ガーデンパーティー 03
これでこの場は丸く収まったと言えるだろう。
恥知らずの王族達の内心は怒りで煮えくり返っているだろうが、どうにか面目が立つように振る舞ってやったのだから、彼女達は私達に感謝べきだ。
「それではその使用人は警吏に引き渡しましょう」
「え?」
すっかり話の輪から外れていたアルヴァが、にこりと笑って言ったのだ。
「サイアン公爵家の謂われのない中傷を触れ回った挙げ句、慈悲深い妃殿下の御心を煩わせたのです。当然のことでしょう」
アルヴァは私達だけでなく、周囲の人々にも同意を促すように問いかける。真っ当な意見ではあるし、アルヴァは腹黒くはあるが見た目だけは誠実そうに見えるので、賛同する声も多く上がった。そして自分に賛同した者達に対して、にっこりと笑いかけるのも忘れない。流石神様、人心掌握もお手の物といったところか。
「そうだな!そうしよう。これで王妃とサイアン公爵の心が晴れると良いのだが……」
どうにか場を収めようとする国王の頼りない声が聞こえる。サイアン公爵も追従し、王妃も了承するしかない。警吏の者を公爵家に向かわせることになり、近くに控えていた近衛騎士に指示を出している。それを見ながら、私は顔が笑ってしまうのを抑えることは出来なかった。
「ありがとう、アルヴァ。これでお母様も安心するでしょう」
「いいえ、セレスティーナ。公爵家の皆様が快くお過ごしになられることが、私にとっての最善ですから」
あぁ、胡散臭い笑顔の応酬だこと。さっきの王妃とサイアン公爵を嗤えないわ。
これで公爵家にとっての裏切り者を、こちらが泥を被ることなく堂々と追い出すことが出来るだろう。馬鹿馬鹿しい茶番に頭が痛くなったけれど、結果として悪くはなかった。そしてサイアン公爵も平静を装っているけど、疲労困憊で今すぐにでも屋敷に帰りたいだろう。傑作。
さぁ、幾分時間を無駄にしてしまったけれど、予定通りアルヴァと王宮のスイーツを堪能して、頃合いを見て帰りましょう。
「グリフィス殿下。残念ながら殿下と私は御縁がありませんでしたが、殿下が良き伴侶をお迎えになられるように、臣下として祈っております」
自信満々だったグリフィス殿下は、結果として『自分の思い違いだった』という恥ずかしい姿を晒されただけに終わった。元々酷い評判も、最底辺を這うどころか地中にめり込んでしまったのではないか。いい気味である。
そのまま優雅にカーテシーをして、私達は御前を後にした。
案内された席に腰を落とすと、アルヴァが給仕に茶を持ってくるよう指示してくれる。細々と言いつけてくれる姿は、これまで見たことがなくて内心驚いた。いつもゆったりと構えていて、アルヴァこそ『王子様』を体現したような様子であったのに、今はまるで執事のように細やかな気遣いを感じることが出来た。
運ばれてきたお茶を口に含むと、その温かさが染み渡り、無意識に緊張していた体から力が抜けるのが分かった。
「美味しい……」
自然と零れてしまった言葉をアルヴァの耳は拾ったようで、
「貴女がいつも召し上がっている茶葉を用意してもらいました。これで少し落ち着くことが出来れば良いのですが……」
と言って微笑んだ。
もう一度飲んで、確かに公爵家で飲む味と同じなことに気づく。それも私が好んでいる種類のものである。私のことなど、都合の良い小間使い程度にしか思っていないと思っていたのに、気にかけてくれていたという事実が面映ゆい心地になる。
よく見れば公爵の手元にもお茶と共に水も用意されていて、公爵は水をマナー違反にならない程度に勢いよく飲み干している。
「お父様、そういえばお仕事が立て込んでいるっておっしゃっていたけど、そちらは大丈夫ですか?」
さっさと裏で休憩をしろと助け船を出してやれば、ほっとしたような顔をして退出していった。きっとパーティーが終わる頃まで戻ってこないつもりだろう。私と違って、あの場であそこまで王家の愚かさをぶつけられるとは思っていなかっただろうから仕方がない。
