嵐の予感
「あ、そうそう!
みおちゃん、秀くんのお父さんとお兄ちゃんが帰って
来るんですって。」
朝ご飯のトーストをひとかじりして動きが止まった。
母の言葉が木霊する。
胸がどきどきする。この気持ちは…?
「え…っ?本当に?」
「うん。新年度にあわせてね。
アメリカでの事が一段落したから帰って来る
んですって。」
お… お… おおおおお!!!!!
色々な感情が一気に湧き起こる。
秀くん!!! 嬉しいかな? 戸惑うかな?
「そっかー そっかー 帰って来るんだ〜」
私は変なテンションになっていた。
「嬉しい?」お母さんが聞いてくる。
意味がわからずに聞き返す。
「嬉しい?私が?…いや、特に…? 何で?」
「ううん。聞いてみただけ。」
「??? 秀くん嬉しいだろうね!喜んでるかな?
久しぶりで戸惑ってるかな?」
私は興奮しながら秀くんの気持ちを想像する。
「複雑なんじゃない?」お母さんが困った様に笑う。
「えー?そうなのかな?
…お兄ちゃんって確かすっごい年上だったよね?
兄弟でサッカーとか出来るじゃん!
楽しみじゃないのかな?あ、でもお兄ちゃんは確か
バスケットがうまかったよね一?」
一時帰国した時に私も少し会った記憶がある。
顔とか全然覚えてないんだけど。
その時お母さんが急に笑い出した。
私は驚いて戸惑う。
「え?何か変な事、言った?何で笑うの?」
お母さんはひーひー涙目になってお腹を抱えて
心底可笑しそうだった。
「いやぁ〜、ごめん ごめん! 」
そう言いながらもまだ笑っている。
私はいい加減怒り出す。
「もう! 何よ! なんで笑うのよ~!!」
大声をあげたが、
「はっ!大変!みおちゃん、もうこんな時間!!
遅刻しちゃうわよ!」とお母さんが時計を指差す。
つられて時計を見ると、本当にまずい時間。
大慌てで家を飛び出した。
ー 秀くん、どんな気持ちかな?
そんな事を思いながら隣の家 秀くんの家を
見つめた。
学校では秀くんと口をきかない約束。
お陰様で陰湿な嫌がらせは無くなった。
…早くても秀くんと話せるのは放課後だな…
私は何だか落ちつかない1日を過ごした。
放課後
ピンポン 家のインターホンが鳴り、
ガチャン 直様ドアが開く音。
「こんにちは〜」そして秀くんの声。
来た! 来た!
リビングで勉強していた私はすぐに手を止めた。
やがてリビングの扉が開いて秀くんが入ってきた。
「おかえりなさい。」私が振り返ると
「ただいま。」秀くんが返事をする。
ここは私の家だけど秀くんの第2の家状態なので、
もう小さい頃からこの挨拶で我が家では通っていた。
「勉強してたの?」 「うん。」
「あれ?奏さんは?」
「お母さんは買い物みたい。クッキーあるよ。
飲み物持って来なよ。」
「あー…じゃあ麦茶貰おうかな?冷蔵庫開けるよ?」
「どうぞー」
「みおちゃんは飲み物足りてる?」
「うん。大丈夫〜」
こんな具合でお客さん扱いもしない。
特に私と2人の時には寧ろ秀くんの方が
動いてくれる。
秀くんが私の向かい側に座った瞬間に本題に入る。
「お母さんから聞いたんだけど、お父さん達帰って来
るんだって?」
一瞬秀くんの動きが止まった様に見えた。
「…うん。そうだね。明後日…かな?」
テンションが低い。 ???
「… 嬉しくないの?」聞いてみる。
「そんな事ないよ。 すごい楽しみ。」
いや、どう見てもそのテンションは楽しみって感じ
じゃないでしょう…。心の中で突っ込む。
「みおちゃんは楽しみ?」
秀くんが聞いてくる。
「ねぇ、それ、お母さんにも嬉しい?って聞かれたん
だけど… なんで私が楽しみ?」
秀くんは答えない。
答える気がなさそうな様子を見て、私は溜息を
ついた。
それから改めて思いを巡らせる。
秀くんに…お父さんとお兄ちゃんが加わる。
「そうね~、嬉しいまでの感情はないけど、
楽しみ?かな!」
「…うん。楽しみだね。」秀くんが静かに返す。
「ねー だからさぁ、そのテンション!
楽しみって感じじゃないけど…」
どうして?と聞く前に秀くんに遮られた。
「みおちゃん、S中に行くの?」
目線の先には問題集。
「あぁ、そうなの。お母さんが今の学校の事を
心配してくれてね。 でも受験するにはスタートが
遅いしレベルが高いから受かるかはわからない
んだけど…(笑)」
「俺もS中狙ってるよ。」
「ええっ!そうなの?」
話題は完全にすりかえられた。
「…ライバルなのね!」キッと睨むと
「なんでそうなるんだよ。」と秀くんが溜息をつく。
それからふっと笑った。
「一緒に頑張ろうよ。
みおちゃんが一緒だと俺も頑張れそう。」
そう言って、今日初めての笑顔を見た。




