自分に恥じない生き方 02
「次にラピス伯爵令息ですが、彼は留学先であちらの皇太子殿下の御学友となり、気に入られてスカウトされたようです」
「気に入られた……?」
「確かにラピス伯爵令息は美形だとは思いますが、そういった理由では……」
「ちょ、ちょっと、リヴァー!」
またいつもの調子で下世話な話題になりかけた瞬間、慌ててリヴァーを咎める。リヴァーも妻の非難の眼差しに気づいて、軽く咳払いをしてから話を続けた。
「何でも座学が全く振るわない伯爵令息に対し、皇太子殿下は『そなたは末端の兵士ではなく、将であることを求められているのだから、もっと学問に励まなければいけない』と叱咤激励されたそうなのです」
ラピス伯爵令息は、剣技は得意であったが、将に必要な用兵術はからきしだった。それを知っていたから、わざと用兵術に長けた軍事国家に留学させたのである。もちろん、軍事機密に触れるようなことを教えるわけがないので、留学生達が学べるのは初歩中の初歩に過ぎないのだろうが、それさえラピス伯爵令息は修得することが難しかったのだろう。
「心を入れ替え、学業に励む伯爵令息の気概を評価し、それからも面倒を見てくださったようで伯爵令息は恩義を感じ、皇太子殿下に仕えたいと報告してきたそうです」
頭の中には、賢く勇敢で人望のある器の大きな御仁が浮かんできた。
「面識は無いけれど、とても御立派な方なのね。他国の留学生にまで御声を掛けてくださるなんて」
「えぇ、伯爵令息とは違う留学生とも交流を持ち、コロル王国の文化や技術なども熱心にお尋ねになったそうですよ」
「まぁ、凄い」
当然だが、私とリヴァーの台詞の裏側には『嗚呼、うちの王族とは何て違うのだろうか』という嫌味が含まれていることは言うまでもない。
「ラピス伯爵も失脚したから、他国で仕官するというのも良いのかもしれないわ」
三年前のガーデンパーティーで、サイアン公爵を危険に晒した責任を取って、ラピス伯爵は騎士団を退団し、自ら自宅謹慎をしている。当日の警備責任者ではないが、王族や高位貴族を危険に晒してしまったことを彼は悔いているのだと言う。当主が社交を控えている身で他の者達が顔を出せるはずも無く、一族の者達も苦慮しているのだとか。まぁ、そういうパフォーマンスをすることで身内が中傷を受けるのを防ごうというのだろう。
だから他国で身を立てるのも悪い話ではないのだろうが、ラピス伯爵は元騎士団関係者で、その息子が他国に仕官するなど、内通を疑われても仕方がない。
「内通の可能性は生まれるけど、逆を言えばあちらの情報を伯爵令息が漏らす可能性もあるわよね」
「はい。こちらには人質となり得る両親もおりますし、上手く使える駒になるように前向きに検討しているそうですよ」
「では、私が出来ることは、伯爵令息が馬鹿な真似を仕出かさないように手を回してやることくらいかしら」
彼に出来る罪滅ぼしはそれくらいだろうか。
「ダブグレー男爵令息は、男爵家との養子縁組を解消して平民に戻って移住したいそうです。男爵夫妻とも上手くやれていなかったようで、夫妻も了承しているらしく問題は無さそうです」
神童と持て囃されるダブグレー男爵令息は、元は貧しい平民の家の子だったのを、領主であったダブグレー男爵に子供がいなかった為、養子に迎えたことは私も知っていた。10歳頃に急に貴族になった訳で、貴族の子女からは敬遠されることも度々あり、あまり社交的であるとは言い難いらしい。
「でも、ダブグレー男爵令息は、とても優秀だと聞いているわ。まぁ、ちょっと思い込みは激しかったけど」
私は通ってはいなかったので、自分の目で確かめたわけではないが、王立学院では常に首席争いをしていたと聞いている。勉強家で、常に図書館にいることから『図書館の住人』と呼ばれていたとか。『前回』はグリフィス殿下の実務の面を助ける人材として交流を図るべきだったのだが、フラビアが広めた私の悪評を信じ込んで、聞く耳を持たなくて、結局物別れに終わったのだ。
「えぇ、勤勉で優秀ではありますが、不正を一切許せない四角四面な性格なので、男爵夫妻は貴族には向かないだろうと判断したようです」
「それはちょっと困るわね」
賄賂は不正ではあるが、貴族社会にとっては当たり前の振る舞いである。金銭を得ることが第一の目的ではなく、それを対価に互いの結束を強くするのだ。協力関係を顕在化させたものが金銭なのである。まぁ、賄賂を提示することで相手に弱みを握られることもあるので、使いどころが難しいのだが。
男爵領の領主であれば、そう言った機会に遭遇することは少ないかもしれないが、能力を期待されて王宮に仕官した場合は、恐らく馴染めずに苦労したことだろう。
「それで?留学先に残って、何をしたいって言っているの?」
「教師になりたいそうです。偶然訪れた孤児院で、そこを営む牧師夫婦と懇意になり、以後も通っていたそうです。頼まれて孤児院の子供達に勉強を教えていたそうですが、子供に物を教えるという行為の難しさに打ちのめされるのと同時に、やりがいを見つけたのだとか」
勉強が好きな者に向いている職としては、教師か学者が妥当であろう。自分自身で道を見つけたと言うのなら、それも良いと思う。
「何て言うか、皆やりたい放題で自由ねぇ……」
お邪魔虫として国から追い出したのに、そこで自分のやりたいことを見つけて、自分の足で歩き出している。
「これからはお嬢様も、自分の選びたい道を選べば良いんですよ」
「えぇ。どうしても公爵家の体面が気になるというのなら、その中でお嬢様が好きなことを見つければよろしいと思います」
「あら!お好きなことを出来るように、周りを変えれば良いのよ」
そんなこと許されるのだろうか。『前回』も『今回』も公爵家の令嬢として生きて来たから、それ以外の生き方を私は知らない。留学した三人を羨ましくも思ったが、自分も同じようにして良いとは思えなかった。
「でも、公爵家に有利な結婚とか……」
「現状ではアルヴァ様と婚約している状況ですし、万が一にも第二王子殿下に気に入られているお嬢様に、新しい求婚者は現れないでしょう」
「もし身分が低い者をお好きになったとしても、リートゥス様への配慮だと受け取られるでしょうから、厳しく咎められるようなことはないと思います」
畳みかけられるように言われてしまうと、確かにそうかもしれないと思ってしまう。上手く丸め込まれてしまったようにも感じるが、彼らに胸の内を共有したことによって、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
「そうね。これから何かに悩んだから、まず貴方達に相談することにするわ」
私らしい生き方は、まだよく分からないけれど、一人でくよくよ悩むより、皆で一緒に考えた方が私には合っているのかもしれない。




