サイアン公爵家の過去
からかいにも似た私の口ぶりに対し、プルシャン侯爵は少し驚いて、それから何かを考えるような表情を作ってから口を開いた。
「当時の事情を知る者が、この屋敷には残っていなかったので油断していましたが、セレスティーナ様が御自身の力だけで、お気づきになられるとは少し意外でした」
「え?」
「私とロゼリア様が、かつて婚約関係にあったことを察して、そのように仰ったのではないのですか?」
「えぇ?い、いいえ。えぇッ!?」
全く予想もしていなかった話に、私は思わず目を白黒させた。いや、確かにロゼリア様には婚約者がいたことは知っていたのだけれど、解消されているし、40年以上昔の話だからと特に気に止めていなかった。
「セレスティーナ様は、男女の機微に疎いので気づかれないだろうと高を括っていたところに、水を向けられたせいか、柄にも無く私も動転していたようです」
私が自ら気づいたと思ったから、侯爵も話してくれようとしたというのに、何だか居心地が悪い。呆れたように肩を竦めて見せる侯爵は、大きく息を吐いた。
「人の揚げ足を取ろうとして失敗するのは、聊か無様と言えるでしょうな」
「ごめんなさい。次からは気を付けるわ」
何だか『今回』の私は失言が多いような気がする。もしかしたら『前回』は軽口を言うような知り合いもいなかったから、ボロが目立たなかっただけなのかもしれない。おしゃべりって難しい。
「以前、御話したように、大旦那様は先代様ではなくロゼリア様に婿取りをさせ、公爵位を婿に与える予定でした。その相手として一門の中から選ばれたのが私です」
曽祖父は見る目のある人だったのだろう。このサイアン公爵家も実質プルシャン侯爵の手の内にある。
「賢明な判断よね。働きもせず、領民を奴隷か何かと勘違いしているような人間を公爵にさせる訳にはいかないわ。でも、お祖父様や母親の王女は黙っていないでしょう?」
「その時は、この世を去ってもらう予定でしたので問題はありません」
サラッととんでもないことを言い出すのだけれど、顔色一つ変わっていない辺り、本心からの言葉なのだろう。こういう人達が【修正者】になれば、物事がもっとスムーズに進むだろうに、神々の人選は謎だ。
「プルシャン侯爵家から婿を出すのなら、生まれの順を考えて私の弟が婿入りするのが順当だと思いますが、妨害があった場合に対処に長けた者が良いとのことで、私が選ばれました」
侯爵の父親は、文武に長けた嫡男を手放すことは気が進まなかっただろうに、やはり『王家の呪い』を回避する為には仕方ないと割り切ったのかもしれない。
「だけど、ロゼリア様は貴方との婚約を解消して、先王に嫁つがれた」
サイアン公爵家を守る為ならば、それは悪手のように思う。結果として王家の血が濃い祖父が受け継ぎ、父も大きく影響された。先祖代々の寄子達が面子を立てていてくれたから、サイアン公爵はふんぞり返っていられたが、所詮は張りぼてに過ぎない。
もし、ロゼリア様とプルシャン侯爵が公爵家を継いでいてくれたなら、もちろん私はこの世に存在していない。父も生まれないだろうし、リートゥスも存在しない。けれども二人と、二人の子供達がサイアン公爵家を立派に盛り立てていってくれただろうと思う。そんな未来を、彼女は選ばなかった。
「どうしてロゼリア様は公爵家を継がなかったの?自分が王家の懐に入って、王族を変えようとしていたの?」
ロゼリア様はプルシャン侯爵をとても信頼していたに違いない。歴史修正を行う為の協力者に選ぶくらいなのだ。私がリヴァーを選んだのは、母を案じる者の中で最もプラムに近い存在だったから。彼自身を信じたわけじゃない。
一般的に、神に会ったなんて話して、冷静に受け止めてくれる幼馴染って一体何なんだろうか。例え一度は疑ったとしても最後は信じてくれるのだ。そんな素晴らしい幼馴染と娘に引き合わせた曽祖父は、本当に素晴らしくて人だ。尊敬できる父、理解ある友人。正直に言って、ロゼリア様が羨ましかった。
しかし、それらを振り切って家を出たのだ。何かあったのかと疑うのは当然である。
「例えば、ニウェウス神に唆されたとか?」
大いに有り得る推測だ。ロゼリア様には優しく接していたと聞いているけれど、甘い言葉を囁きながら、若い少女を言い包めて歴史修正を成功させようとしていたのではないだろうか。




