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ガーデンパーティー 05

「お父様!」


サイアン公爵の姿を見つけたフラビアは、嬉しそうに笑い、公爵に駆け寄った。


「ミモザ・マシコットって、まだサイアン公爵の愛人だったの?」

「だとしても私生児を連れてくるってどういう神経しているのかしら?」

「サイアン公爵も大概だが、マシコット子爵も一体何を考えているんだ」


ざわつく人々を目線だけで見回して、もはや私の力では収集がつかないだろうということを思い知る。


「これ、一体どうやって収集を付ける気かしら?」

「分かりません。むしろどうしてこんな騒ぎを起こしたのか、その意図も見当がつきません」


サイアン公爵の愚かさも、王家の馬鹿さ加減も、愛人母娘の短絡的な思考も理解していたと思ったけれど、私はその尻尾だけを掴んで分かった気になっていたのかもしれない。いや、理解したいなどと思ってはいないのだけれど。


「お疲れ様です、セレスティーナ」

「貴方に労われるなんて、余程私の顔は酷いものになっているのね」


扇で隠してはいても、私を守るように立つアルヴァには表情も筒抜けなのだろう。


「プラムの逮捕劇を見れないのは残念ですが、こちらのショーもなかなか面白そうですよ」

「もう、面白いことに目が無いんだから」

「フフッ。恐縮です」


何て能天気なことを言うんだろうと呆れてしまったけれど、何だかんだ言いつつも、今日はアルヴァに助けられた。こんなにも常識外れなことを繰り返す連中に一人では立ち向かえなかったに違いない。飄々と笑っているアルヴァが共感してくれて、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。


そうして私達がコソコソと軽口を叩いている隣では、ドロドロと醜い愁嘆場が繰り広げられていた。


「跡取りが産まれただなんて聞いてないわよ!!正妻とは閨を共にしていないって言ったじゃない!!」


サイアン公爵が現れた途端に、フラビアの母親はサイアン公爵に詰め寄ったのだった。気を利かせて呼んできた男爵令息も鬼気迫る表情に驚いて固まってしまっている。


しかしながら、白昼堂々と、しかも子供達がメインの集まりに何て話を持ち出すのだろうか。良識のある者達は眉が顰めて距離を置いたのが見える。公爵は『違う!』『何かの間違いだ!』と言い訳がましい言葉を吐いているが、愛人は引く様子もない。やっぱり役に立たない。


あの可愛いリートゥスが継ぐであろうサイアン公爵家に、不名誉な傷を付ける愚か者共に沸々と怒りが込み上げてくる。


「お父様!!どうして私達を見捨てたの?私、元いたお家に戻りたい!!あんな馬小屋みたいな家、耐えられない!」


本邸と見紛うばかりに贅を凝らした別邸で暮らしていたフラビアには、マシコット子爵家が馬小屋ぐらいにしか見えないのかもしれない。だけど規模が小さく質素であっても、御情けで置いて貰っている身に過ぎないだろうに、あまりに無礼でその感性を受け入れることは出来なかった。


当のマシコット子爵は、自分の妹が愚かにも公衆の面前でサイアン公爵に声を掛けるとは思っていなかったに違いない。こっそりと近づいて、愛人母娘の引き取りか金を絞ろうという魂胆だったのだろう。それが、とんでもなく当てが外れて、今や御家の存続自体が風前の灯火となってしまった。非常に間抜けで馬鹿馬鹿しい。付き合わされる妻子が哀れである。


「後方にマシコット子爵夫人と子供達がいますよ」


潜められたアルヴァの声を聞いて、後方に目線をやると、顔を真っ赤にして扇を折らんばかりに握りしめている女性がいる。彼女が子爵夫人なのだろう。そしてその息子達もまた恨めし気にフラビアを、また自らの父を仇だと言わんばかりに睨みつけていた。夫や父が頭を下げるから、『マシコット子爵家の汚点』を受け入れてやったというのに、自宅を馬小屋と罵られるなんて屈辱以外何物でもない。


元々、愛人母娘のせいで不遇であったのに、この有り様だ。きっともう我慢など出来ないだろう。身を翻して帰っていく姿が見える。もしかしたら離縁に向けて動き出すのかもしれない。


「マシコット子爵。そちらの御婦人がサイアン公爵の愛人であることは理解しましたが、その者を王家の催しに連れてくるとは一体どういう了見なのでしょうか?第二王子殿下の晴れの舞台を汚したいというのであれば……」


周囲は、この騒ぎに対して狂人でも見るかのように引いていると言うのに、アルヴァだけが冷静に当事者達に声を掛けた。


「そ、そのようなつもりは……」

「ではどのようなつもりだったと?このような場で醜い争いを見せられたセレスティーナ・サイアン公爵令嬢に、いらぬ御心労をお掛けしているとは考えないのですか?」


アルヴァは私の顔が見えないように肩を抱いて、隠してくれる。きっと父親のいかがわしい不倫の話を聞いて驚いて悲しむか弱い令嬢という印象を与えていることだろう。


「お父様、こちらの方と本当に御関係があったのですか……?」

「セレスティーナ……」


その悪事は大体把握しているから今更私は何も思わないし、サイアン公爵も自分の下半身事情が娘にバレたところで何も思わない恥知らずだ。だけど公衆の面前で娘にバレたというのは非常に外聞が悪く、サイアン公爵も流石に気にするだろうなと思う。サイアン公爵家に泥を塗ったことは許しがたいが、ざまを見ろと言うやつだ。


