プルシャン侯爵 01
正午を少し過ぎたくらいに、プルシャン侯爵がやって来た。
「お久しぶりにございます。セレスティーナ様」
「御機嫌よう、プルシャン侯爵。お会い出来て嬉しいです」
『前回』は良き教師として私に接してくれた侯爵も、『今回』はほとんど交流が無い。リートゥスの御披露目の時以来ではないだろうか。私を可愛がってくれた侯爵はリートゥスの誕生を本当に喜んでいて、少しだけ複雑な気持ちになった。だけど、『これで愚かな王家の血を入れるようなことがなくなり、安心しました』と呟いた言葉に妙な感じがした。
『前回』、グリフィス殿下の婿入りが決まってしまった時も、彼は最後まで反対していた。けれども跡継ぎになり得る男児は王家に睨まれて見つけることは出来ず、庶子を認めることができる正妻である母は亡くなっていて八方塞がりだった。だからこそ、プルシャン侯爵は私に公爵になる為の教育を施したのだ。そしてグリフィス殿下には実権を与えず、私が采配するという計画だったのだ。
もし、私とグリフィス殿下があのまま結婚したとしたら、多分きっと子供を作らせなかっただろう。殿下と同じ色の髪や目の男性を探してきて、偽装するのではないだろうか。それくらい、プルシャン侯爵は王家を嫌っていた。理由は分からない。
「一昨日はありがとうございました。侯爵がいらっしゃらなかったら、私も無事に帰れたか分かりませんでした」
プルシャン侯爵は一昨日、事件が起きた時に丁度王宮にいたらしく、騒ぎを聞きつけて現騎士団長達と共に現場にやって来て、王族達の代わりに場を取り仕切ってくれたらしい。下手人一味を取り押さえたラピス伯爵はいたが、他にも重傷を負ったサイアン公爵の治療に、気絶した私の介抱、王族の避難や招待客を落ち着かせるなど問題は山のようにあった。それを片付けてくれたのが侯爵達だったというわけである。
「今日は御話があると聞いたのですが、どういったものでしょうか?」
「本日はサイアン公爵閣下に御静養をお勧めに参りました。大変なお怪我をなさった上に、襲い掛かって来たのは、かつての恋人です。その御心痛を思えば、穏やかな地でゆっくりと養生されるのが良いのではないかと愚考致しました」
妥当な案だろう。
今回の刀傷沙汰について、社交界どころか平民にまで話が及んでいるに違いない。王宮の敷地内で、王族の前で名門貴族の当主が平民の愛人に刺されるような事件、建国以来初めてのことではないだろうか。そして彼らの愚かな行いによって、今後は私達サイアン公爵一門は、公爵家に所縁があるというだけで後ろ指を指される様になるのだ。だから一刻も早く切り捨てるのだ。腐っているのはサイアン公爵本人だけで、他は違うのだと示す為に。
「そうね。王都には心無い方もいらっしゃるでしょうから、お父様が気に病まないか心配していましたの。公爵領でしたら、身内の者ばかりだから安心ですわね」
「はい。公爵閣下の為に話し相手になる者なども御用意いたしましょう。また閣下の代わりに仕事をする者達を雇う準備についても、こちらの紙に記しております」
差し出された書類を手に取り、内容を確認する。代理人の名前は見覚えがある。私がプルシャン侯爵と共に公爵領に下がった折に、領地を治めていた者だ。公爵領を豊かにする為に奔走する者であったが、以前はプルシャン侯爵の元部下だったらしく、サイアン公爵ではなくプルシャン侯爵に忠誠を誓っていたのを覚えている。つまり『前回』はプルシャン侯爵に見限られていたサイアン公爵は、侯爵に一門を牛耳られていることにも気づかず、安穏と出される書類に判を押していただけだったのだ。
『今回』はその者を公爵の代理人に仕立てあげるのだろう。公爵としての力量については十分なことは分かっているが、実権をそこまで渡してしまって良いものか悩ましい。侯爵が一門を乗っ取りたいのならリートゥスを殺害する可能性があるが、それをすると目の敵にしている王族の婿入りを許してしまうかもしれない。プルシャン侯爵の後継である甥は私よりも二十も年上の妻帯者で、子供は数人いるが、私の相手になりそうな男児は現在2歳。私の適齢期に間に合うとは思えない。
「お父様を刺した方は、どうなったのかしら?」
代理人を承認することについて考えながら、結論を引き延ばす為にフラビアの母親が、事件後どうなったのか尋ねてみた。
「即日縛り首となりました。平民が貴族を手に掛けるのは重罪にございますので」
こちらも予想通りだった。王子の誕生パーティーとはいえ、国の重鎮が集まる会合である。そんな場所に凶器を持ち込んで、公爵を殺そうとしたのだ。最初から標的は公爵であっても、何かが間違ってしまえば、その切っ先が国王に向かうことも有り得たのだ。そのような不穏分子を生かしておける訳がない。
「下手人を引き込んだマシコット子爵も爵位を返上し、財産は没収され、懲役刑が決まっています」
「マシコット子爵の御家族はどうなったのかしら?」
夫が御荷物母娘を王宮に連れ出したどころか、まさか殺人未遂事件まで起こすなんて考えもしなかったに違いない。あの時、怒り狂って会場を後にしなければ、一味と目されて拘束されていた可能性もあった。
「夫人達は本当に何も知らなかったようでしたが不問にすることは出来ず、実家に戻り、数年の間は自宅での謹慎を命じられることになるでしょう」
貴族社会は基本的に連帯責任なのだが、恐らく、今回はサイアン公爵の不義理が大きな原因であることから、プルシャン侯爵などが配慮するように根回したのだろう。夫人はマシコット子爵家と同じ、ラセット公爵派の家出身であるから、そちらの顔を立てたのかもしれない。
「フラビアは?あの娘はどうなったの?」
「【北の修道院】にて生涯拘禁されることが決まっております」
【北の修道院】というのは本当の修道院ではない。コロル王国の北方にあることは事実だが、女性の犯罪者や犯罪者予備軍を隔離する為の施設を婉曲的に表現しているに過ぎない。ここに入った人間は、慶事による恩赦も適用されない。つまりアルヴァが考えた通り、フラビアを表舞台から葬り去ることが完全に成功したと言えるだろう。
可哀想だとは思わなかった。むしろ笑いが込み上げそうになるのを無理やり押さえつけたくらいだ。
12/22 0時 マシコット子爵の妻、子供に対する罰を、「王都追放刑」から「自宅謹慎」に変更しました。




