デビュタント 03
面白くも楽しくも無い、ただ惰性のみで音楽が終わるのをダンスをしながら待つ。図らずも『前回』を踏襲する形となり。歴史修正したところで何も変わらなかったのかもしれないという徒労感でいっぱいになってしまう。
もし、百回目の歴史修正が成功したら、どうなるのだろうか。成功条件は、恐らく王妃とグリフィス殿下の権力を削いで、第一王子であるクランシー殿下を即位させることだろう。成功すれば、まずニウェウス神が自らの消滅の危機を脱したことを喜ぶだろう。サイアン公爵家も王家からの干渉が無くなり、予定通りリートゥスがサイアン公爵家を継ぐに違いない。
私が御役御免となり、アルヴァが天上に戻ってしまったら、グリフィス殿下に好意を寄せられていた私の前に求婚者は現れないだろう。王族に気に入られた女を奪ったと難癖をつけられかねないからだ。かといってグリフィス殿下と結婚する訳にはいくまい。独りぼっちのまま生きていくのだろうか。悪い未来しか見えなくて、鬱々とした感情が全身を巡り、とても体が重たく感じる。
ようやく音楽が終わり、私はグリフィス殿下に礼をして離れようとした。けれどもグリフィス殿下は手を掴んだまま、離してはくれない。
「殿下。離してください。一曲だけとお断りしたはずです」
未婚の男女が、複数回に渡ってダンスをするなんて有り得ない。婚約者であっても何度も踊り続けることは、はしたないこととされている。勿論、決まった相手がいないからと、参加者と片っ端からダンスするというのも品位に欠ける行為だ。未婚の貴族女性に求められるのは貞潔であることだから。
今ここで、殿下と二回目のダンスをしてしまえば、私は婚約者ではない男を不用意に近づける浮ついた女だと噂になることだろう。そうなれば真実はどうあれ、私がアルヴァからグリフィス殿下に靡いたように見えるに違いない。
「お止めください!私には婚約者が――」
「あのような弱小貴族に何が出来ると言うのだ!どうしてそなたは私を選ばない!」
大声で怒鳴りつけられ、掴まれた腕は骨が軋んでしまいそうになるくらい痛い。流石に周囲も慌ただしくなり、音楽は止まり、フロアにいた者達が私達から離れていった。
「私なら、あの目障りな男を辺境に追いやって、二度と王都に戻れぬようにすることも出来るのだぞ!!」
別に神であるアルヴァが左遷されようと大したことじゃない。だけど、アルヴァの仮の実家でもあるラクテオルス伯爵家は嫡男が王家の反感を買ったとなれば、最悪爵位を返上するしかなくなるかもしれない。アルヴァを実の息子のように可愛がっている伯爵夫妻も悲しむだろう。
私はもう一度、この男の隣に立たねばならないのか。この男の愛が向かう先が変われば、また虐げられるかもしれない立場に?嫌だ、絶対に嫌だ。ずっと独りぼっちのままでも、私は自由に生きていきたい。
だけど私さえ耐えれば、丸く収まるのも事実だ。どうせ誰も私のことなど見ていないのだから、それでも良いのかもしれない。今後私を愛する人は現れない。よしんば現れたところで諦めるしかない。グリフィス殿下とのダンスのように、嫌なことには目を瞑り、耳を塞いで時間が過ぎるのを待つだけだ。
「私は――」
私はグリフィス殿下に何と答えたかったのだろうか。答えを口にする前に、周囲の異変に気がついた。グリフィス殿下を含めて、会場にいる者達全員の動きが止まっていたのだ。
「え?」
誰も彼も止まってしまっている。瞬きもせず、ピクリとも動かない。仰天した私は思わずよろめいてしまう。ドンッと後ろにいた誰かにぶつかってしまい、その誰かは支えようと手を伸ばす前に床に倒れた。けれども、やはり悲鳴を上げる訳も無く、人形のように無機質に転がっている。
人知を超える力に、恐れおののきながらも、私は犯人を探した。この場において、そのような力を使えるのはただ一人だけだ。
「アルヴァ!!これは一体どういうことなの!!」
