デビュタント 04
「貴女はとても良くやってくれています。少ない労力で、大きな成果を上げていると思います」
当然だ。そうなるように私は動いてきた。アルヴァの言うように、大それたことをしたわけじゃない。たった一つ、父親に新しい愛人を宛がっただけだ。少ない労力と言えば聞こえは良いが、まともな人間からすれば唾棄すべき行為に他ならない。
「恐らくこの歴史修正は成功するでしょう」
アルヴァは珍しく言葉を選んでいるように思う。けれどもそれを素直に喜べるほどお目出たい頭をしているつもりはない。
「貴女は愛する家族を得て、信頼する人達を得た。それを捨てても良いというんですか?」
それを言われると弱い。自惚れでも何でもなく、確かに彼女達は私が動かなければ、今の幸せはなかった人達だと思う。私が【修正者】を辞めた時、どこからやり直すのかは分からないけれど、幸せになれるかは分からない。私と同じように死んでしまうかもしれない。
「私は醜いから……」
「え?」
「大切な人達が、私がいないところで幸せになるのが嫌なの」
「……」
「私がいなくても幸せになれるところを見たくない」
言葉にすることで、己の心の醜さを突きつけられたように感じて心苦しく、居た堪れない。もっと心根の綺麗な人ならば、自分を犠牲にすることを厭わないのだろう。けれど、あさましい私には出来そうになかった。
「私は私を愛してくれる人が欲しい。でなければ、もう何も見たくない……」
もし私を好きだと言ってくれる人がいても、私は心の底から信じることは出来ないだろう。だけど、もしかしたらと思ってしまうのだ。もしかしたら私を愛してくれる人を私も愛せるかもしれないと。
「……分かりました。すぐに【修正者】を解任することは出来ませんが、貴女の望むようにしましょう」
感情が爆発した私に対して、アルヴァはもう何も言わなかった。責めることも、慰めることもしない。この男もまた私の最期の砦には成り得なかったということか。
涙も出なかった。私は頼るべき相手を間違えたのだ。いや、前提が間違っている。私には頼る人など初めからいなかった。私の事情を知るアルヴァであれば、頼っても良いのかもしれないと過度に期待して、それが違っただけの話だ。裏切られたと思うのは私の勝手な被害妄想だろう。アルヴァは、ニウェウス神は最初から私に優しくはなかった。分かっていたはずなのに。
やがて室内からは音楽が流れ出した。再び時間が進み出したのだろう。
「……戻りましょう。お母様達が心配するわ」
「もう少し落ち着いて、休んでいかれては……」
「時間は戻ったのよ。何もなかったんだから、私が休む道理はないのよ」
時間が戻る――その間に起こったことを覚えている者などいないのだから、私の苦悩など無かったも同然だ。
そうして舞踏室に戻ると、無事にデビュタントを終えたことを喜ぶ母や、アルヴァの両親に囲まれた。他にも参加していた家門の者達に挨拶されたりしたが、グリフィス殿下だけは来なかった。もしかしたらアルヴァが何かを細工したのかもしれないが、彼は何も言わなかった。
この日の出来事によって、私はすっかりと気力が無くなってしまった。公爵家の仕事を適当にこなしながら、淡々と一日を過ごすだけ。あれをしたい、これをしたいと考えることもなく、日課を繰り返すだけだった。




