恋人?
そういう訳で、私とニウェウス神は再び共同戦線を張ることになったのだが、私達が話し合ったのは夢の中でのことで、そんなことを知る由もない周囲の人達は、現実世界でのアルヴァの変わりように目を見開いて驚いていた。
婚約の見直しを言い置いて、実家に帰ってしまったアルヴァを無理やり呼びつけたのだから、きっとピリピリと冷たい空気が漂うものだと思っていたのだろう。なのにやって来たアルヴァと言えば、
「愛しいセレスティーナ!どうか私を捨てないでください!!」
と、ふざけたことを言い散らかしながら入室して来たのだ。これには思わず、口に含んでいたお茶を噴き出さなかったことが不思議なくらいに驚いた。部屋にいた使用人達も、さぞ驚いたことだろう。
「貴方ねぇ!何てこと言い出すのよ!」
「私が馬鹿だったのです。この矮小な身では貴女に釣り合わないと、身を引いたつもりでしたが、どうしても忘れられなくて」
「ちょ、ちょっと……」
そしてアルヴァは私の足許に跪いて許しを請い続けた。
「どうか私を捨てないでください。私はどうしようもなく貴女を愛しているのです」
何の真似だと言い募りたいところだけれど、客観的に見ると現状は芳しいとは言えない。
私としてはアルヴァが勝手に這いつくばっているだけなのだけれど、見様によってはコロル王国において絶世の美形と名高いアルヴァ・ラクテオルスを跪かせて、悦に入っている悪女に見えてやしないだろうか。
慌てて周囲を見渡せば、何の偶然か、今日の私の身の回りの世話はここ一、二年の間にサイアン公爵家にやって来た若い使用人ばかりだった。アルヴァは以前からそう言った新参者達を早々に手懐けるように振る舞っていたのだ。何だか使用人達からの視線が痛いような気がするのは私の考え過ぎだろうか。
あぁ、何て面倒なことをしてくれるのかしら。
怒鳴り散らしてやりたいのを我慢しながら、ちょっと涙ぐんだ顔を作って立ち上がった。
「私こそ貴方にずっと会いたかったわ!」
そう言って、床についたアルヴァの手を取って立ち上がらせると、私が元いた長椅子に一緒に座るように促す。
「不安にさせてしまったのならごめんなさい。私はアルヴァ以外となんて考えられなかったから、言葉が足りなかったのね」
よく分からないものの、恐らくきっと『引く手数多の公爵令嬢の為に身を引いた下位の令息の恋愛劇』のつもりなのだろう。王族に目を付けられているせいで、こぞって背を向けられるかもしれない私とは真逆の設定である。
「いいえ。お忙しい貴女の手を煩わせるようなことは……」
「貴方のことで面倒だなんて思ったことは、これまで一度も無いのよ。信じて」
「セレスティーナ……」
感極まったように、アルヴァは指先にキスをした。周囲からは感嘆が聞こえたのは言うまでもない。外見は良いので、とても様になっていたように思う。けれども、当人達にとっては三文芝居いいところ。心にも無い歯の浮くような台詞を言い合うのは、耐え難いものがあったけれど、今までこうした恋人のような態度で接してこなかったアルヴァが、どうしてこんなことを始めたのか気になって私も乗ってみたのだ。
それから暫く、まるで恋人同士のように振る舞いながら、二人でお茶を飲んだ後、執務があるからと使用人達を下がらせて、リヴァーが入れ替わるように入室した。最近のリヴァーは母の執事ではなく、私の秘書として動いている。サイアン公爵家の筆頭執事は昔から変わらずタイドのままであったけれど、プルシャン侯爵らと緊密に連絡を取るのには、リヴァーの方が都合が良かったのだ。
部屋の近くから足音が遠ざかっていたことを確認してから、私は私の指に絡まるアルヴァの手を叩き落とした。近くでリヴァーがギョッとした顔をしたけれど、叩かれたアルヴァはフフッと鼻で嗤うばかりで全く堪えていないようだった。
「一体何だったの?あれじゃあ婚約者というより、まるで本物の恋人同士みたいじゃない」
今度こそ声を荒げると、アルヴァはゆったりとした姿勢を保ったまま余裕の表情で口を開いた。
「私達の関係を嗅ぎ回っている者達への牽制ですよ」
「嗅ぎ回ってる?」
「えぇ。私達が不仲であると既に社交界では噂になっていますよ」
デビュタントの日に私達が仲違いしたのは事実ではあるが、あれからまだ一月程度である。公の場所で喧嘩したわけでもないし、夜会に別の人間と参加したわけでもない。ただ少しの間、アルヴァの訪問が減って、私の態度が悪かっただけである。
「お嬢様やアルヴァ様の行動が外に洩れているようですね」
「えぇ。ですので、私達は元の関係に戻ったとアピールする為に、先程の行動を取らせていただきました」
誰が外に漏らしたのか。そもそも完全にスパイとして入り込んでいるのか、それとも外部の者に上手く唆されて口を割ったかは今のところ分からないが、とりあえず牽制の為に恋人のフリをしたのだろう。
「外部に漏れてるって、一体どの程度なの?」
「私の実家に、内密に縁談の釣書が送られてくる程度には……」
それはかなりマズいのではないだろうか。公爵令嬢である私とアルヴァの婚約が破談になることを見越して、新しい婚約を打診してくるなんてかなり本気ではないだろうか。
「それじゃあ王家も把握している可能性もあるわね……」
グリフィス殿下からの介入を避ける為の私達の婚約なのだ。ここに溝があると思われて、余計に難癖をつけられては困るのだ。




