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デビュタント 01

断っても断っても届くグリフィス殿下から手紙に返事をしたり、留学していったお邪魔虫達の報告に頭を抱えたりしながら、時はあっという間に過ぎていった。そうして今日、デビュタントを迎えた。


「お似合いですよ」

「……ありがとう」


入場の順番を待つ私の隣には、グリフィス殿下ではなくアルヴァが立っている。

乙女の理想を煮詰めたような容姿に、優し気な表情まで完璧だ。白いドレスの私とは対照的に黒い燕尾服を身に付けたアルヴァは、やはり良い広告塔になったようで、周囲からの視線を一手に集めている。普通の人に比べて腰の位置が高いし、最近は剣術や馬術などにも励んでいるせいか体も引き締まって見栄えが良いのだ。


「貴方の方が主役みたいね」


我ながら卑屈っぽいなと思う。このような場所で相手の気分を下げるようなことを言うべきではない。アルヴァだからと甘えて良いものではないことは分かっているのに、どうしてか私はアルヴァには本音を言ってしまう。この男だけが私の言葉に気を悪くしないと思っているからだろうか。そんなことはあるはずがないのに。


「以前から言っていますが、一般的に見て貴女の容姿は美しいですよ」

「そんなお世辞を……」

「私が貴女に世辞を言う必要がありますか?」

「……無いかも」


私に対してズバズバと言いたい放題のアルヴァだけれど、確かに容姿について傷つけられたことはないように思う。


「でも、女の癖に背が高いし……」

「女性にしては高いかもしれませんが、私の方がずっと高いので、私達がダンスを踊るには丁度良い身長差ですよ」

「目が吊り上がっていて、性格が悪そうに見えるし……」

「猫のようで可愛らしいではありませんか。それに私は目は吊り上がっていませんが、セレスティーナよりも大分性格が悪いですよ」

「フフッ。自分で言うんじゃないわよ」


目の形と性格の悪さは関係が無いと言いたいのだろうけれど、何も自分を引き合いに出さなくても良いのにと、ちょっと可笑しくなって笑ってしまった。


「そうやって笑っていらっしゃる顔が一番良いです」

「……止めてよ、恥ずかしい」

「私は貴女から素直さを奪った人間が憎らしいですよ」


そう言ってアルヴァは扉の向こう、ダンスホールにいるであろう王族達を睨みつけたのだった。


『馬子にも衣装とはこのことだな』


不意に、ドレスのデザイン画を褒めたアルヴァに言った皮肉は、グリフィス殿下から言われた言葉だったと思い出した。

『前回』の婚約者であったグリフィス殿下は、デビュタントの衣装を着た私に酷い言葉を投げつけたのだ。冷めた緑色の瞳に蔑まれ、周囲にいた使用人達も内心で嘲笑っているのが分かった。


他にも『大女』とも罵られたけれど、よく考えるとあの時のグリフィス殿下はまだ身長が伸び切っておらず、私よりも少し目線が高い程度でしかなかった。『睨みつけているようだから、こちらを見るな』とも言われた。あの時の私には私を庇ってくれたり、慰めたりしてくれる人などおらず、ただただ苦しい胸の内を腹の奥に溜め込むしかなかった。


グリフィス殿下とは10歳の時から婚約をしているのに、心が近づいたことなんて一度も無い。実力も無いくせに野心ばかり先走って、兄王子を妬んで、婿入りする先の私に八つ当たりばかりだった。


フラビアと懇意になって婚約破棄された時だって、どうせ何も変わらないと思ったのだ。私が暮らしやすいように、生きやすいようにと配慮してくれる人なんていなかった。プルシャン侯爵だって、母方の祖父であるセルリアン侯爵だって現状を変えてくれることはなかった。今にして思えば、彼らは歴史修正によって王家に弓引くことの無意味さを知っていたからだろう。そこに私への配慮は必要は無いのだ。


「アルヴァ、貴方も覚えていたのね」

「勿論ですよ。貴女のことですから」


もしアルヴァが人間で、歴史修正なんて任務が無かったら、素敵な婚約者に恵まれた私は幸せだったのかもしれない。

私はプルプラ神が横槍を入れた【修正者】だ。だからニウェウス神が『前回』までの私のことなど知っているとは思っていなかった。いや、お気に入りのロゼリア様の親族だから視界に入れていたのだろうか。


「あの男は『奴』によく似ています。自分が気に入った者に対して辛辣な言葉を掛け、思いのままにしようとする……」

「『奴』?」


誰のことだろうか。いつも飄々としているアルヴァ(ニウェウス神の時も)が、ここまで苦々しい表情をするところを見たことは無かった。


「先王陛下のこと?」

「先王?いえ、どうしてその男が出てくるんですか?」

「だって貴方のお気に入りのロゼリア様を奪ったようなものでしょう?」


自分を好きなロゼリア様をニウェウス神も憎からず思っていただろう。それを横から搔っ攫われてしまえば面白くないと思うのは当然だろう。いっそ教会の大神官に啓示を授け、神の花嫁として召し上げることだって出来たかもしれない。まぁ、その場合はロゼリア様の肉体は現世では眠り続け、意識だけが神の領域に招かれるという形だろうか。


「ロゼリアも非常に人格に優れた娘でしたが、違いますよ」

「じゃあ、貴方のお気に入りは誰なの?」

「私のお気に入りは貴女だと言ったではありませんか」


そう言って笑いかけたアルヴァの顔は、いつもの底の知れない胡散臭い表情に戻ってしまっていた。


何だか急につまらなくなってしまった。アルヴァからの誉め言葉も、私の代わりにグリフィス殿下に怒りを露にする様も、所詮は私を動かす為のパフォーマンスに過ぎないのだと、突きつけられた気がしたのだ。


きっとロゼリア様の話題を出した時は肝が冷えたのではないだろうか。私を煽てて喜ばせるだけで、歴史修正を上手く進み、国家滅亡――ひいては自分の消滅を防げるのに、別の女性を引き合いに出してきたのだから。


あぁ、嫌なことに気づいてしまった。私はきっと私が愛して守ろうとした者以外には愛されないのだと言う事実を。私を愛し、守ってくれる者はいないのだと。いや、愛して守ろうとする者達だって、別に私自身を愛してくれている訳ではない。


父は問題外だが、母は無償の愛を上回る、後ろめたい思いで私を見てきた。王家からの介入を退ける切っ掛けを作ったのは私だけれど、彼女が自ら動き出すに至ったの跡取りであるリートゥスがやって来たからだ。母は私じゃなくても良いのだ。


乳母のローズマリーは自分達が生計を立てる為に、私を愛してくれたに過ぎない。

最初の協力者になったリヴァーも、大切な乳兄妹を守った私に協力してくれたに過ぎない。

ジニアやクロリスだって、私が与えた金で環境が整ったから、私に感謝しているに過ぎない。

プルシャン侯爵やセルリアン侯爵も、サイアン公爵家の為に私に教育を施したに過ぎない。


皆、私以外の者を愛している。




「サイアン公爵家セレスティーナ様、ラクテオルス伯爵家アルヴァ様、御入場にございます」




残酷な真実に気づいてしまったのが、私自身の行動に制限が無くなる成人の日だなんて、何て皮肉な話だろうか。


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