第7話 形見の指輪
ようやく会えた。
迎えに行くと言われた日にさらわれてから今日まで、あなたを想わなかった日はなかったと、立ち上がってルイス様の胸に飛び込もうとした。
「アメリア」
「ルイス様!」
「王太子に抱かれたか。この下女!」
私は固まって身動きできなかった。あの上品なルイス様には似合わない暴言。
だけどそう思われても仕方がない。王太子にさらわれて数日が経っているのだもの。
「あの……ルイス様。私は王太子さまには抱かれてはおりません。この身は潔白なままでございます」
「バカな。男女二人が一つ屋根の下におってそんなことはあるわけがない。ましてやあの猿と同じ汚い王太子だぞ?」
ルイス様は美しい眉をますますつり上げて誤解をしたままだ。どうしたら身の潔白を証明できるのだろう?
私が考えていると、ルイス様の後ろから四人のドレス姿の妖艶な美女たちが現れた。
「ルイス様。それが例の?」
「そうだ。正当な王位継承者だよ」
え……? ルイス様とこの人たちは何を言っているの? それに彼女たちは?
「では、彼女が正妃となるのですか?」
「まさか。彼女は元奴隷だぞ? 元王の血もだいぶ薄れている。高貴な私に見合うはずなどない。今まで通りお前たちの妻の座は変わらん。それにこやつは王太子の子をすでに宿しているかもしれんしな」
あまりのことにあけっけにとられている私……。何が何やら分からない。でもルイス様の……ルイス様の本当の気持ちは私にはないということは分かり、自然と涙が溢れてきてしまった。
ルイス様はそんなこと意に介さずといった風に、私の服の胸元に手を添えると、力を込めて引き裂いてしまった。
屋外で、人前。私は恥じて胸を押さえてしゃがみ込む。ルイス様は私を汚いものを見るように見下げたまま、後ろに控えていた男に命じた。
「調べよ!」
「は!」
私を連れて来た男は、私の意志など尊重せずに、破られた衣服をさらに剥いて私の体を調べ始めた。その間、ルイス様は妻と呼んだ四人の女たちと楽しそうにおしゃべりしていた。
やがて私を調べた男はルイス様へと報告する。
「ルイス様。あ、ありません!」
「なに? ちゃんと調べたのか?」
「は、はい」
ルイス様は怒気を含んで私の前に立ち、怒りに任せて頬を張った。
私は突然の出来事に崩れ去り、泣くことしか出来ない。そんな私に声をかけることなく、ルイス様はハンカチを取り出して私を叩いた手を拭いて、私を調べた男に言い放った。
「馬鹿者。では屋敷に置いてきたのであろう。焼け跡から探してこい」
「は、はい」
男は命じられてまたもや跳躍し、先ほどの焼けた屋敷に戻っていったようだった。ルイス様は兵士を呼んで、私を地下牢へと連行させた。
◇
私は石で囲まれた地下牢にいた。兵士はほとんど裸の私に粗末なぼろ切れを投げ付け戻っていったので、ただ一人で膝を抱えて座ることしか出来なかった。
どうしてこうなった──?
ルイス様はあの日、私を迎えに来ると言った。妻にすると……。しかし、その日に王太子にさらわれてマベージ伯爵家の別邸へと軟禁。
ルイス様にはたくさんの妻がいて、私はその中の一人になるところだった? だけどルイス様は私を元奴隷と殴りつけてきた。服を破かれた。
王太子は侍女をつけてドレスを作り手を出さなかった……。
正当な王位継承者? 何かを探せ?
意味が分からない。ルイス様は私に何を求めていたの──?
その時だった。地下牢の石畳の一つが揺れていた。僅かな明かりでも動きがあったので分かった。
それがコトリと音を立ててい横にスライドし、人の手が出て来たので小さく悲鳴を上げた。
するとそこから、土や埃で顔を汚した王太子が唇に立てた指を添えて現れた。声を出すなということであろうが、あまりのことに驚いたので口を押さえていた。
彼は颯爽と石畳の中から現れて、私に手を差し出した。その指に摘ままれていたのは、父母の形見であった、あの指輪であったのだ。
彼は声を潜めながら言った。
「さ。お前のものだ。しっかりと指にはめて落とさないように」
私はそれをおっかなびっくり受け取って指へとはめる。しかしなぜ彼はここに?
「お、王太子さま。どうしてここに?」
「ああ。お前がルイスに狙われていることはなんとなく察知できていたからな。屋敷に連れられたのだろうと推察し、連れ戻しに来たのだ。この地下道は王家の者がもしもの時に逃亡するためのもので、たとえ大公爵といえどもこの存在は知らないのさ。しかし、その地下道の出入り口にお前がいたとはね。ラッキーだったよ」
彼は汚れた顔のままニコリと笑い、手を差し伸べてきたので、私はその手を掴んだ。彼はそのまま、ゆっくりと手を引いて私を立たせたのだった。
「さあ、逃げよう。長居は無用だ」
「え、ええ。でも私──」
「どうした。ここが気に入ったか?」
「まさか。でも、だって、私、あなたの元から逃げ出したのに……」
「そうだな。余らにはまだまだ話をする時間が必要だ。しかしあまり時間がなくて、お前を不安にさせたのは余の不明だ。だから気にするな。ともかくここから出よう」
私は王太子さまに言われるがまま、彼に続いて地下道へと入っていった。