プルシャン侯爵 08
「万が一、グリフィス殿下とセレスティーナが婚姻に至れば、グリフィス殿下の後ろ盾は強固になり、王太子はクランシー殿下ではなくグリフィス殿下になってしまう可能性もあります」
「余計に王国滅亡まで一直線じゃない!」
「そうです。我々はグリフィス殿下の力を削がなくてはならない。そうでしょう、侯爵閣下」
アルヴァがプルシャン侯爵に振れば、侯爵もまた神妙な顔で頷く。
一度は縁談を断っているし、跡継ぎがいてグリフィス殿下が婿入りできる環境ではない以上、私との婚姻に現実味はないけれど無い話ではない。最悪の場合は、一代限りの公爵位が許されてしまうかもしれない。もちろん、実務は私任せで。最悪である。
「その者の言う通りです。そして王家を内側から改善することは不可能とロゼリア様が証明されております。セレスティーナ様が嫁いだところで、徒労に終わることでしょう」
「じゃあどうすれば……」
「セレスティーナ様がグリフィス殿下に嫁ぐことは出来ない状態になるしかありませんが……」
「婚約者ね!」
頭の出来や体が虚弱だという理由をつけることも出来る。けれどもそれをサイアン公爵の血に問題があると言われてしまえば、リートゥスの嫁取りに問題が発生してしまう。それは最終的な手段にせざるを得ない。だから今取れる手段は、婚約者を作ることだ。『前回』のように王家が強硬に縁談を推し進めることが出来ない今、有効な手段と言えるだろう。
「しかし、グリフィス殿下からの妨害行為もあるでしょうし、それに耐え得る人材となると……」
そんな都合が良い人間は普通はいない。
父親が刺されて数日に、こんな配慮の欠片も無い無神経な手紙を送って来るような男なのだ。しかも身分だけは国一番。欲しいものがあれば手に入れなければ気が済まないというのなら、嫌がらせだってあるかもしれない。王族からの嫌がらせに耐えることが出来るような胆力のある人間――例えば、プルシャン侯爵のような人間を探すのは難しいだろう。
「大丈夫よ!侯爵!」
「セレスティーナ様?」
「私にはアルヴァがいるわ!」
そう言ってアルヴァの背中を押して、プルシャン侯爵の前に突き出した。
「この人なら大丈夫!血筋だって悪くないし、何より顔が良いわ!」
「セレスティーナ!?」
「虫除けになってくれるんでしょう?今度は殿下からの盾になって頂戴」
ガーデンパーティーで守ってくれると言ったのだから、約束は守ってもらわなくては。それに諸悪の根源はニウェウス神自身なのだから、責任は取ってもらわないと困るのだ。
「仕方がありませんね。私が絶世の美形なばかりに……」
「この状況で、よくもまぁそんな減らず口を叩けるわね……」
心底困ったという風に頬に手を当て、溜息を吐いているけれど、言ってることは酷い。けれど例えグリフィス殿下から『不細工』と罵られたとしても、アルヴァなら鼻で嗤って右から左へと聞き流すだろう。周囲も真剣に取り合わず、殿下が恥ずかしいだけで終わるのだ。ちょっと面白い。
「しかし、それではセレスティーナは非常に面食いで、私でなければ婚約をしないと我がままを言う令嬢という噂が立ってしまいますが、よろしいのですか?」
「べ、別に私は貴方を好きだから近くに置くんじゃないわよ?そこを勘違いしないで!」
このニヤニヤ顔の男を好きで、絶対に離れたくないなんて世迷言を言う気は毛頭ないが、盾として使い続けるには理由が必要になる。背に腹は代えられないが、やはり悔しい。
「どうかしら?侯爵」
「ラクテオルス伯爵家は同じ一門ですから良いのですが、従兄妹同士というのは聊か血が近いようにも思います。ただ、政略的には有り得る縁談ではあります」
近親婚は古代からタブーとされているが、所領や財産の流出を防ぐ為にしばしばある。私とアルヴァの場合は、兄と妹という異性の兄妹の子供達なので、近親婚という括りには当てはまらないのだ。完全に父系制による御都合主義な判定であるが、今回はそれに助けられそうだ。
「しかし、我々だけで判断することは出来ますまい。サイアン公爵家はともかくラクテオルス伯爵家の意向もあります故」
「えぇ、勿論よ。他の寄子からの賛同も得たいし、ラクテオルス伯爵家の方々が、アルヴァに似合いのお嬢さんを探しているかもしれないしね」
「セレスティーナ……」
もしも婚約者を見つけているようだったら、手を引いてやっても良いだろう。母親であるラクテオルス伯爵夫人が、アルヴァの為に釣書とにらめっこしているのを想像するだけで笑いが込み上げてくる。孝行息子を気取っているけれど、母親に婚約者まで連れて来られて四苦八苦している姿も見てみたい。
「万が一、リートゥス様に『呪い』が発現する可能性もあります。その際は、貴女様がサイアン公爵家を背負っていくことを努々お忘れなきように」
プルシャン侯爵は公爵家を辞去する際に、そう言い残して帰っていった。
『呪い』が発現しているのは、王家とその血に纏わる一部の人間――ハッキリと言ってしまえば、嫡男にのみ継承されている。サイアン公爵の兄弟は複数いるが、他家に婿入りしたり、騎士になっているというが、公爵だけが変わっているとプルシャン侯爵は説明してくれた。だからリートゥスも母親は平民であるとはいえ、『呪い』が発現するかもしれない。
「ねぇ、どうして『呪い』の話を教えてくれなかったの?」
ニウェウス神は私に『呪い』の話をしなかった。とても重要な話だと思うのに。
「フフッ。呪いとは、言い得て妙ですね」
「笑いごとじゃないわよ」
「けれども、呪いによって歴史修正が失敗しようとも、またやり直せば良いじゃないですか」
同じことをやるだけだから簡単だとでも言うのだろうか。人の生には嬉しいことだけじゃなくて、悲しいことだってあって、それを繰り返せと言うのか。【修正者】は全部覚えているというのに。何て傲慢で無責任な命令なのだろうか。
「最低ね……」
こんな男の為に、ロゼリア様は自分を犠牲にしたのかと思うと吐き気がした。




