顔に悩殺されて、
そこからメロメロなんですよ〜」
お母さんがにこやかに伝える。
それは私も知っている…
お父さんは私に怒っても秀くんには怒れない。
男の子が欲しかったお父さんにとって
無邪気にお父さんに懐いてくれる秀くんは
我が子同然! それ以上に嫌われたくない存在!!
もっと言うと天使!!!
「いやいや、いくら幼稚園時代がかわいかった
としても、小さい歳はお互いに無邪気だった
としても、年頃のかわいいお嬢さんと
親しすぎません?」千景さんが慌てている。
「ウチは大丈夫ですよ!ねぇ?」
お母さんが明るい口調でお父さんに振る。
お父さんはまだ顔を覆ったままこっくり頷く。
「拓パパ…」
秀くんがお父さんに抱きつく。
何度も見た光景…
「美織ちゃん、もし嫌だったら
ちゃんと拒否してね?
言いづらかったらおばさんに言うのよ?」
私の両手を握って千景さんが心配してくれる。
「千景さん… ありがとうございます…!
嫌だったら突き飛ばします!!」
私は拳を作って千景さんに感謝する…
と、急に服を後ろに引っ張られてバランスを崩す。
後ろのソファーに着地したと思ったら
秀くんの腕の中。
「ちょっとっ…!秀くん…」
ジタバタもがく私をよそに
「みおちゃん、かわいいねー」と
後ろからぎゅっと抱きついてくる。
これは1年生の時によくやられたコト。
無視していた幼稚園時代を取り戻すかの様に
ことあるごとに抱きついてきた秀くん。
「だいすきだよ」って全身で伝えてくる。
最初の内は馴れなくて戸惑ったけど、
罪滅ぼしのつもりが
いつしか心地良く
安心するモノへと変わっていった。
「秀、幸せそうだな。」お兄ちゃんが苦笑した。
全く…
秀くんはいつまでもお子ちゃまなんだから…。