これまで、アルヴァが私の前にやって来た時から、彼は神の御業を使ったことは無かったように思う。いや、もしかしたら私の知らないところでは使っていたのかもしれない。ただ私の心の内を読んだとしても、その内容を当てこするようなことはしてこなかったし、不可思議な現象も起きてはいなかった。
「貴女がお困りだと思ったので、時間を止めただけですよ」
「死んではいないのよね?元に戻るのよね?」
「勿論ですよ。この場には貴女の母親や私の両親もいるんですから」
誰も死んでいないと聞かされ、安堵の息を吐く。
「貴女がグリフィス王子と踊る前まで記憶を消しましょう。私達はダンスを終えてすぐにテラスに出たということに」
神の御業によって、先程までの苦痛な時間が無くなるのか。歴史修正も神の力を使えばあっという間に出来てしまうのに、どうして【修正者】として人間を選ぶのだろうか。何度も無駄骨を折らせて、苦痛を与えるのは王家だけじゃなくて神も同じなのではないだろうか。
「だから言ったではありませんか。あの男に気を許してはいけないと。徹底的に避けなければならないと」
追い打ちのように責められて、私は悔しくて悔しくてたまらなかった。
『今回』は既に『前回』と大きく隔たってしまい、何が正解で何が間違いかなんて私には分からなくなっている。アルヴァが未来視によるものか、別の何かを知るからかは分からないが、助言をしてくれているのかもしれないが、ハッキリと理由が分からなければ私は従うことは出来ない。
なのにそんな風に責められると、私は己の不甲斐無さに打ちのめされて心が痛くなる。
「じゃあ私なんて選ばなければ良かったじゃない!!」
「セレスティーナ?」
悔しくて、悲しくて、腹が立って、思わず私は怒鳴り散らしていた。
「そちらが勝手に私を選んだくせに、ちゃんと出来ないと罵るなんて酷いわ!!」
「罵るだなんて、私はそんな……」
「いつもそうじゃない!どうせ私なんて捨て駒に過ぎないから、雑に扱ったって良いと思っているんでしょう」
プルプラ神は『可愛くてお人好しで、抜けてる女の子』を選んだと言っていた。私はお人好しで抜けてるかもしれないけれど、可愛くなんてない。これまで私を助けてくれた人達は、私が動けば自分に利があるから助けてくれたに過ぎない。私のように愛想も無く可愛げのない、卑屈な女を誰が助けたいと思うのか。
ニウェウス神が私を手伝う為に地上に下りたのだと言っていたけれど、そんなの嘘に決まっている。きっと面白半分に、私が悩みもがく姿を見てやろうと思っているのだ。
「わ、私は貴女が簡単に騙されるから、忠告をしたまでで……」
勢いのまま叫び続ける私に気圧されながら、反論をしてくるアルヴァ。しかし、半ば混乱状態にある私には通用しない。
「私が騙されるなんて、分からないじゃない!!」
「しかし、貴女のように騙されやすい人を知っているから……」
「どんなに似ていたとしても、私はその人じゃないわ!」
幼子のように地団駄を踏んで泣いてしまいたかった。だけど弱みを見せるような真似はしたくない。
「どうせ私はロゼリア様のように上手く歴史修正なんて出来ないわよ!」
「だからどうして、その名前が出てくるのですか?」
「貴方が私と比べるのはロゼリア様じゃないの?あぁ、でもそんなことはどうでも良いわ。私は誰かと比べられるのが大嫌いなの。私を通して誰かを見る目も嫌い」
『前回』は誰もが私と義妹であるフラビアを比べたがった。母は私の中に父親であるサイアン公爵の面影を探した。『今回』はフラビアだけでなく、リートゥスと比べられたし、アルヴァは私を通して誰か別の人間を見ている。
「そんなに私がダメだって言うなら、さっさと解放してよ!!」
国のことなんてもうどうでも良い。
私じゃない【修正者】がきっと上手くやってくれる。何なら私は『前回』の最期のように死んだって構わない。そうすれば自分が絶対に誰からも愛されないことに気づく前に死ぬことができるのだから。




