真実 02
愛する者を殺されたから、殺した者を殺し、その結果として大勢の人間を殺す。平然と語っているけれど、聞いているこちらは眩暈を堪えるので精いっぱいだ。
「正直、何から指摘して良いのか分からなくなるほど、理解できないわ」
「えぇ。まともな人間が私の行いに共感することは難しいことは分かっていますよ」
とはいえ、自分の行いが常軌を逸していることをニウェウス神は理解しているようだった。
「そもそも、どうしてルーフス神はブランシェ王女を攫ったりしたの?貴方、恨まれるようなことをしたんじゃないでしょうね?」
ニウェウス神は鼻持ちならないところがあるから、いらぬ敵でも作ったのではないだろうか。それを逆恨みして、弱者である人間のブランシェ王女に矛先が向かったのではないかと、私は考えたのだ。
「いいえ。私は誓って何もしていませんよ。ただ、私が第一の神徒であることを妬まれていましたね」
「原因はそれじゃない!」
十三神徒の中にも序列はあって、序列が上がれば上がるほど神格が高い。第一の神徒ということは、主神に次ぐ神格で、確かルーフス神は十三番目で、最下位だったはずだ。つまり妬みによって大量殺人が起こったと言うわけか。
「例え神格が高くとも、私が優位に立っていたかというと違います」
「どういうこと?」
「ルーフス神は主神のお気に入りだったんですよ」
またここでも『お気に入り』か。神は依怙贔屓をするなと言いたいところだが、権力を持つ者の中には、己の好む者だけを侍らせて喜ぶ愚か者も存在しているのだ。理性よりも本能が強く、力も強い神が我慢をするかというと、しないだろうなと思ってしまう。
「ブランシェは優しく素直で、己を騙そうとする者がいるなんて考えたことのない娘でした」
王女という高い身分にありながら、身の危険を感じることがないほどに、彼女の周囲は温かく優しいものだったのだろう。羨ましいとも思うし、身近にいたとしたら、そんなことで大丈夫なのだろうかと心配になってしまうだろう。あぁ、きっと私のように思う人間が彼女の周りには多かったに違いない。
清らかで可憐な少女をニウェウス神は愛したのだろう。胡散臭くて底の知れない男であっても、人を愛することは出来るのかとも思う。何だか不思議な感じだった。
「そんな彼女を騙して連れ出し、あの男は死に至らしめたのです」
この時ばかりは、流石のニウェウス神も笑ってはいなかった。怒ってはいないけれど、表情は無く、まるで石膏像かと思ってしまうくらい熱が無くて、逆に得体のしれない恐ろしさがあった。
「彼女の姿が見えなくて、私は必死に探しましたが、見つけた時には既に彼女の命の灯火は消えていました」
愛する者の亡骸を前に、この男はどんな行動を取ったのだろうか。縋って泣いたのだろうか。それともルーフス神に殴りかかったのだろうか。
「……それで、殺したの?」
「いいえ。あの時点では殺していません。まだ我慢することが出来た」
よく見れば、色の無い顔とは違い、彼の拳は怒りに震えていた。爪は肉に刺さるように突き立てられ、怒り狂いそうになるのを痛覚によって抑えているのだろう。千年の時が経って尚、彼は怒りを消化しきれず、その身の内にあるのだ。
「ブランシェとサングィスは、主神が私とルーフス神に与えた特別な人間です」
「特別……」
「えぇ。争いに明け暮れる世界に飽き飽きした主神が、神に祝福された国を作る為に、私達の対なる人間として作り出したのです」
愛し子とは、神の祝福を過不足なく授かることが出来る存在。
常々、愛し子とお気に入りという言葉を使い分けているのを不思議思っていたのだけれど、そういう意味があったのか。ただ、意図的に作り出された人間を愛するという気持ちは、よく分からない。運命というより作為的で、胸がモヤモヤした。
「主神の生み出した愛し子を手に掛けたのですから、ルーフス神には何らかの罰を与えられるはずでした」
ルーフス神とサングィスでコロル王国を、ニウェウス神とブランシェ王女でどこかの国を治めさせる計画だったのだろう。それを水泡にしたルーフス神は確かに罰を受けるに値する。少なくともニウェウス神は理性的であろうとしたのだろう。自分の持つ力の強大さを知っていたからこそ、不用意に力を行使せず、主神からの沙汰を待ったのだ。
「元々ルーフス神に甘いことは知っていましたがね。まさか私の愛し子を殺したにも関わらず、何の罪にも問われないとは思ってもみませんでした」
「ニウェウス神……」
「人間の一人や二人、殺したところで何だと言うのだと、私に言い放った主神の、あの薄ら笑いは、どれほどの月日が経とうとも忘れることは出来ません」
この世界の創造神である主神の、あまりに酷い言い草に、ニウェウス神の怒りは頂点に達したのだろう。その怒りの赴くままにルーフス神を殺し、均衡が崩れたが故に起こった天変地異で、人々は死んでいった。
「そうして力を使い果たした私に対し、ルーフス神を殺されて怒った主神に無理やりサングィスと契約するように命じられました」
いくら主神に次ぐ実力があったとしても、弱った身では抗うことはできなかったのだ。
これはニウェウス神だけが悪いのだろうか。妬みで他者の愛する者を殺したルーフス神や、一方のみを優遇する主神は悪くないのだろうか。
「辛かったのでしょうね」
「えぇ。ブランシェと亡くなった大勢の人間達には申し訳ないことをしました。神々の愚かな争いに巻き込んでしまって……」
「違うわよ」
人間達に詫びるニウェウス神は、私が否定すると『え?』と目を丸くして驚いた。
「大切な人を失った貴方も、辛かったでしょう?」
殺されたブランシェ王女や亡くなった人達も苦しかっただろう。一度は殺された身であるから、痛みや苦しみは身に染みて分かっている。同時に愛する者を殺された痛みも分かるのだ。私だってきっと同じことをしたはずだ。母や弟を、大切な人を殺されて、黙っていられるわけがない。




