第10話 重傷
私は王太子さまをきつく抱いて覚悟を決めた。
降り注ぐ白刃。しかし男は避けようとはせずに、すんなりとそれに当たった。
「ぐあ!!」
短めの短刀が、男の肩と脇腹に刺さり、太股をかすめた。私は我々を襲う短刀が、男に当たったので目を丸くする。
男は呻いて肩に深く刺さる短刀を引き抜いた。
「なに奴!」
しかし遅い。その男の背中には、小柄な黒装束の人間が小刀を下向きにして男へと斬りかかっていた。
男は背中に備える己の白刃を抜いてそれを、弾く。
黒装束の人間は、身軽に回転して私と王太子さまを守るように前に立った。男は肩を押さえて後ろに下がる。
「お二人には触れさせません!」
「ま、マギー!?」
黒装束を纏って顔が隠されていても声の主はマギーの声だった。そういえば背格好もマギーぐらいだわ。
「無事だったのね!」
「アメリアさん。王太子さまは!?」
月明かりに王太子さまを見ると、下腹部から血を流していた。
襲ってきた男は鼻を鳴らす。
「手応えあった。もはや王太子も長くはあるまい。目的の一つはクリアした。ここは引かせてもらおう」
そういうと、男は飛び上がり屋根を蹴ってエイン大公爵家の方へと行ってしまった。
マギーは小刀をしまった。そこに馬の足音が複数。また追っ手!?
私は王太子さまを抱くことしか出来ないでいると、馬の足音は近くで止まり騎乗していた者たちは私たちを囲んだ。
「殿下! 無事ですか!?」
見ると、軍服に着替えているレオ様、マックス様、ハリソン様。いつもと装いが違って凛々しいお姿に私は目を丸くする。
三人は王太子さまの姿に驚き、私を馬に乗せ王太子さまを二人で抱え、ジェイダン伯爵のまとめる兵士の元へと急いだ。
ジェイダン伯爵は、数十騎の兵を整列させ、その先頭に立ってはいたが、王太子さまの姿に驚いて馬から降りて駈け寄ってきた。
「殿下! 殿下!」
ジェイダン伯爵は、王太子さまの頬を叩いて気つけを行うと、王太子さまは少しだけ目を開けた。
「……爺か。余はもうダメだ。妾腹でも誰よりも王座に近かったそなたは、後継者争いが起きぬように、進んで伯爵家の養子に入ってしまったのを父から聞いていた。余、亡き後はそなたに後継を頼みたい。よろしく頼む」
そういってまた王太子さまは目を閉じた。ジェイダン伯爵は、王太子さまの腹部より短刀を抜き、切っ先を見てそれを地面に落とし、王太子さまの上着を破ってしまった。
「殿下! 殿下!」
そしてまた王太子さまの頬を叩く。しかし王太子さまは目を覚まさない。
だがジェイダン伯爵は、手を振り上げて思い切り王太子さまの頬を張った。
「痛ッ! 痛いぞ、爺! 安らかに死なせろ」
「何を言っていってらっしゃる。傷は大変浅うございます。さっさと起きなされ!」
見ると、王太子さまの腰には厚めの革ベルト。さらにそれに腰袋をつけており、そこに短刀の穴があった。つまり、短刀の力はだいぶ革ベルトに吸収されたのだろう。
なるほど腹部には傷があったが、浅い。血は溢れてはいるものの、大したことはなさそう。ホッ。
そこに黒装束のマギーが近付いてきて、塗り薬を塗ると血の出は止まってしまった。
「はい。血止めですよ王太子さま。気をしっかり持ちなさい。相手は王太子さまが死んだと思って油断しております。ことを起こすなら今をおいて他にありません」
マギーに言われて王太子さまは、身を起こした。
「爺。兵の数は?」
「私が50騎。マックスとハリソン、レオのを合わせて100騎近くです」
「十分だ。エイン卿の屋敷には警護のものが多くて50騎いるかいないかであろう。領地に帰って兵をまとめられるより今押さえてしまった方がよい」
「はっ!」
王太子さまはマックス様が引いてきた馬へと飛び乗った。そしてこちらを向く。
「アメリア。マギーに守られて爺の屋敷に隠れていなさい。すぐに迎えにゆく」
そういってみんなを率いてエイン大公爵家を目指して行ってしまった。
◇◇◇◇◇
それから数時間でエイン大公爵の野望は抑えられた。彼は王太子死亡の報を聞いて、夜に乗じて僅かな兵で王宮を奪取する作戦のようだったけど、門から突撃した王太子さまの兵に何がおこったか分からないうちに、捕縛されてしまった。
警護兵を集めて整列し、自らも鎧や剣を持っていたことを問われると何も言えなくなってしまったようだった。
ただ、ルイス様の部屋には鎧を用意した様子はあったもののもぬけの殻で、どこに行ったかわからない状況。
不安の種は未だに取り除かれてはいなかった。
「だけどアメリア、心配はいらないよ」
私は王太子さまより王宮に連れられ、部屋を用意されておりマギーとともにそこにいた。
そこで王太子さまは、これからの対応を話してくれたのだ。
「ルイスの行くところと言えば、領地しかあるまい。しかし、マックスやハリソンが兵を率いて街道を抑えている。爺やレオは領地の鎮圧に行った。彼に出来ることは出頭だけだ」
そう私へと微笑みかけた。そして私の手を握って顔を見つめてきた。
「それが終わったら、結婚式をしよう。民の前で盛大に余の妃と宣言するのだ。神も大いなる祝福を与えてくれるだろう」
「はい。王太子さま」
「王太子さま? 対等なのだから、ハリーで結構」
「うふふ。でも本当に私でいいの? 政略にも戦略にもなりはしないのに……」
そういうと、彼は私に口づけをしてきた。
「いいじゃないか。ハリー王太子は民間から妃を娶られた。しかも元奴隷。お妃さまは民衆をよく分かって下さると、国民たちも喜ぶぞ?」
「まぁ。うふふ」
なんか、とても幸せだわ──。