友
目が覚めると、白い空間――神の領域にいた。
アルヴァは人間の世界にいるのだから、わざわざ呼び出す必要が無いのにと首を傾げながら体を起こすと、ドンっと背後から何かがぶつかって来た。そして絡みつくように細い腕が私の体を羽交い絞めにし、妙に温かく柔らかいものを押し付けられる。驚いて顔を上げれば、ニウェウス神ではなく妖艶な美女が私に笑いかけてきたのだった。
「だ、誰!?」
黒髪に紫色の目をした美女だ。口許の黒子が印象的で、一度会ったら絶対に忘れないような女性に抱き着かれる理由が思い浮かばない。
「初めまして、セレスティーナちゃん。私の名前はプルプラよ。プルプラちゃんって気安く呼んでね」
「プ、プルプラ……ちゃん?」
動揺を隠せないまま、オウム返しをすると、気を良くしたプルプラはニッコリ笑って見せた。いやいや、このまま流されてはいけないと私は首を横に振って声を掛けた。
「プルプラ神様……」
「プルプラちゃん!」
「プ、プルプラちゃんは、【神徒】であるプルプラ神様であらせられますか?」
「うん!そう!正解!!」
何だかとても気が抜けてしまいそうな返事。
【神徒】とは、主神に仕える十三柱の神を指す。
ニウェウス神、ルーフス神、ルビクンドゥルス神、ロセウス神、プルプラ神、インディクム神、カエルレウス神、カエルラ神、スマラグディー神、センペル神、パレーンス神、フラウム神、カルニ神の十三柱である。いや、正確には十二柱か。『ルーフス神とブランシェ王女』の逸話により、ルーフス神は人間界に下りた為に、その座は空席となっている。ニウェウス神曰く、本当は消滅しているのだそうだが。
そのニウェウス神は主神の第一の神徒で、主神に次ぐ神格を持ってると言われている。その恩寵を受けるコロル王国は、この世界で最も栄光ある国なのだそうだ――王家はあんな人間の集まりだが。恐れ多くも私に会いに来る神なんて、ニウェウス神のように好奇心が別の方向に振り切れてしまった変人だけだと思っていたのに。
「そのプルプラ、ちゃんは、どうして私を呼んだのでしょうか?」
「んー?歴史修正のお仕事はどれくらい進んだかなぁって思ったの。全然進んでなかったら、お説教しなくちゃいけないなぁって呼んだの」
プルプラ神はニコニコ笑っているのに、心の中が読めないような微笑みをしてみせる。それが酷く恐ろしく感じられて、お説教が【修正者】の安全を保障しているかどうかは、怖くて聞けるはずも無かった。
「じゅ、順調に進んでいると思います。ニウェウス神からお叱りをいただくこともありませんし……」
「ニウェウスが怒るか怒んないかなんて当てにしちゃダメよ。アイツったら、やる気ないんだから」
本当に仕方ない、と言った風に、プルプラ神は溜息を吐く。その姿さえ悩ましく艶めいて見える。
「でも、セレスティーナちゃんを選んで正解だったわ。流石、私、見る目があるわ」
「プルプラちゃんが、私をくじ引きで【修正者】に選んだ、ニウェウス神のお友達ですか?」
「くじ引きなんて言ったの?やだぁ、アイツ嘘吐いたのね。私はちゃんと貴女を指名したわよ」
「私を、指名されたんですか?」
どうして私が名指しされるのだろうか。【修正者】になった時、私は全く関係無いのに巻き込まれて迷惑だと思ったくらいなのに。私には特別な力も無いし、まして再スタートが8歳なんて子供時代。もっと権力の中心にいるまともな大人を【修正者】にした方が手っ取り早い気がするのだ。
腑に落ちない私を見て、プルプラ神はニンマリと笑う。
「だって、可愛くてお人好しで、ちょっと抜けてる女の子が困っていたら、助けてくれるヒーローが現れるもんでしょ?」
「え?」
「家族思いって言うのもポイント高いわよねぇ」
何だか随分と皮肉られているような気がする。
「だから、私を選んだんですか?」
「ううん。『前回』のセレスティーナちゃんは、全然当てはまってなかったから、どうにかできるギリギリのところまで時間を戻してもらったの」
プルプラ神の全く悪びれも無く言う様子に、何だがニウェウス神以上に得体の知れ無さを感じてしまう。
「それにサイアン公爵家の子なら、助けてくれそうな人間もまだ生きてると思ったのよ」
「……まだ生きてる?」
「うん。あぁ、でもこの辺りを詳しく話しちゃうと、私がニウェウスに怒られちゃうから、内緒ね?」
「は、はぁ……」
随分とお喋りな神様のようで、私が意味が分からなくて困惑していても、お構いなしに楽し気に話し続けている。
「それで私が選んだだけあってセレスティーナちゃんがお仕事頑張ってくれてるなって見てたら、今度はニウェウスまで人間界に下りて貴女の手伝いを始めたでしょ?ようやくやる気になったなって、仲間内じゃ話題になってるわよ」
「そうなんですか?」
「そうよ!でも重い腰を上げたのが百回目なんて、遅過ぎるわ」
確かに自分で契約した建国王サングィスの末裔が何度も滅亡の危機に瀕していると言うのに、99回も放棄しているのは遅過ぎるし、少し変だ。
「つまり、私はニウェウス神のお気に入りだから、特別目を掛けてもらっているということでしょうか?」
「直接聞いたわけじゃないけど、絶対そうよ!」
「根拠とかありますか?」
「だって今、私はセレスティーナちゃんの心を読めないもの。多分、アイツが力を使ってるのよ。元々尽くすタイプで、愛が重いのも知ってたけど、独占欲強過ぎぃ!」
ニウェウス神が私の為に神の御業を行使している?興味の無いことには全くやる気がないことは本人も言っていた。プルプラ神の言葉や、アルヴァとしての普段の生活を見ていても、確かに好きでないことや物への態度はなおざりなものである。でも、それならやはりおかしい。
「大事な百回目の歴史修正に、ニウェウスまで加わったとなれば成功は間違いなしよ!」
成功を確信するプルプラ神は本当に心から喜んでいるように見えた。
「何だか嬉しそうですね」
「そりゃあ嬉しいわよ。ニウェウスは友達だもの。消えちゃったら、泣いちゃう!」
ぐすんぐすんと泣く真似をして見せる。ちょっと白々しい。
「だからね。セレスティーナちゃんは、ニウェウスと協力して頑張って歴史修正をするのよ!」
「分かりました……」
「絶対よ!約束だからね!」
「は、はい!」
余りの勢いに気圧されてしまって、私は思わず頷いてしまっていた。プルプラ神は妖艶な見た目とは違って、子供っぽくて無邪気で強引だと思う。そうして私の顔をジッと見つめて笑った。
「ニウェウスにも言ったのよ?実績のある私の言う通りにしなさいって。なのにアイツってば、スカした顔で鼻で終わって話はお終い。心配してやってるのに嫌になっちゃう」
「はぁ……」
「そろそろニウェウスに見つかっちゃうから、私は帰るわ」
「はい。わざわざ私の為に足を運んでくださって、ありがとうございました」
無理やり呼び出された訳だが、一応敬意を表して礼を言えば、ガバッと勢いよく抱き着いてきた。
「……ホントに私って見る目ある!セレスティーナちゃんってば、素直で可愛い」
ぎゅうぎゅうと絞めつけらているかのように力強く抱きしめられながら、私の意識は無くなったのだった。




