ガーデンパーティー 04
美味しいお茶とスイーツを楽しんで、パーティーの後半に差し掛かったところで、そろそろ退出しようと私とアルヴァは立ち上がった。サイアン公爵家に何ら後ろ暗いことはないとアピールする為に時間を潰していたのだが、早く帰らないとプラムが警吏に引っ立てられる無様な姿を見ることが出来なくなってしまうだろう。
「どんな見世物が見れるかしらね」
「貴女はどのようなショーをお望みですか?」
「そうねぇ……」
まるで観劇にでも出掛けるかのように楽しそうな会話の内容が、まさか無様に引き倒されて泣き叫ぶ使用人を見て笑おうというものだとは誰も思うまい。
既に公爵家の馬車は用意している。今回、サイアン公爵家関係者の中で一番身分が低いアルヴァが、卒なく取り計らってくれたのだ。傅かれることの多い神の割に、先回りの行動が素早くて驚いてしまう。
「神と言えども、私は主神の下僕に過ぎないのですよ」
少しだけ、その馬鹿みたいに美しい顔が翳ったような気がしたのだが、すぐに元の胡散臭い笑顔に変わった。神の世界にも上下関係だとか横の繋がりだとか色々としがらみがあるのだろう。御苦労なことだ。
そうして私達が会場を後にしようとしたその瞬間、
「お義姉様!!」
甲高い少女の声が、私達の足を止めさせた。私はこの声を知っている。
身を翻して声の主を探せば、やはり予想通り愛人の娘・フラビアが立っていた。
サイアン公爵はリートゥスの誕生後、愛人であるフラビアの母親に多めの手切れ金を渡して別邸から叩き出している。そして別邸の使用人も解散させた。紹介状を与えられたものの、納得がいかないと不満を訴えていた別邸の使用人達だったが、主人である母娘が平民であるという事実を知ると顔色を変えた。愛人とはいえ子爵家出身ならば、正妻との離縁さえすれば婚姻の可能性がある。けれども平民では婚姻は絶対に有り得ない。
別邸の使用人達は、名門サイアン公爵家の本邸の使用人に成り替わろうとしていた者が多く、その野心の為に口を噤んで次の奉公先に向かったのだった。自分達は本物の貴婦人と平民の区別もつかない節穴だと吹聴されたくないに違いないのだろう。
そしてサイアン公爵の寵愛が離れていることに薄々気づいていたフラビアの母親は、もちろん泣いて追いすがったらしいが、『愛に生きる男、ウェルテクス・サイアン』が聞く耳など持つはずがない。どうにか兄であるマシコット子爵に頭を下げ、手切れ金を渡すことで子爵家に居候することを許してもらっていたらしい。
けれども、愛人がサイアン公爵と懇意にしていることでプルシャン侯爵やセルリアン侯爵など、サイアン公爵派から袋叩きにあっていたマシコット子爵家であるから、実兄である子爵本人は許しても、その妻や子供達に良い顔をされるはずがない。肩身が狭い思いをしていると聞いていた。それなのに王宮のパーティーにいるとは一体どういうことだろうか。
先程の王族とのやり取りに引き続き、今度は何だと私達に再び注目が集まった。
「知り合いかい?」
「いいえ?どちら様かしら?」
アルヴァはとても面の顔が厚いし、私も『前回』は色々と我慢することが多かったので顔色くらいコントロールできる。全く知らない人間が声を掛けてきたのだと演技する朝飯前である。けれども、やはりいるはずもない女がいるという事実には驚いている。
「そんな!酷い!!私、貴女の妹のフラビアです!!」
惨めな姿を晒して、同情を得ようとする姿は『前回』と変わらない。だけど私が知る彼女よりも、とても貧相な恰好をしていた。『前回』は真実は平民とはいえ、曲がりなりにも公爵令嬢と認識されていた彼女は、サイアン公爵家の財によって誂えられた贅を凝らしたドレスを着ていた印象が強かったのだ。
それが今やどうだ。下位貴族が着るようなドレスを着て私の前に立っているではないか。シンプルといえば聞こえが良いが、流行をやや外した地味な衣装である。プライドだけは高い娘だから、私の着ているドレスを見て、その心中は穏やかではないのだろう。
