婚約の見直し
有り得ない話ではなかった。私が【修正者】を辞めたいと言い出した時点で、アルヴァにとって私は利用価値が無くなっている。そうであれば私の近くにいる必要は無いだろう。まぁ、いきなり破談という訳ではなく、『見直し』という言い回しを使ってきたことが気になった。
「アルヴァは侯爵に何て話したのかしら?」
「……セレスティーナ様が【修正者】を辞退したいと仰って、ニウェウス神様と揉めたと聞いております」
随分と正直に話したようだ。正直過ぎて、歴史修正に殉じたロゼリア様を敬愛するプルシャン侯爵が聞いたら、卒倒しそうだ。てっきりお小言でも貰うかと思ったのだけれど、思っていたよりも侯爵は落ち着いていた。
「大変で大事な御役目だと分かっているけど、どうにも私はニウェウス神と相性が悪かったの」
「相性、ですか?」
「ロゼリア様からどう聞いているか分からないけど、ニウェウス神は私には、いつも意地の悪いことを言って、小馬鹿にしてくるの」
元々性格が悪いことは分かっていたから気にしてはいなかったけれど、プルシャン侯爵から聞いたロゼリア様へのニウェウス神の態度は、やはり面白くなかった。私の劣等感を刺激されたような気がした。だから攻撃的になってしまった。けれど、人だって好き嫌いはあるのだから、取るに足らない人間に分類されているであろう私に、優しくしてやる理由など無いに違いない。
「そうは言っても、私はそこそこ使えたみたいで満足してたみたいだけどね。最初は【修正者】にならないなら、この場で殺すと言われたわ。殺して別の人間を【修正者】に選び直すからってね」
「殺すとは随分と物騒な話ですね」
「私が殺された直後だったから、その恐怖を利用しようとしたのよ」
考えれば考えるほど、人の足許を見る神だったように思う。
「現状、リートゥスがいて公爵家にグリフィス殿下が婿入りしてくることは無いわ。もちろん、リートゥスを守り切らなきゃいけないけどね。あとは女性関係に目を配るしかないけれど、それは私一人の力では難しいわ。だったら私じゃなくて、もっと違う政治の中枢にいる人間に【修正者】を任せた方が良いと思ったのよ」
見栄っ張りな性格は相変わらずで、私の醜い癇癪の様子は出来るだけ省いて説明した。
「なるほど。時間を巻き戻ることをせず、【修正者】の任だけを別の人間に譲渡することで、味方を増やそうと考えたのですね」
私はただニウェウス神と離れたかっただけだけれど、それらしい理由を説明してみせれば、プルシャン侯爵は良いように解釈してくれて、一応は納得してくれたようだった。
「それで?私が【修正者】を辞めるからって、どうしてアルヴァは婚約の見直しを言い出したの?」
「あやつは、セレスティーナ様が【修正者】として行動されないのであれば、コロル王国にいるメリットは無いのではないかと言い出しまして……」
「意味が分からないわ。つまり何が言いたいの?あの人は」
言外に王国から出て行けと言うのだろうか。目障りだから?『お気に入り』だと調子のいいことを言っていたくせに、そうやって厄介払いでもするつもりなのかしら。
「お分かりかと思いますが、今、セレスティーナ様はグリフィス殿下に言い寄られている状態です。このままアルヴァと結婚したところで何らかの妨害が続くと思います。それを避ける為には国を出た方が良いのではないだろうかと、相談を受けたのです」
「一貴族でしかないアルヴァではなく、他国の王侯貴族であれば私の身の安全は保障されるということかしら?」
無かったことになったとはいえ、デビュタントの時だって、グリフィス殿下に無理やり迫られている私を助ける者はいなかった。いや、母や家門の者達は助けようとしてくれたかもしれないが、間に合う距離にはいなかった。アルヴァによる人知を超えた力が私を助けたのだ。今後も同じようなことがあっても、近くにアルヴァがいなければ、私は助からないかもしれない。
だから、国外に出ることをアルヴァが提案するのは、至極真っ当な話である。
「その心配は分かっているけれど、国を出てしまえば、王国とは連絡がつかずに、公爵家に何かあっても、すぐに母やリートゥスを助けに来れないから出来れば避けたいわ」
「セレスティーナ様ならそう仰ると思っていました」
期待通りだと言う風に言われてしまうと、ちょっと居た堪れない。改心する前の私だったら、これ幸いとばかりに他国に行く準備を始めていただろう。薄情な人間だと自己嫌悪しそうになるけれど、これが自分なのだから仕方ないと許容する余裕も少しだけ生まれた。
「最悪、私は結婚しなくたって良いわ。リートゥスが継ぐ公爵家の繁栄の一端になれば良いと思っているの。貴方のようにね、プルシャン侯爵」
こう言えば、自分も私と同じような立場にあったプルシャン侯爵は、簡単には私を否定できないであろう。




