協力者
「お呼びでしょうか?」
母との久しぶりの面会が終わり、夕食の準備の為に少しローズマリーが席を外した隙に、私はある人物を呼び出した。
「待っていたわ。リヴァー」
乳兄弟だという母専属の執事リヴァー・ダックは、普段関わりの無い私から呼び出されたことを酷く困惑しているように見える。専属執事を呼び出すなんて母に気づかれてしまうかとは思ったけれど、母は面会の後は疲れて仮眠を取るらしいので大丈夫だろう。
「少し話をしたいから、そちらに座って」
リヴァーは躊躇っていたが、強く勧めれば渋々と腰を下ろした。
「お母様の侍女で、あのひっつめ髪の侍女はいつからいるの?」
「プラムのことでしょうか?」
「そばかすのある女よ。その女はいつから、どういう経緯でお母様に仕えてるの?」
「……王妃殿下の御紹介で一年ほど前から仕えております。遠縁の娘だとかで」
やはり想像通りだったか。母と王妃は娘時代の友人だと聞いていたが、良いように利用する為の手駒扱いだったのかもしれない。
「食事やお茶の世話もさせているの?」
「……はい。身の回りの世話はプラムに任せています。奥様の専属は年老いた者が多いので」
サイアン公爵は、母や私の使用人についてなど考えたことも無いだろう。セルリアン侯爵家が融通してくれてはいても、難癖を付けて新しく雇い入れることも難しいのだとか。恐らく実家に報告されることが嫌なのだろう。肝の小さい男だ。サイアン公爵家の筆頭執事のタイドがそれなりに整えてくれてはいるが、公爵本人は別邸の母娘のことばかり。そもそも今いる使用人達もタイドとプラムと言う侍女以外は、母の死後に全員解雇されるのだ。ローズマリーのように自分に抗議してくるような人間を煩わしいと思ったのだろう。プラムが残されたのは王妃からの推薦状があったからに違いない。
「その女、お母様に薬を盛っているわよ」
「は?」
「お母様は突然お気持ちが昂って暴れるようなことや、必要以上に落ち込んだりすることがないかしら?」
母は死の間際、精神に異常をきたしていたと聞いている。そして、そのような症状を起こす薬の存在も教育によって私は知っていた。だけど実際に王妃が母に薬を盛っているかと言われると、現場を見たわけではないから分からない。だけど、あの浮かれた馬鹿女でさえ思うところがあっただから、何かしらあるだろうという仮説に過ぎない。いっそ暴論と言っても良いだろう。
だけどリヴァーに私を信じさせる為には、それが真実のように語らなくてはならない。
「王妃は万が一にもお母様に男児を産ませたくないのね。別邸の愛人が男児を産んでも、お母様が認めなければ跡継ぎにはなれないもの」
庶子を後継にするには正室の認知が必要になる。だから薬を使って殺すか、正常な判断をできなくするのか。サイアン公爵が愛人を後妻に迎えようとしても、教会に認められない結婚を寄子貴族達が許すはずがない。そしてグリフィス殿下は問題なく私に婿入りして公爵家を継ぐというシナリオなのだろう。
「そのようなことまで御存じだったのですか……」
リヴァーは私が別邸の存在を知っていることに驚いていた。使用人達は、私に父親の不在の本当の理由を知られたくないようで、周到に隠そうとしていた。残念ながら、愛人母娘を本邸に引き入れたことによって、その努力は水の泡になってしまうのだが。
「このままあの女を近づけさせていれば、一年後にはお母様は死ぬわ」
王家の思惑を一から説明すれば、リヴァーにも心当たりがあるのか顔を青くさせて口許を押さえている。
「お、お嬢様がどうしてそのようなことを……」
「私は未来を知っているわ」
まともな大人が、そんな子どもの与太話を信じるわけがない。リヴァーは一気に白けた顔をして見せた。そんな顔をされるのも予定通りだと私は肩を竦めてみせる。未来予知なんて出来るのは神ぐらいなのだから。
「貴方、別邸の人間に伝手はある?」
「……あちらの執事の一人とは何度か話す機会がありましたので」
「じゃあ一週間後の降臨祭で、サイアン公爵が別邸の庶子に贈ったプレゼントを確認なさい」
我が国における降臨祭とは、守護神たるニウェウス神が初代国王サングィスの元に現れたと言われる日を指す。現代では教会でニウェウス神に祈りを捧げた後、家族水入らずで過ごすことが一般的である。その際に、何らかのプレゼントを贈り合うのだ。
「今年の贈り物はバイカラートルマリンのチョーカーよ。青と黄色の組み合わせの美しい石なの」
よしんば未来を知っているとして、何故私が庶子へのプレゼントを事細かに覚えているのかリヴァーは訝しむ。
「サイアン公爵は、カットが失敗した石を私に、成功したものを愛人の娘に贈るのよ。リボンは濃い青色のベルベット生地だったかしら」
「失敗作をお嬢様に、ですか?」
公爵家の総領娘に失敗作で、平民の庶子に成功作を贈るなんて信じられないとリヴァーは言うが、これまでの扱いの悪さを考えれば当然あり得る話ではないか。
「確か私の分は、あちらの執事のリーフが降臨祭当日の夕方に持ってくるのよ。そしてタイドに言うの。『本邸のお嬢様に似合いの失敗作のトルマリンだ』ってね」
立ち聞きするつもりはなかったのだが、偶然聞こえてしまったのだ。しかし、その発言が私がサイアン公爵に疑心を抱くようになった原因でもある。そして本邸に移って来たフラビアが得意げに語っているの聞いて真実だと知ってしまった。嫡子への贈り物が庶子の失敗作とは馬鹿げた話だ。別邸の使用人達は完全に私を舐め切っているようだが、相応の報いを受けてもらうと決めているので今現在、腹立たしさは無い。
「サイアン公爵は私に渡したことなんて忘れるでしょうから、さっさと売ってお金にしてしまいましょうか」
かくして私の予言通り、バイカラートルマリンのチョーカーが本邸にやって来た。同じ日に別邸でもフラビアの首元をバイカラートルマリンが彩り、親子三人水入らずで降臨祭を祝ったのだとか。別に悔しくはない。彼らの愚かな行動によって私は味方を一人増やしたのだから。
「精々、残り僅かな時間を楽しむと良いわ」