真実 01
『大切な者』という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「それは変よ。たった一人、人を殺したくらいで、神に人間に仕えさせるような真似を命じるなんて有り得ないわ」
例え、サングィスが主神の愛し子だったとしても、サングィスと共に怒って制裁するよりも、愛する者が殺されて悲しむサングィスの心の隙に付け込むくらいするだろう。そういう性格なのだ、この世界の神々とは。ニウェウス神やプルプラ神を見れば一目瞭然ではないか。
「それとも一人じゃないのかしら?サングィスの一族郎党を尽く殺したとか?」
冗談で言ったつもりだった。だって明らかにニウェウス神の言っている話はおかしかったから。彼は単数形で語ったけれど、大勢の人間が犠牲となったのであれば主神も動かざるを得なくなったのかと思ったのだ。
するとニウェウス神は肩を竦めて笑って見せた。
「貴女も私のことを分かるようになってきましたね」
「あまり嬉しくはないわね」
「セレスティーナの仰る通り、私が手に掛けたのは一人ですが、結果として亡くなったのは人類の半数と少しでしょうか」
「その数、前にどこかで……」
同じような表現をニウェウス神の口から聞いた覚えがある。それはどこだったかと頭を悩ませる。私が思い出そうと必死なことを分かっていて、ニウェウス神は様子を窺っているようだった。そうして思い出すと、私の体から一気に血の気が引いていくのが感じられた。
「貴方が殺したのは、人じゃなくて神だったの?」
最初に会った時に彼は言った。神という存在が消滅した時、世界の均衡が乱れることによって天変地異が訪れ、人類の多くは死滅するだろうと。ある神話を引き合いに出して、ニウェウス神は私に説明してくれた。
「御明察です」
「死んだ神ってまさか……」
神と呼ばれる存在は、主神と十三神徒のみ。その内、一柱は消滅している。
「えぇ。私がルーフスを殺し、この世界を混乱に渦に陥れました」
爽やかに微笑んでるけれど、言ってることは物語の魔王か邪神の台詞だ。見た目との落差が凄い。
『創世記』において『ルーフス神とブランシェ王女の章』は最も人気があるエピソードである。神々の時代と人間の時代が交錯する世界で、ルーフス神と人間の国の王女であったブランシェが出会い、一目で恋に落ちるのだ。互いに異次元の存在であることから、他の神々から反対されても別れなかった。ルーフス神は天界を捨て、ブランシェ王女と共に手に手を取って地上に逃げる際、主神から水攻めに遭ったのだが、愛し合う二人の前では無に等しく、生き残った者を率いて幸せに暮らしました、という話。
若い少女達は、神という立派な存在に見初められることに憧れを抱き、このエピソードは様々な形で現代に語り継がれている。吟遊詩人による歌であったり、詩や小説、演劇や人形劇など様々。表現方法が違うことで、内容に多少変化があるのだけれど、変わらない点はある。
第一に、神と人ということで周囲から大反対される。
第二に、燃えるような赤髪のルーフス神と銀髪のブランシェ王女は対称的で……。
「白髪のニウェウス神と赤銅色の髪のサングィス……」
ルーフス神とブランシェ王女、ニウェウス神とサングィス。対なる二人と表現するのであれば、逆のような気がする。いや、髪色という外見の一点のみを論うのは良くないだろう。けれども、丁度神側と人側の色を入れ替えるだけで同じ色になるという奇妙な符号。
「説明せずとも、そこまで気づきますか。本当に貴女は優秀ですね」
褒められているようには感じないけれど、多分きっとニウェウス神なりに褒めているのよね。分かりにくいと言うか、人間には嫌味にしか聞こえない。ある意味で損なタイプだろう。
「私の愛し子はブランシェです」
ずっとニウェウス神の愛し子はロゼリア様だと思っていた。とても立派な女性だったから、比べられているような気がして卑屈になったけれど、真実を聞いてしまえば、私の悩みがいかに的外れだったのか思い知らされ、何だか情けない気持ちになってしまう。
「ブランシェはルーフスに攫われた挙げ句に、殺されたのです。だから私はルーフス神を殺しました」
ブランシェ王女がニウェウス神の愛し子だというのなら、ルーフス神にとってサングィスがそれなのだろう。恐らくは波長も合って上手くやれる関係だったのだろう。けれどもルーフス神はサングィスではなく、ブランシェ王女を攫ったという。




