プルシャン侯爵 04
「ガーンっと……」
ちょっと明け透けに語り過ぎてしまったようだ。プルシャン侯爵は目を細めて渋い顔をしている。若いメイドやジニアとお喋りしていると移ってしまったというか。いや、貴族の子女が使用人と仲良く話すと言うのも、本来であればするべきことではなくて……分かってるけれど、止められない。きっと私はお喋りが好きなのだ。『前回』は話し相手もいないから知らなかったけれど。
「ごめんなさい。気を付けます」
「気を許してくださるのは光栄ですが、どこで誰が聞いているとも限りませんから、お気を付けください」
お小言を頂いてしまった。あぁ、恥ずかしい。だけど、礼節に厳しいプルシャン侯爵にしては優しい叱責だったように思う。ちらっと顔を窺えば、穏やかな表情で私を見ていた。
「いかがなさいましたか?」
「いえ、懐かしいと思いまして」
「懐かしい?」
「えぇ。ロゼリア様も貴女様くらいの年頃は、お喋りが好きで、若いメイドの影響で明け透けな物言いをなされるものでしたから、よく家庭教師にお小言を貰っていましたよ」
懐かしむようにプルシャン侯爵は言った。
「ロゼリア様と侯爵は仲が良かったのね」
「私とセルリアン侯爵はロゼリア様と年が近く、こちらに両親が訪問する際に一緒に連れてきてもらったものです」
「幼馴染だったのね」
「えぇ。三人で御屋敷を探検させていただいたり、勉強などもご一緒させていただいたこともございます」
知らなかった。
同年代で同じ派閥だから付き合いは当然あるのだろうが、プルシャン侯爵と私の母方の祖父であるセルリアン侯爵が、ロゼリア様を含めての幼友達とは考えたことが無かった。そういう公式ではない人間関係を教えてくれる人間が必要なのに、私には誰もいなかったから知らないだけかもしれないけれど。
「あら?確かお祖父様……サイアン前公爵も、ロゼリア様の二つ年上ではなかったかしら?」
侯爵は『三人』と言った。侯爵本人、ロゼリア様、セルリアン侯爵のことだろう。年が近い者同士で遊ぶのなら、祖父も呼ばれてもおかしくない。ましてプルシャン侯爵やセルリアン侯爵は、サイアン公爵家にとって股肱の臣の嫡男である。いずれは祖父の忠実な手足となって働くことを期待されていたはずだから、幼少の頃から交流させるものだろう。
「御先代様は我々と交流することを好みませんでしたし、その、大奥様……御先代様の母君様は、御先代様が下々の者に顔を見せることさえ嫌がりましたので」
下々の者?確か、祖父の母親である曾祖母は王家の側室腹の王女だったか。曾祖母の話をする者は既にいないが、王女なのだから華々しいエピソードの一つや二つ残っていてもおかしくはないのに、私の耳に届いたことは無い。そして侯爵家の者を格下と断じて蔑む選民主義者だということを今日初めて知った。
「祖父とロゼリア様は同腹だと聞いていたけど……」
「大奥様は御先代様をお産みになった後は、徹底的に房事を避け、自らが見繕った愛人を夫に差し出したのです」
公爵さえも曾祖母にとっては下々の者だったというわけか。他国に嫁がない限り、臣下に嫁ぐのは自明の理であるはずなのに、自らの兄弟と結婚するつもりだったのだろうか。本当に王家の教育係は何代にも渡って腐敗しているとしか思えない。狂ってる。
「そして愛人が産んだ娘を自分の娘として申請したのね」
「はい。リートゥス様と同じですね」
図星を指されて、思わずギクリと体を震わせる。
「セレスティーナ様。貴女様の考えた計画は非常に杜撰で、行き当たりばったりが過ぎます」
「はい」
「協力者としてセルリアン侯爵家のリヴァーを選んだ慧眼は恐れ入りますが、奴の後ろに我々がいなければ、計画は早々に破綻していましたよ」
「……はい」
話を聞くと、私が【修正者】であることは早々に侯爵達にはバレていたらしい。リヴァーは口止めされていたので私に報告できなかったようだが、こちらの行動はほぼ全て筒抜けになっていた。よくよく考えれば、公爵家の令嬢が持っているような宝石をおいそれと換金できる質屋があるとは思わない。恐らく、侯爵の伝手を頼って処理したのだろう。他にもサイアン公爵の最愛の愛人であるクロリスを、王妃から匿う際も偽装工作などをしてくれていたらしい。
「本当に浅はかで嫌になるわ……」
「この程度のことでしたら、我々にとっては大した労力ではございませんが、リヴァーだけであれば手に余ったことでしょうからお気を付けください」
「はい……」
実際、手間もお金も掛っただろうに全く堪えた様子が無いプルシャン侯爵。
『サイアン公爵家の子なら、助けてくれそうな人間もまだ生きてると思ったのよ』
プルプラ神の言葉を思い出す。あれは私の協力者に成り得そうなプルシャン侯爵を指していたのだろう。【修正者】の役割を理解していて、年を経て権力を持っている。手を組めば歴史修正が格段に上手くいくことだろう。実際、彼らは私が助けを求める前から手を貸してくれていた。頭が下がる思いだ。
「大旦那様は御先代様に公爵位を継がせることに対して、強い懸念を抱いていらっしゃいました」
「どうして?お祖父様は、さほど問題がある方とは聞かないけれど……」
祖父は寄子貴族達と上手くやっていたように思う。曾祖母の影響が強ければ全く話を聞かない独裁者になるだろうが、家門の者達の話を聞いて采配をしていたと聞いている。
「御先代様は労働は下々の仕事で、自らはする必要がないと我々に投げていただけにございます」
王家に関わっただけで、こんなにも頭が残念な思考の人間が生み出されてしまうのか。もうこれはいっそ恩寵ではなく呪いなのではないだろうか。
「御先代様は怠惰で自己中心的、自分に甘く、短絡的、感情的で刹那主義でした」
「そんな人間達を私も知っているわ」
「残念ながら、私もです。セレスティーナ様」
人間性を欠片も持ち合わせていないような人物達が即座に頭に思い浮かぶ。もちろんコロル王国の王族達だ。
「幸い、大奥様は都合の良い時だけ御先代様を構うだけで、基本的には放任されていました。ですから大旦那様は歴代当主やロゼリア様に与えたものと同じ教育をされたのですが、そうであるにも関わらず全く無意味でした」
「無意味って……」
「『前回』、貴女様は公爵になる勉強に励んだのでしょう?あれらを受けた上で、領民を家畜のように考える思考を持っているのですよ」
私がプルシャン侯爵から受けた教育方針は、『高貴なる者は民に尽くす義務がある』と言ったところか。これがサイアン公爵家代々の教育方針だとするなら、それを幼い頃から学んだにも関わらず、家畜と蔑む性根に恐ろしささえ感じる。
「いくら教師が諭しても、大旦那様が叱責されようとも、御先代様には梨の礫にございました」
「頭がおかしいとしか思えないわ……」
「えぇ。ですから、呪われた王家にサイアン公爵家が乗っ取られぬよう、大旦那様はロゼリア様に婿を取らせ、血統を維持しようとしたのです」
けれども実際にはロゼリア様は婚約を解消し、王家に嫁いだ。彼女の身に一体何が起こったのだろうか。




