約束
その言葉を聞いたニウェウス神は、また私をジッと見つめている。
「それは意味のあることなのでしょうか?」
「え?」
「私が死に至らしめてしまった人々のことを覚えている人間など既にいないのです。99回の歴史修正にしても、歴史修正をする前と後では、後の方がずっと人死には少ないのですよ」
正論といえば正論なのだろう。千年以上昔の話であるし、ニウェウス神の恩寵によって、戦争や革命などは未然に防がれているお陰か、人死にも少ない。だけど、きっと人間だったら、誰かが死ぬ場面に居合わせたら、少しくらいは気まずく思うだろう。死の原因であればなおさらだ。
このような心のありようというものは、誰かに教えてもらうものではなく、子供から大人へと成長する中で、自然に身に付くものである。滅多なことでは自分も周囲も死ぬこともない神は、その辺りの情緒が育っていないのだ。だからこそ、私も上手く説明することが難しい。
「確かにその通りよ。結局、贖罪だなんだと言ったところで、貴方は主神に命令されて仕方なく、コロル王国を見守っていただけ。いくら貴重な力を使おうとも、そんな心構えで何が償えると言うの?」
「……」
「だけど、私が嫌なの!」
「は?」
「私、何だかんだ言って貴方に恩があるのよ。やり直しのチャンスも与えてくれたお陰で今は幸せだし、友人のように接してくれた。それなのに、貴方の言ってることが酷過ぎて、尊敬とか恩義とか、そういうのが全部台無しになるの」
そもそも、ニウェウス神の贖罪を許す相手なんていないのだ。ルーフス神を殺された建国王サングィスが生きていれば違ったかもしれないけれど、最初の百年にも満たない時間で彼は死んでいる。許されることも罵られることもなく、贖罪の重みなど分からず、ここまで来たニウェウス神。今更矯正することなんて出来ないだろう。
「だから私の為に、ちょっとでも真っ当なフリをしなさいよ。人は単純だから、心の底から悲しんでるフリをすれば、それで納得するのよ」
神は人間の心など解さない。人間達の中で、ニウェウス神を知覚しているのは私だけ。私を騙すことができるなら、それは贖罪となり得る気がするのだ。
「……えぇ。分かりました。今後、最後の歴史修正が終わるまで、貴女のその言葉に従いましょう」
本当に理解しているかは分からないけれど、それなりに努力するつもりなのか、それとも私に見つからないように取り繕うつもりなのだろうか。
そんなことを考えていると、不意に手に別の何かが触れる。考え事をしながら話していたせいか、すっかり目線が下にいってしまっていた。
「私が約束をするのですから、貴女も約束してください」
「え?」
「歴史修正が成功しようと失敗しようと、貴女が望む道を選び続けると誓ってください」
私が望む道――家族らと静かに過ごすことを指しているのだろか。それならば、改めて言われずとも、そうするのに。
「言ったでしょう?貴女によく似た人達がいると」
「……」
「ブランシェも、ロゼリアも、自らの望みを捨てたのです」
ロゼリア様はプルシャン侯爵を、ブランシェ王女は対であるニウェウス神の為に犠牲になったと言いたいのだろうか。尊いことかもしれないけれど、情緒が子供のような神様には分からないのか。
「そうして選んだ道は険しく、辛い思いをすることは分かっていたのに」
人類の半数が死滅しようと罪悪感も無いくせに、自分の手元にいる人間に対してだけは優しいのか。何て独り善がりで悪い奴なのだろうか。だけど私も似たようなものか。大事なものだけが無事ならそれで良くて、顔見知りの善人に何かしらあったら少し悲しくて、嫌いな人間ならどうなっても良いと思ってるのだから。
「分かった。約束する。どんなことがあっても、私は自分の望みを諦めないと」