「セレスティーナ。王宮の料理人お勧めのスイーツを運んでもらいましたから、早く食べましょう」
そんな公爵のことなど見ていないとばかりに、アルヴァは運ばれた皿を見てニコニコと笑っている。ぱくぱくと無造作に口に運んでいるように見えるのに、気品を感じられるのはどういうことなのだろうか。公爵家に来て以来、食事を共にする機会は多いけれど、ずっと解けない謎である。周囲の少女達の視線は彼に釘付けなのだが、彼自身は全く気にしてない。
まぁ、見た目は少年であっても、中身は数千歳はくだらない神様なのだから、今更子供にキャアキャア言われたところで、全く響かないに違いない。枯れているのだから仕方ない。
「セレスティーナ。失礼なことを考えているでしょう?」
穏やかだけど、感情の読めない顔で笑いかけられる。周囲には聞こえない程度に声を絞って答えた。
「可愛らしい女性に注目されているのに、それよりも可愛らしいスイーツに夢中なのねって思ったのよ」
「フフッ。だって、大衆は私が『初心で謙虚な少年』であることを望んでいるでしょう?」
「少女の恋心に気づかない無邪気な少年、ねぇ……」
望まれる姿を演じているのだとしても、アルヴァは何でも楽しそうで、少し羨ましい。
『前回』の私は、サイアン公爵家の惣領娘として、第二王子の婚約者として生きていくことが決まっていた。定められた道から飛び出すことも出来ず、楽しむこともできなかった身としては、どんな状況であっても楽しめる彼が羨ましい。
「人の一生は短いのです。楽しまなきゃ損じゃないですか」
「そういうものかしら?」
「えぇ。それに貴女は『前回』と違ってずっと自由だ。今の貴女を縛るものは何もないのですよ」
サイアン公爵家の跡取りはリートゥスだ。私は公爵令嬢のままだけど、今この瞬間は未来に関する事柄は何もかも決まっていない。唯一、目の前のスイーツを口に運ぶという未来以外は。
「さぁ、おかわりはいかがですか?私が手ずから淹れましょう」
そう言って立ち上がって、アルヴァが後ろに回る。近くにいる使用人を呼べば良いのに、と思ったのも束の間、
「笑顔の安売りは感心しませんね。貴女を疎ましく思っていたはずのグリフィス王子の興味を引いてしまったみたいですよ」
と、耳元で囁いた。吐息がくすぐったくて、恥ずかしくて顔に血が上るのを感じる。
「先程から、ずっと貴女を見ていますよ。あぁ、でも、王子の方を見ないで。貴女が自分を意識していると知れば調子に乗って、また婚約だ何だと言い出しかねませんからね」
アルヴァはすぐに離れてしまったけれど、照れくさくて顔を見れやしない。顔は見えないけれど、声はいつも以上に優しくて甘やかに聞こえる。彼の本性を知っていても、とても魅力的に聞こえてしまうのは神の御業だとでも言うのだろうか。
「ま、まさか。『前回』は何をやっても無駄だったのよ?」
それがどうして『今回』は私を好きになるというのだろうか?首を傾げていると、薄く笑った。小馬鹿にしているようにも見えるし、考えの足らない幼子を見るようにも見える、不思議な表情だった。
「公爵のように不幸な女性が好きな男がいるように、満ち足りた女性を好む男もいるのですよ」
「よく分からないわ?」
「執事のリヴァーは、誰かの未亡人や愛人をしているジニアに恋をすることはなかったでしょう。貴女の下で幸せに暮らすジニアを好きになったのです。こう言えば、お子様の貴女にも分かるでしょう?」
アルヴァの出した例えは分かりやすかった。きっと『前回』の私はとても不幸な女に見えたのだろう。母親を早くに亡くし、父親は無関心、父の愛人には見下され、友人も信頼できる使用人もいない。私が世界一不幸だとは思わないけれど、幸せではなかったことは確かだ。
だけど今は大切な人がたくさんいて、幸せな毎日を送っている。だからグリフィス殿下は私に興味を持ったのかもしれないけれど、私の大切な人達を不幸に引きずり込みそうな愚かなグリフィス殿下を、私は愛することはないだろう。




