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不審

目を覚ますと見覚えのある天井だった。

控えていた乳兄弟のサルビアは大層喜んで、そして急いで母やローズマリーを呼びに部屋を出て行った。

部屋には暮れかけの西日が差している。王宮での惨劇から数時間といったところだろうか。意識を失ってしまって、前後の記憶が少し曖昧だけれど、無事に屋敷にいるということは、あの愛人の魔の手は私にまでは降りかからなかったのだと思いたい。


しかし、夢の中であったプルプラ神のことが頭から離れない。彼女の話していた言葉の中に、引っ掛かりを覚えた。


『元々尽くすタイプで、愛が重いのも知ってたけど、独占欲強過ぎぃ!』


プルプラ神はニウェウス神について、そう評価している。私は彼の恋愛遍歴は知らないけれど、興味があること以外は冷めた性格だと思っている。もちろんそれを匂わせるようなことはしないだろうけれど。


建国王サングィスは、ニウェウス神の愛し子のはずだ。お気に入りだから、自らの力を使って恩寵を与え、子々孫々まで繁栄を約束したはずなのだ。歴史の修正だって、彼の末裔が治める国を守る為の仕組みのはずなのに、何だか釈然としない。


だって愛が重くて尽くす性格であるなら、99回も愛し子の末裔を放置するだろうか。大切で大好きな愛し子との約束を破るようなことをするだろうか。手厚く遇することはせずとも、もっと配慮があっても良いのではないだろうか。愛し子であったサングィスが建てた国を滅亡に追いやる悪徒であるから、グリフィス殿下や王妃に冷たいのだろうか。


色々考えるのだけれど、モヤモヤとした胸のつかえが取れるわけもない。そうしている内にサルビアが戻って来たのだった。すぐ後ろには安堵の顔を見せる母がいる。


「あぁ、良かった。セレスティーナ、貴女は丸一日寝ていたのよ」

「丸一日も!?」


気疲れしてしまったのは確かだが、だからといって一度も起きることなく睡眠を摂り続けるなんて今までなかった。プルプラ神に引き止められてしまったせいだろうか。神の領域は時間の進みが人間界のそれとは違うことは書物で読んだことがあるが、ニウェウス神に呼び出された時は特に問題は無かった。それは配慮されていたということなのだろうか。分からないことだらけだ。


ローズマリーはもちろん、数分であったもののジニアに連れられたリートゥスも私が起きたことを聞きつけて、見舞いにやって来てくれた。口々に『良かった』、『心配した』と温かい声を掛けてくれて嬉しかった。


「お父様は?あれからどうなったの?」


現世における最後の記憶は、サイアン公爵が愛人に刺されて崩れ落ちるシーンだ。腹部を刺されていたので、下手をすれば死んでしまった可能性もある。あんな男でも、今死なれてしまうと有力な後見人を探さなければならない。昨日は叩きのめしてやったものの王家はサイアン公爵家への婿入りを諦めてはいないだろうし、ここぞとばかりに口を出してくる可能性も否定できない。


「お父様は怪我をされたけど、命に別状は無いわ」

「そう、なんですか……」

「一時は危なかったけど、お医者様のお陰で持ち直してくださったの」


王家のことさえなければ、別に死んでいても構わなかったと思う。一度は愛した女性を、あのように酷い手段で切り捨てるような人間性を、可愛いリートゥスに見せたくはない。自分だけが可愛くて、他人から良く見られたいが為に、良い父親面をして息子を可愛がっているだけなのだ。そんな男を慕う弟を、私は見たくなかった。


「別邸の愛人のことを知ってしまったのね」


サイアン公爵に対する嫌悪の表情を誤解した母が、申し訳そうな顔をして言う。


「いつかちゃんと話さなくてはと思っていたの。他家の方や無責任な噂を聞いて傷つく前に、私の口から貴女に伝えなくてはいけなかったのに、ずっと先延ばしにしていたせいで、あんな場所で知ることになってしまって……」


私が年齢と同じ精神年齢であれば、傷ついていたかもしれない。けれども、あの連中にはもっと不愉快な思いもさせられたし、どうってことはない。そんなことで母を悲しませたくなかった。だけど涙が勝手に零れてきてしまった。止めようと思って目を抑えるのだけれど、止めることが出来ない。


「お母様。私、分かってるわ。お母様が私に言えなかったのだって、きっと理由があったんだから仕方ないのよね」

「セレスティーナ……」

「私なら大丈夫よ」


涙を流し続ける私を、母は抱き締める。


「ごめんなさい、セレスティーナ。私は弱くて、貴女をずっと守ってやれなかった」

「……」

「私がお父様に愛されていたら、貴女を男児として産んでいれば、私が心を病まず、強く在ることが出来ていたら。後悔が山のようにあるの。言い出したらきりがないほど、私は貴女に甘えていたわ」


サイアン公爵は弱い立場の人間しか愛せない性癖だし、そんな男と一夜過ごしただけで子を孕んだ母は奇跡的な幸運に恵まれているし、母の心の病は王妃の毒のせいだから、母が気に病む必要は無い。だけど、ずっと私は誰かに優しくされたかったし、慰められたかった。


私が愛想が無くて可愛くないから父に見向きもされないとか、男児に生まれていれば跡継ぎの問題はなかったのにと溜息を吐かれたり、女児を産んだことを悔いた母は気鬱を拗らせて自殺したのだとか噂されたり。『前回』は私自身の力ではどうしようもない問題に圧し潰されそうになって暮らしてきた。


『今回』は歴史を修正したことによって、全部無かったことになっている。けれども、『前回』のことを覚えている私は、その時の気持ちを未だに消化できずにいた。母が謝罪したからといって何が変わるわけでもない。それでも慰められることによって、『前回』の私が救われたような気になるのだ。


「お母様。私幸せよ。だってお母様がいて、リートゥスがいて、他の皆もいるもの」


例えサイアン公爵に愛されていなくたって、公爵家の跡取りになれなくなって、『今回』の私は別に不幸せじゃない。だから私は『今回』の歴史修正を失敗したくない。失敗してしまえば、『前回』のようになってしまうかもしれない。次も【修正者】に選ばれればチャンスがあるかもしれないけれど、ニウェウス神への不審が、私を不安にさせるのだった。

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