好事魔多し
今日も失敗せずに無事終われた。
壁に魔石が並ぶ小部屋の椅子から立ち上がって、イズールは伸びをした。
アドルが当直なので、今日は一人で帰るのである。
「いや、最近良いことばっかりよ……」
秋も深まって、孤児院の子どもたちはボッケの実のおいしさを知り、食べられる植物も見分けられるようになってきた。
一気に懐に余裕のできたネリーとセイランは、親の仇のように孤児院を建て直し、敷地を拡げ、お金はまず貯めるものだとサリラにたしなめられている。
建物も大切だが、文字や計算の先生をやとえば、商売ができる子が育つ。
料理人を雇って子どもたちに手伝わせれば、食事がより美味しくなるし、将来その道に進む子だって出てくるだろう。
手先が器用な子には二人の人気の力とサリラのつてで職人を紹介すればいいのだ。
絵を習わせても良いだろう。
サリラが提案するたびに、子どもたちの将来の夢が膨らむとネリーとセイランが喜んだ。
イズールも母に手紙を書き、詳しい昆布の加工など相談した。
孤児院でそれをもとに何度も試した結果、ハポン産とは違う味わいの昆布ができて、サリラが買い取ってくれることになった。
慈善事業ではない。
ハポン国は美食国家で、珍しい味が高価に売れるのである。
イズール自身は帳簿を見て、だいぶ悩んで井戸をプレゼントした。
着の身着のままで、海で体を洗って生活していた彼らに、真水を清潔な布に浸して身を清めることを教える。
食事を作るのにももちろん使える。
何かと便利な布や髪や衣服を洗う石鹸は、ネリーとセイランが大量に買った。
彼女たちのいつも使う一級品を買わせず、一番安いものを選ばせるのに、つきそいのイズールは苦労したのである。
母が教えてくれた、海辺で育てるのに向いた作物を作る畑も作った。
収穫はまだだが、美味しいものになると教えられ、子どもたちは一生懸命世話をしている。
しばらくぼんやりしている間に、ちょっと時間がたってしまったらしい。
暗くなる前に家に帰らなくては。
街着に着替えてお堀にかかった橋へ向かう。
金色に輝く竜の紋章のピンをそっと胸元に刺した。
制服の時にも、街着の時にも身に着けて離さない。
今日は何を食べようかな。
「アドル様がお呼びですよ」
にこやかな笑顔で衛兵が近づいてきた。
珍しいこともあるものだ。
アドルは公私をきっちり分ける人なのに。
衛兵について通ったことのない廊下を歩く。
騎士棟の方角ではない、と気づいた時には遅かった。
イズールの口元に薬の香りがする布が押し当てられる。
意識を失ったイズールがくったりと倒れた。