王都だよおっかさん
「久しぶりね、イズール」
王都の道を迷わずに自分の家にたどり着き、自分の家に入ってきた母、レイアに驚いた。
王都は故郷の森とは違った意味で複雑だが、そんなことはレイアには関係ないことらしい。
いや、首都に住んでいたこともある人だったからか。
古いが良く手入れのされた綿の街着を着たレイアは、大きな袋を行商人のように背負っていた。
「やせた土地でもどうせ育てて食べるなら美味しい方がいいでしょう?」
地味な茶色の髪は荒れていて、灰色の目は垂れてしわが多い。
外で仕事ばかりしているとどうしてもそうなる。
小さなころは父のせいで苦労したのだろうと思っていたが、大きくなるにつれてだんだん分かってきた。
この人は、ただただ異常に、作物を作ったり加工したりするのが好きなのである。
ひび割れた爪先に、小さな苗を挟んで見せて、すぐに大事そうに布の袋にしまった。
「美味しくて、栄養があって、やせた土地でも簡単に作れて水がほとんどいらない芋の苗よ」
別の袋をまた取り出す。
小さくて黒い種が入っていた。
「これは花よ。食べられないこともないけど、美味しくないわ」
「花を売るの?」
「うーん、そうね、売れるかしら?花が重要じゃなくて、これを植えた後の畑の土が肥えるのよ。作物を育てる準備の為に花を植えるの。蜜が取れたら最高ね」
こうなるとレイアは止まらない。
「もちろん肥料は要るわ、はじめは土全体を豊かにするところからかしら?飢えている人が多ければ、苗が荒らされる可能性もあるけれど」
実際に行ってみなくてはね、と、笑顔を見せる。
「前から言っているけれど、元々その土地に生えている植物を改良したり加工したりするのが一番いいのよ。各地を回って昆布みたいなものが作れるといいわ!」
高い視野を持っているが「資金」の観念がちょっと、いやかなり甘い。
レイアのこのザックリした計画による行動に、自分は長年苦労させられたのだ。
地方から入るのが難しい王宮勤めを目指したのも、幼い頃からの
「安定した職場で定まったお給料をもらい、定年まで定時に帰りたい」
という願望が大きい。
2級文官は自分にとって難関だったので、多くの人が結婚相手を探しに来たのだと言っているのを聞いてそりゃもうびっくりしたのである。
レイアはイズールの用意したいつもの食事を見て、まあ、何とかやっているようね、と言い、ついでのように
「荒稼ぎしているあなたのお金を当てにしているわよ」
と言ったのでびっくりした。
「母さん、それは一体」
「ごまかされないわよ。小鳥の魔術具を高値で売っているでしょう。わが子の声よ、聞き間違えるはずがないでしょう」
自分が作ったものでもないのに「お腹がすいたわ」と言いながら席に座り「食べましょうよ」とうながす。
前から思っていたが、父もおかしいが母もおかしい人なのである。
普通ではない。
「メドジェとの和平協定できっとボルフが来るでしょう。会いに来たのよ」
ああ、きっとそれはそうだろう。
死んでなければ。
「あの変に要領のいいボルフが死ぬ訳ないでしょう」
要領がいいのではない。
父はぼんやりしているうちに要領のいい人に捉まえられてしまいがちなのだ。
例えば母のような。
レイアが包み玉子を食べながら
「むむ、昆布のかけらが入っているわ、贅沢を覚えちゃって」
と言うので、慌てて製品にする際に出る余った端っこを格安で分けてもらっているのだと説明した。
「そういえば、サリラ様の服にはちゃんとお礼をしているの?」
何でも当然のように見破るのはやめて欲しい。
「サリラ様を知っているの?」
「食えないところもあるけれど、基本的には良い方だからね。援助も長年いただいているわ。あなたが井戸を掘ると連絡がきたけれど、まだまだお金はあるんでしょう?」
世間が狭すぎる……
自分の老後へのたくわえが指から滑り落ちてゆくのを感じて、当分王宮はやめられないし、もっともっと歌わなければ!と、金のかかる女を恨めしく見た。
食事を食べ終わって果実水を出すと、困ったような顔になり、
「一度採れたてを覚えると、王都の果実水はなんだか……」
「評判の店で買ってきたブレンドよ。ちょっとは飲んでよ」
「あら、ありがとう、ごめんなさいね」
とレイアが笑い、そして二人で果実水を飲んでから皿を洗ったのである。