プルシャン侯爵 07
コン コン コン
扉をノックする音が聞こえて、入室の許可をするとアルヴァが入って来た。ロゼリア様とニウェウス神の話を聞いたばかりで、顔を合わせるのは大変気まずい。
「大切なお話しの最中だと存じておりますが、お茶のおかわりはいかがでしょうか」
お互いの情報をすり合わせている内に、結構な時間が過ぎてしまっていたようだ。口を湿らせる為のお茶もすっかり冷えて、渋くなってしまっていることだろう。夢中になった挙げ句、どうやら客人へのもてなしが不十分になっていたようだ。
使用人は連れていないようで、ワゴンを運んできたアルヴァが手ずから淹れてくれるらしい。神様の癖に本当に執事めいた行動が様になっている。花の香りがする、やわらかな味わいのお茶に、思わず肩の力が抜けてしまう。どうやらかなり緊張していたようだ。
多分、きっとプルシャン侯爵は私の歴史修正を手伝ってくれるだろう。外見年齢12歳の私とアルヴァだけでは難しい問題も、コロル王国でフィクサー的な役割を果たしているプルシャン侯爵がいれば大分助かるはずだ。
「セレスティーナ。先程、こちらが届きました」
差し出されたのは封筒で、裏返してみれば封蝋印は王家を示す紋章であった。アルヴァは当然気づいていただろうし、プルシャン侯爵もすぐに気づいて目を見張っている。
サイアン公爵が怪我を負ってことに対して何か言ってくるのだろうか。今の容体が落ち着き次第、半ば隠居として公爵領に送るのだから、もう少しくらい待っていてくれたら良いのにと思わずにはいられない。仕方がないので封を開けて中を読んでみると、
「…………」
思わず目が点になってしまい、無意識に手紙をテーブルに放ってしまっていた。
「どうしたんですか、セレスティーナ!」
「何か良くないことでも書かれておりましたか?」
流石にアルヴァも中身までは知らなかったようで、私の淑女らしからぬ行動に驚いている。放り出された手紙を、プルシャン侯爵が拾い、読む。そしてまたも度肝を抜かれてしまったらしく、言葉を失っていた。
「一体どうなさったんですか、セレスティーナも侯爵閣下も……」
「貴方も読めば分かるわよ」
プルシャン侯爵の手にある手紙をかすめ取って、アルヴァの手に渡す。
「『愛するセレスティーナへ』……は?」
呆気にとられたアルヴァが上から下まで読み進める。
「『父君であるサイアン公爵は一命を取り止めたと連絡が来ている。不埒者を私が成敗してやれれば良かったのだが、邪魔が入ってそれも叶わず申し訳ない。倒れてしまった君を助けに行くことも出来ず、不甲斐ない私を許してくれ』」
手紙の差出人がガーデンパーティーのことを話しているのは分かっている。けれども、私の機嫌を取るようなことを書いて寄越すのだろうか。
「『それはともかく、近々また会えないだろうか?一月もしない内に庭園の花も見頃になるだろう。是非君に見せたい。良い返事を待っている。 グリフィス・カーマイン』」
「一体何が『それはともかく』よ!!仮にも公爵家の人間が殺人未遂の被害者になったというのに、反応がそれなの!!有り得ない!!どれだけ下半身で生きてるのよ!!」
緊張しながら封を開けたのが馬鹿馬鹿しいほど能天気な手紙。だけど、それを能天気という言葉では片づけることをしない人がこの場にはいた。
「セレスティーナ様。グリフィス殿下に気に入られてしまったのですか?」
「え?いえ、私は何もしていないのよ……?」
『前回』を含めて、私は何もしていない。何もしていないのに、何故か今回は好意を持たれてしまったかもしれないとアルヴァに指摘されている。
「グリフィス殿下は王家の陰謀に対して決着をつけた嬉しさ出た、セレスティーナ様の強気の微笑みに興味を示されたようです」
チラッとプルシャン侯爵がアルヴァを見ると、アルヴァもまた心得たとばかりに応える。
「今代の【修正者】であるセレスティーナ様のお手伝いをさせていただいております、アルヴァ・ラクテオルスと申します」
アルヴァがラクテオルス伯爵家の息子だということは知っているだろうが、自分と同じ【修正者】の協力者だとは思っていなかったはずだ。いや、本当は諸悪の根源ともいえるニウェウス神の仮の姿なのだけれど。
「そなたも事情を知っているのか」
「はい。セレスティーナにはくれぐれもグリフィス殿下に気を付けるように言っていたのですが、自分には興味を持つような人ではないとの一点張りでして……」
確かにアルヴァから注意をされていたし、実際にアルヴァと一緒にいるだけで『はしたない女』だと人前に罵ったくせに、手の平を返すように口説くような手紙を送ってくるなんて非常識ではないだろうか。
「リートゥス様の御誕生によって、王家からの介入の可能性は減りました。つまり貴女様がグリフィス殿下と婚姻するとなれば……」
「嫌よ!あんな王子という肩書き以外の人なんかと結婚したくないわ!!」
「落ち着いてください、セレスティーナ」
貴族なんだから政略結婚をするのは仕方がないことだと分かっている。けれども、呪われているとしか思えない一族に嫁ぐなんて嫌だ。せめて相手が誠実であれば別だが、考えなしにチャンスがあれば見境なく女性に手を出すような男だ。不良債権じゃないか。




