デビュタント 02
入場の声に促され、会場に足を踏み入れる。
歴代の王侯貴族達に愛された舞踏室は、眩いばかりに美しい。集まった大勢の人々は私達に注目していることが分かる。けれども、彼らが注目するのは『セレスティーナ・サイアン公爵令嬢』という肩書を含めた外側の部分に過ぎず、その中身には興味など無いのだ。
この着飾った姿を見て、婚約者と微笑みながら歩く姿を見て、きっと私が幸せだと思うだろう。羨ましいと思うかもしれない。その裏では誰からも愛されないことに気づき、分不相応な期待を抱いた自分に呆れているなんて思ってもみないだろう。
「成人おめでとう」
王族達に拝謁し、国王陛下から直接祝辞を頂き、規定通りの礼の言葉を口にする。その間もずっと、グリフィス殿下の視線が私に向いていることが分かった。横目で見てやれば、私が気に掛けたことが余程嬉しかったのか、彼は頬を緩ませた。
思えばずっと、面と向かって私にハッキリと態度を示してきたのは、グリフィス殿下だけだったようにも思う。『前回』は冷たい嫌悪の感情を、『今回』は自分勝手な恋慕の感情を。どちらも迷惑極まりないが、私の周りは自分の心を隠して接する人達が多く、グリフィス殿下は愚かで耐え難いものの、誰よりも分かりやすい人間であった。
心の内が読めない人と一緒にいるのは苦しい。分かりやすい人間の方が私には合っているのかもしれない。
そんなことを考えていると、アルヴァに小声で囁かれる。
「皆さんが貴女をお待ちですよ」
進行では、デビュタントの令嬢達が王家に拝謁してからダンスを踊ることになる。その後は普通の舞踏会と同じように、一般の参加者達も踊るのだ。今回、デビュタントの令嬢で最も位が高いのは私で、私が動かなければ夜会は進まない。慌てて御前を退きながらアルヴァを見ると、彼は微笑みながらも酷く機嫌が悪そうに見えた。もちろん十分に取り繕えているとは思うが、雰囲気というかオーラに苛立ちを感じるのだ。
「何か、気に障ることがあったかしら?」
尋ねてみるが、すぐには返事はない。そうしている内にダンス開始の立ち位置について、音楽が始まった。
練習で何度も繰り返したステップに迷いはなく、問題なく私達は踊り出す。私はグリフィス殿下という息の合わない相手と踊ることも慣れているし、アルヴァも大衆を前に緊張する性分でもないから無事に踊り切るだろう。
「貴女が」
「え?」
「貴女が私の忠告を聞かず、グリフィス殿下を見るからですよ」
「……それが不機嫌な理由?」
確かに、くれぐれも気を付けるようにと言われてきた。気を持たせるような言動をしてはいけないし、手紙も代筆にしろと言われてきた。視界にも入れてはいけないなんて、驚くほどに徹底的に避けるように言われている。
「貴女のようなお人好しはすぐに騙されるんですから」
お手軽な私を、ずっと騙しているのは他でもない自分だというのに。胸の奥がモヤモヤする。怒りとは少し違う、不満のようなものが溜まっているような、そんな感覚。返事をしない私にアルヴァは何も言わない。私も私で、説明のしようがない気持ちを伝えたところで、どうせ流されるだけだろうと無駄なことはしなかった。大して期待もしていなかったけれども、もう少し楽しめるかと思ったのに、随分と味気ないものになってしまったような気がする。
音楽が終わると、ワッと歓声が上がった。盛大な拍手を受けて、これにてデビュタントという通過儀礼に幕が下りる。そして今からは一人前の大人としての夜が始まるのだ。
一先ず舞踏室の中心から壁際に移動する。これ以上、踊る気にはなれなくて、どうにか時間を潰そうと考えていると、ぐいと腕を強い力で引かれてバランスを崩しそうになった。咄嗟にアルヴァが支えてくれたから、どうにか堪えることが出来た。
「危ないではありませんか!グリフィス殿下!!」
アルヴァが抗議の声を上げる。彼が支えてくれなければ、みっともなく床に引き倒されてしまっていたかもしれない。デビュタントでそんな失敗をしてしまえば、永遠に語り継がれてしまう珍事となっていたことだろう。間一髪である。
「セレスティーナ!そなたに一刻も早く会いたくて、気が急いてしまったのだ。許せよ」
それはどう控えめに見積もっても謝罪ではない。
「恐れ多いことにございます」
どんなに愚かであろうとも相手が王家の人間である以上、こちらが弁えた対応が求められる。内心ではリートゥスには、このような大人になってはいけないと言って聞かせる良い例が目の前の男だなと思った。
「どうか一曲踊ってはくれないか。私からのパートナーの申し出も断ったのだ。それくらい良いだろう?」
一応、私は婚約者との恋に溺れた女という設定になっているのに、性懲りも無く近づいてくるのは何故なのだろうか。
「しかし――」
「分かりました。では一曲だけでお相手お願いいたします」
アルヴァが反論しそうになるのを遮って、誘いを受けてしまった。驚いた顔でアルヴァが私を見るけれど、ここで問題を起こすべきではないことは分かっているだろうに、どうしたのだろうか。
差し出される手に、手を乗せる。グリフィス殿下の手は、アルヴァやプルシャン侯爵のように剣の稽古を続ける者達に比べて柔らかく女性のようにほっそりしている。きっと剣術の稽古も怠けているのだろう。ダンスの腕も相変わらずのようで、強引なリードで楽しくない。
「初めて私の誘いに乗ったな」
「お気を悪くさせてしまっていたのなら、申し訳ありません」
満面の笑みを見せるグリフィス殿下に呆れてしまう反面、気が抜けてしまった。この人も私と同様、自分の気に入った者に対する態度が本当に違う。あんなに蔑ろにしたくせに、あの頃の私と何も変わっていないのに、立場が違うだけでこんなにも変わってしまうのか。私は私を嫌う人間にすら、本質を見てもらえないらしい。