フラビアの後ろには、彼女の母親と恐らくマシコット子爵がいた。恥知らずとは知っていたが、まさかこんな場所にまで顔を出すとは思わなかった。いくらサイアン公爵に繋がりたいからと言って、公の場所で自分は愛人だと叫ぶと言うのか。狂っているとしか思えない。
「私の兄弟は弟のリートゥスだけですわ。失礼ですが、どこの家の方かしら?」
そう問いかけたのだけれど、フラビア達はなかなか答えない。このまま去ってしまうのが正解だったのだが、予想外の人物が間に入った。
「こちらは、マシコット子爵家の方々ではないでしょうか?」
行儀が良さそうな少年が、お節介にもマシコット子爵家の名を教えてくれた。少年の風貌は、『前回』私を糾弾したエスメラルダ侯爵家の次男を、そのまま幼くしたものだった。つまり面倒な男と関わり合いになってしまったというわけだ。
サイアン公爵家とマシコット子爵家という図式に、私の親世代の幾人かは思い当たる節があったのだろう。サイアン公爵とその愛人が、学生時代から公衆の面前で堂々と浮気をしていたことを知る同年代の者は少なくない。露骨に青い顔をする者もいるし、ある意味当事者であるエスメラルダ侯爵家の仮面夫婦など青を通り越して白いくらいだ。
「まぁ、そうでしたの?私、このように大きな集まりに参加するのは初めてのことで、無知で恥ずかしいわ」
そもそも身分の高い人間が、必ずしも下の者の名を覚えているとは限らない。もちろん優秀であったり、有用であれば覚えるだろうが、そうでなければ炉端の石と変わらない。極端なことを言えば、身分が低くなればなるほど貴族名鑑を端から端まで読み込んでいるのだ。もしも目上の者に粗相があれば、その首など簡単に落ちてしまうに他ならないからだ。反対に王族が人の名前を間違えたところで指摘するどころか、その瞬間から間違えた名前に改名することだって無い話ではないのだから。
「マシコット子爵家?それはおかしい。確か、今年の貴族名鑑にはマシコット子爵家の御子は男児が二人とありました。こちらの御令嬢の記載はありませんでしたよ?」
生真面目な風を装ってアルヴァが指摘する。私の記憶にもマシコット子爵家には二人の息子の名だけが記載されている。当主の妹の項目も10数年前に削除された事実も正確に書かれていた。実直な父親の息子娘が、狡猾な上に頭が悪いとは哀れでならない。もちろん同情する気はないが。
「それに子爵家の関係者風情が、名門サイアン公爵家の姫を姉呼ばわりとは失礼ではありませんか!」
過去のことなど知らない者からすれば、現状はアルヴァの言葉に全てが詰まっている。愛人の存在など知らないセレスティーナ・サイアンは全く知らない人間に姉呼ばわりされて困っていると見えるだろう。
「酷い!私、本当にセレスティーナお義姉様の妹なんです!」
酷いと矢面に立ったアルヴァを罵りながらも、その顔面に見惚れているのがすぐに分かった。大きな瞳に涙の粒を溜めて、けれどそれを懸命に堪えるような表情を作って見せる。作ったものかどうかは分からないが、頭の軽い男は騙されそうだなと思っていると、
「か弱い少女に向かって、そのように強く叱責するのは可哀想だろう!!」
かつてはグリフィス殿下の護衛騎士であったラピス伯爵の嫡男が割って入って来る。やはり彼の後ろでラピス伯爵が青い顔をしている。まだラピス伯爵は騎士団長には任命されていない時期なので、サイアン公爵家の権勢を妨げるような真似をした一族を寄子貴族は許さないので、ラピス伯爵が叙任される未来は無いはずだ。
『今回』はリートゥスという一門の総意の下に生まれた跡継ぎの存在が、『前回』以上にサイモン公爵派の結束を強めたように思う。リートゥスに後を継がせたいサイアン公爵はプルシャン侯爵やセルリアン侯爵達を尊重する姿勢を見せているのが大きいのだろう。
「こちらです!公爵閣下!」
騒ぎを聞きつけた誰かがサイアン公爵を呼びに行ったようだった。呼びに行ったのが、『前回』も見たことがある男爵令息の少年時代だと気づき、私は頭が痛くなった。邪魔者というのは、どうしたって邪魔者にしかならないと言うのだろうか。




