自分に恥じない生き方 01
「ジニア。お嬢様を困らせるのは止めなさい」
私達の間に割って入ったのは、母の執事であり、ジニアの夫であるリヴァーであった。
「リヴァー。貴方、いつから……」
「失礼とは承知の上で、最初から部屋の外に控えさせていただきました」
つまり最初から、私の見苦しい姿を見ていたというわけか。ジニアも驚いていないから、私はこの夫婦に一杯食わされてしまったのだった。何だか気が抜けてしまって、ついつい深く椅子に体を預けてしまう。少々だらしないとは思うが、今日だけは許して欲しい。
「私達大人が不甲斐ないばかりに、公爵家はお嬢様に甘えておりました。どんな事情があろうとも、それは許されることではなかったと思います」
「良いのよ。私が自分でやるって決めたのだから……」
『どんな事情があろうとも』と濁した辺り、リヴァーはジニアに私の歴史修正については話していないのだろう。それで良い。人外の力を知る者は少ない方が、不必要に人心を脅かすことを防げるだろう。
「リヴァー。私ね、今後は自分に恥じない生き方をしたい」
私を陥れた人間達が失脚していく様を見て、ざまあみろという気持ちはあった。だけど同時に、後ろめたい気持ちもあった。公爵家を守る為、という動機も十分だけれど、胸を張って堂々と人に話すことができない言動は、私にとっては酷いストレスでもあったのだ。それほど精神が強くないのだと思う。
「私としては、お嬢様の取った行動は公爵家の人間として十分素晴らしいと思いますが、お嬢様が納得いかないというのなら、方針を変えることも吝かではありません」
リヴァーの同意を得たことで、私は更に続けた。
「だからね。手始めに、留学させた三人を助けてやれないかしら?」
「三人と申しますと、エスメラルダ侯爵令息とラピス伯爵令息、ダブグレー男爵令息のことでしょうか?」
「そう。借金もしたというし、色々と困っているのでしょう?もう流石に痛い目にあったと思うから、許してあげようと思うの」
『今回』の三人は、私を貶めようとはしていない。少し邪魔されたことと『前回』に引きずられた感情が、彼らに対する報復に繋がっただけである。彼らはまだ罪深いことをしていない。取り返しがつくというのなら、国許に戻してあげたいと思う。
「そのことについてですが……」
「どうしたの?もしかして、何か問題が起きたの?」
言いにくそうに渋い顔をしたリヴァーに、嫌な予感がした。
「いえ、そうではなく……」
「じゃあどういうこと?病気や事故に巻き込まれたとか?」
「お嬢様が御心配になるようなことは何もございません」
「じれったいわねぇ!ハッキリ言って頂戴よ」
「御三方共、留学先の土地で生きていきたいと使節団の長に申し立てて来たのだそうです」
「え!?」
他国で生きていくというのは並大抵の覚悟では出来ない。正直、私は三人を頭の悪い人間だと思っているので、そのような決断をするなんて非常に愚かしいとさえ思えた。だけど、理由を聞くと押し黙って聞き入ることしか出来なかった。
「まず、エスメラルダ侯爵令息の金を持ち逃げしたと思われた娼婦は、その国の伯爵令嬢だったそうなのです」
「えぇ?そんなこと有り得るの?」
「父親と後妻に、相続の邪魔になると娼館に売られたそうなのです」
エスメラルダ侯爵が留学した国は、女性でも家督を継ぐ権利があるのだそうだ。しかし、後妻が産んだ弟よりも母親の身分が高く、賢く社交性に長けた伯爵令嬢だったが、弟が伯爵位を相続するのに邪魔だと、罠に掛けられて娼館に売られたのだとか。そして最初の客が偶然にもエスメラルダ侯爵令息で、身の上話を聞いた侯爵令息が、伯爵令嬢の身請け金と父親達を訴える裁判費用を融通してやったのだそうだ。
「借金返済の為に、侯爵令息は学業と研修の他に、自分で見つけて来た翻訳の仕事でコツコツと返済を続けていました」
立場にふんぞり返り、いけ好かなかったエスメラルダ侯爵令息が、女性の為に金を貸すだけでも驚きなのに、踏み倒すどころか自分で仕事を見つけて返済をし続けるなんて驚愕の事実である。
「そんな生活をすること半年、裁判で両親を叩きのめして伯爵位を継承した伯爵令嬢が令息の元を訪ねてきたのです。そして利子分を含めた借金の返済と求婚をしてきたそうで、令息は婿入りしたいという旨を実家に連絡してきたそうです」
「まぁ!まるで恋愛劇のようですね、お嬢様」
「ちょっと御都合主義じゃない?」
知らない間にとんでもない話になっていたようだ。偶然にしては出来過ぎなような気がするのだけれど、リヴァーは使節団に潜り込ませているスパイからの報告書にも同様のことが書いてあったとかで、プルシャン侯爵も同様に困惑しているとか。エスメラルダ侯爵夫妻なども、他国に婿入りするなんて息子が言い出したのだから混乱していることだろう。
「あと、普通に考えて、娼婦の初めてのお客様って娼館にとっては贔屓のスケベ親父なのでは?」
「えぇ、普通は。しかし、エスメラルダ侯爵令息も初めてだということで、連れて行った者が娼館側に融通を利かせるようにと話したそうで……」
それにしたって有り得ない話だろうと顔を見合わせていると、ジニアが突然怒り出したのだ。
「お嬢様!!リヴァー!!何てはしたない話をしているんですか!!」
私とリヴァーの会話が臆面の無いものになってしまうのは、いつものことだったのだが、今日は私の教育係でもあったジニアによって雷を落とされてしまった。
「全く!リヴァー!貴方、お嬢様が耳年増になってしまったらどうするつもりなの!お嬢様もお嬢様です!年頃の乙女が『スケベ親父』だなんて!一体どこでそのような言葉を覚えていらしたんですか!」
『前回』、私はデビュタントをして社交界に出ていたわけで、恋の鞘当てとか不倫などの下世話な話も耳にしている。面白がって俗っぽい言葉を使う者もいるのだから、『スケベ親父』なんて言葉くらい大したことはないのだ。それでもジニアにとっては、私はデビュタントを終えたばかりの可愛らしい無垢な乙女なのだから許しがたいことなのだろう。
しかし、プリプリと怒っているジニアが何だかとても面白くて、笑いそうになるのを堪えながらお説教を聞いていると、リヴァーもまた口の中を噛んで笑いを誤魔化しているのが分かって、思わず吹き出してしまった。そうしたら釣られてリヴァーまで笑い出す。
「こら!ちゃんと反省していませんね!!」
「反省しているわ。もう低俗な言葉を使わないように気を付けるから。どうか許して、ジニア」
そう言って必死に謝って許してもらったのだけれど、ジニアから見えない位置でリヴァーがニヤニヤ笑っているのが見えた。この光景、どこかで見たことがあると思ったら、悪戯に失敗したリートゥスがジニアに怒られている姿を見た自分と、今のリヴァーの姿が被る。つまりは私は悪戯小僧というわけか。それがまた面白かったのだけれど、これ以上、ジニアを怒らせては事だと、口の中を噛んで我慢したのだった。