「白々しい!!その娘だって知っていたでしょう!!サイアン公爵が王宮から帰って来ていたのは、私達母娘が暮らしていた別邸なのよ。毎日毎日帰って来ない父親がどこで何をしているかなんて、馬鹿じゃなければ気づいていたはずよ!!」

「汚らわしい……薄汚れた娼婦の戯言を、セレスティーナに聞かせないでください」

「娼婦!?汚らわしい、ですってッ!!!」


フラビアの母親は顔を真っ赤にして怒っている。怒らせてしまって大丈夫だろうか?『前回』のように殴りかかってきたらどうしようと、無意識に体が震えてしまう。こんなに馬鹿な女に怯えるなんて恥ずかしい。


「大丈夫ですよ、落ち着いて」


そう言って震える手をアルヴァが握ってくれる。胡散臭くて嫌味で、本当は私のことなんてどうとも思っていない奴だって分かっているのに、それでも縋ってしまいそうになるのだ。私は優しくされると弱い。


だって、『前回』の私がずっと欲しかったのは、私を助けてくれる誰かの手だった。悲しんでいたり、困っている時、大丈夫だよと言って背中を擦ってくれる温かい手。私なんかには叶わない幻だと諦めていた。『今回』は私を助けてくれる人はたくさんいるけれど、【修正者】という仕事を共有することはできない。だって心配を掛けたくないから。


アルヴァはきっと私が泣き言なんて言ったところで、飄々と笑って流すだろうと思っていた。上手く出来ない、非情になれない私を鼻で嗤うかもしれないとさえ思っていた。だけど、しっかりと握ってくれる手の温かさは本物だった。こんな見え透いた演技に騙されてはいけないと思うのに、チャンスを与えてくれたアルヴァに絆されそうになっている。


私は大きく息を吸い込んで、心を落ち着けてから、口を開いた。


「こんな!こんな御話、お母様に何て言えば良いのか……」


それほど大きな声ではなかったけれど、サイアン公爵の耳にも届いたようだった。血相を変えた公爵が愛人達を振り払う。



「お前達のことなど知らん!!」



知らないわけがないだろうに、知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりなのだろうか。出来るわけがない。

ただ、母が今からでもリートゥスを愛人の子供だと言い出せば、跡継ぎとしての地位が危うくなるかもしれないと考えたのだろう。あの情け深い母が今更リートゥスを手放すはずがないというのに、この男は何も分かっていなかったようだ。もしかしたら母が許可をくれたのも、自分が愛されているからだと勘違いていたのかもしれない。御し難い馬鹿である。


「愛人だ、娘だと喚き立てているが、証拠はあるのか!!」


愛人であるから正式な書類や手続きなどは無い。それに、確かサイアン公爵は母娘を着の身着のまま馬車に乗せ、マシコット子爵家に送り付けたと聞いている。証拠になるような手紙や貴金属類を持っていたようには思えなかった。なるほど、やはり屑はやることが違う。女の敵だ。早く天に召されて欲しい。いや、天に行こうものならニウェウス神に叩き出されてしまって戻ってきてしまうから、最初から地獄行きが望ましいな。


そんな風に願ってしまったせいなのだろうか。いつの間にか、フラビアの母親の手にはナイフが握られていて、その切っ先をサイアン公爵に向けて勢い良く体当たりしたのだった。どうやら『今回』は予め凶器を用意していたらしい。


ドンッと体同士がぶつかる鈍い音がして、フラビアの母親がサイアン公爵から離れると、公爵の腹にはナイフが突き刺さっているのが良く見えた。腹からは血が出ていて、参加していた親達は悲鳴を上げ、しかし狼狽えながらも慌てて子供達の目と耳を塞いだ。騎士であるラピス伯爵や王族を守っていた近衛騎士の幾人かがフラビアの母親を引き倒し、押さえつける。


私はというと、惨劇が見えないようにとアルヴァに抱き込まれて決定的瞬間は見えなかった。肩越しに見えたのは膝から崩れ落ちるサイアン公爵の姿だけだ。少し残念に思っていると、アルヴァが耳元で囁いた。


「これでフラビアが表舞台に出てくることはできなくなりましたね」


母親が罪人となれば、もうフラビアが貴族になる道は無い。それを狙って煽ったのか。やはり本当の腹黒は格が違う。私が敵うはずがないじゃないか。



「それにセレスティーナを傷つけた輩を、公に罰することが出来るって気分が良いですね」



意外とこの男に私は気に入られていたんだなと思いながら、私の意識は暗い闇に包まれていったのだった。

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