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欲しかった言葉

「お金さえあれば、私じゃなくても貴女を助けることが出来たはずよ」

「お嬢様の他に、有り余るほどの財産がある方がいたとしても、私に利用価値が無いのなら、私の為にそれを使おうとは思わないでしょう。お嬢様だったからこそ、私とサイアン公爵家との間に縁が生まれたのです」


違う。私は一度未来を視たから知っているだけ。

ジニアが高齢貴族の後妻になって、サイアン公爵の愛人になることも知っていたし、王家が遣わしてきたプラムに宛がった役者が売れっ子になることも知っていた。結果が分かっているから利用しただけだ。別に私の鑑識眼が優れていたわけじゃない。


「違うのよ。私は本当に心が汚くて、貴女が思っているような清らかな人間じゃないの」

「私を助けてくださったのはお嬢様です。清らかな聖人は私を助けてはくださいませんでした」


そうジニアは言い切った。


「清らかな聖人が祈りを捧げれば、神は願いを叶えてくれると言うのですか?神は貧しい者に食べ物を恵んでくださるのですか?凍えることが無いように清潔な住処を与えてくれると言うのですか?」

「ジニア……」

「はっきりと申し上げますが、かつての私のように貧困に喘ぐ者とって、神や聖人よりも銅貨一枚の方がずっと価値があるものなのです」


ジニアが明確に神への信仰を否定したことに対し、私は酷く動揺した。コロル王国の民は、建国王サングィスと守護神ニウェウスの言い伝えを声高に主張することは無いが、けれども大きく否定することも無かった。それは建国以来、他国と戦争になっておらず、国が壊滅するような天災も起きていない(ラクテオルス伯爵家の領地が、数年前に嵐の被害を受けたが、建造物は失っても人命は失われてはいない)。これこそがニウェウス神からの恩寵だと、信奉者達は高らかに謳い上げるのだ。


そしてニウェウス神自身から、神への信仰無くして神が存在することは出来ないと聞かされている。だからこうして不信心な言葉を聞いて取り乱してしまったのだ。私は別にあの男に消滅して欲しいわけではない。


「でも、流石に人を殺すようなことはなさっていませんよね?」

「……そこまではしていないわよ」


否定したけれど、ジニアの顔を見ることが出来ず、思わずそらしてしまった。彼女にとって殺人は許容できない悪事なのだろう。もし肯定していたら、どうなっていたのだろうか。今更ながら、己がいかに罪深いことをしたのか思い知らされる。


「そんな御顔をされるということは、近いことはなさったのですね」

「お母様の命を狙おうとしたから、そうなるように仕向けただけよ」


直接手を掛けたわけではないが、サイアン公爵の愛人ミモザは縛り首になっているし、王妃の駒だったプラムは鉱山送りになったと聞いている。どういった仕事に従事しているかは知らないが、過酷なものだと聞くから、もうこの世にはいないのかもしれない。


「恐ろしい思いをされましたね」

「仕方なかったのよ。ああでもしなければ、私達が殺されていたんだから」


あの連中にはあれくらいの仕置きをしなければ、私達を害し続けただろう。罪の意識はあるものの、当然の報いだと私は私自身の行動を認める部分もあった。現にプラムは母に毒を盛り続けていたし、公爵の愛人はせっかく見逃してやったのに、のこのこ私の前に現れた挙げ句に自らの意志で公爵を刺したのだ。


「えぇ、分かっております。お嬢様が自ら進んで人を傷つけようとすることなど考えられません。けれど、大切な母君を害そうとする者をお嬢様がお許しになるとも思いません」


私の手を包み込むジニアの手が、ぎゅうと強くなって、けれど痛くはなくて、彼女の体温が移るくらい近づいたような気がした。


「ですが、そんな決断をされる前に、お嬢様の御心痛に気づいて差し上げたかった。罪の意識に苦しまれるのなら、分かち合いたかった。出来ることなら代わって差し上げたかった」


ジニアは申し訳ないと私に向かって何度も繰り返した。ジニアの瞳には涙が浮かんでいて、彼女を悲しませているのは他でもない私で、だけど私を想ってくれているからこそ流れた涙だと身に染みて分かった。


「お嬢様がお一人で思い悩み、苦しんでいたというのに全く気付かなかった愚かな自分を私は許せません」

「違うわ。私は気づかれたくなかったの!私に優しくしてくれた人達には、私の醜いところを見せたくなかった!良いところだけを見て、私を好きになって欲しかったの!」


私もまた泣いていた。悲しみからの涙なのかは分からない。けれども、心の中にあった割り切れない感情が、涙という形で外に出てきた、そんな感じだった。


「良い子だと思われたかった。賢くて、心根の優しい良い子だねって褒めて欲しかった」


次から次へと浮かんでくる言葉は、『前回の私』が欲しかった言葉達。私が意図して作り上げた『今回』では得ることは出来たけれど、それを欲しかったのは『前回の私』だ。無知で弱くて、与えられた環境の中で、もがき苦しんで呆気無く殺されてしまった私。


「私が悪い子だってことは分かってる。でも、嫌いにならないで」


こんな私を好きになってくれなんて言えない。だけど、せめて嫌いにはならないで欲しかった。

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