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ガーデンパーティー 02

会場中が唖然とした顔をして自分を見ていることに気づかないグリフィス殿下は、ニヤニヤと嗤っていて気持ちが悪かった。いや、しかし貴族家を乗っ取るような行為を平然と言ってのける神経が分からない。サイアン公爵家は公文書を偽造するという悪事に手を染めている以上、こんな大勢の目がある場所で指摘してしまえば、婿入りどころの騒ぎじゃ済まされない。最悪は御家取り潰しである。


流石、後先考えずに私の母親を殺し、フラビアの母に堕胎薬を飲ませ続けた女の息子は、やはり頭がおかしい。


この恐ろしい提案を聞いた家の者達は一体何を思っているだろうか。娘ばかりの家は馬鹿王子の婿入りに警戒していただろうが、側室が産んだ子供を跡取りに据えた家もまた恐怖を感じたことだろう。この馬鹿をさっさと舞台から引きずり下ろせば良いものを、愚鈍な王族は動くことも出来ない。


さてどうするか。


「セレスティーナ。リートゥスはアイリス様がお産みになったのではないのですか?」


純粋無垢な顔をしてアルヴァは言う。親戚という身内でありながらも、まるで自分には知らされず、蚊帳の外にいたかのような顔だ。彼の考えにピンと来た私は続けてこう返す。


「いいえ。リートゥスは、お母様がお産みになったのよ。段々と大きくなっていくお母様のお腹を、私は擦ってあげて、御伽噺を聞かせてあげたもの」


真実を話してしまうかと思った娘が、有りもしないエピソードを並べ立てる姿に、さぞサイアン公爵は肝を冷やしたことだろう。真実を話してしまうことも恐ろしいだろうし、澱みなく顔色も変えずに適切な嘘を吐くことが出来る12歳児もまた恐ろしいはずだ。


「そうなのですか?」

「えぇ。お母様は私を産んでからずっと体調を崩されていたから、次の子は難しいと言われていたの。だけど、リートゥスがお腹にやって来て、少しでも元気でいて欲しくて私は毎日ニウェウス神様に御祈りをしたわ」

「貴女の祈りがニウェウス神様に届いたのですね」

「えぇ」


周囲の目には、私は信心深く親孝行の娘であるように映ったことだろう。対して、病弱な母を心配し、弟の誕生を心待ちにしていた幼気な少女に向かって放った、グリフィス殿下の心無い発言は非常に醜悪に映ったことだろう。もちろん私はニウェウス神に安産を祈ったことなど一度も無い。


「殿下。リートゥス・サイアンは我が妻アイリス・サイアンの実子です。教会にも、国にもそのように届けております。どうしてそのような荒唐無稽なことを仰るのですか?」


リートゥスを連れてきた教会には口止め料も兼ねて寄付金を積んでいる。表向きはサイアン公爵家に跡継ぎが産まれたことをニウェウス神へ感謝するという形で。その為に、リートゥスを預けた教会も公爵家が昔から懇意にしている場所を選んだのも計画の内である。


「それは、公爵家の使用人から聞いたのだ。そうでしょう?母上……」


ようやく旗色の悪さに気づいたのか、グリフィス殿下は狼狽えた様子で母親である王妃を見た。道化がここまで踊り狂うとは思わず、笑いを堪えるのも一苦労だ。矛先を向けられた王妃は、どうにか表情を取り繕い、口を開いた。



「公爵家の使用人から連絡を貰ったのよ。公爵の愛人が産んだ子を育てさせられるアイリスが可哀想だと」



掛かった。


「公爵。本当のことを言って頂戴。私はアイリスのことが心配なのよ。12歳の娘にまで嘘を吐かせるようなことはしないで」


王妃はサイアン公爵の新しい愛人を知っていた。血眼になって探していた。けれども突き止めることが出来ずに、さぞ悔しい思いをしたのだろう。己が優位に立ったことに酔い痴れる胸中が透けて見えた。


「お優しい妃殿下」


その友人を死に至らしめた鬼畜の癖に、まるで親切であるかのように心配する心優しい淑女を気取る目の前の女の性根に吐き気を催してしまう。吐き気を喉奥に飲み込んで、努めて穏やかに声を掛けた。


「可哀想なセレスティーナ。こんなにも幼気な少女を大人の嘘に付き合わせるだなんて、考えるだけで心が痛むわ」

「妃殿下にお知らせしたのは、プラムという使用人でしょうか?」


『王妃』と『プラムという名の使用人』という符号だけで、サイアン公爵もまた勘付いたのだろう。


本邸の使用人は先祖代々公爵家に仕える者達が殆どだ。勿論、リヴァーのように母についてセルリアン侯爵家からやって来た者もいるだろうが、侯爵家はサイアン公爵派な上に使用人達の身元も口の堅さも保証済み。ただ一人、王妃推薦のプラムだけが異分子であった。


リートゥスが本当はクロリスの息子であるという秘密を抱えている以上、異分子を抱え続けることはサイアン公爵にとっては非常にリスキーである。どうにかして追い出したいと思っていた人間として彼の頭にリストアップされていたに違いない。


「その使用人は、妃殿下の推薦で我が家が雇い入れた者では?」

「……」


恐らくきっと王妃はプラムと自分の繋がりを、こうして公の場で明かしたくはなかっただろう。

本来、使用人の忠誠は雇い主に帰属する。けれども王妃が紹介した使用人が公爵家の内情を流しているというのなら、それは密偵である。我が家の他にも王妃から紹介された者を雇っていた家もあったろうが、きっと理由をつけられ近日中には叩き出されていることだろう。何も知らない親戚達に王妃は酷く恨まれるに違いない。


「その使用人は、我が家では非常に問題があると報告を受けています」

「問題?」

「役者に入れ込んで給金を使い果たし、咎めようとすれば妃殿下に訴えると暴れるのです」


普通はそんな不良使用人は問答無用に解雇なのだが、王妃からの推薦では難しく、リートゥスの話が無くともサイアン公爵家では頭の痛い問題となっていたのだ。


プラムを篭絡した役者の卵――いや、もう立派な役者か――には、既に報酬であった人気舞台作家への橋渡しを終えていて、徐々に人気の兆しが出始めているらしい。役者の将来の為に、二人は泣く泣く別れたらしいけれど、未練があるプラムは金をつぎ込んで、信奉者達の中から抜きん出ようとしているのだとか。


「大方、役者に貢ぐ金欲しさに妃殿下に妄言を吐いたのでしょう」

「そ、そんなことは……」


勿論、プラムが役者に貢ぐように誘導したのは私だ。役者に『君が舞台に来てくれるとすぐに分かるよ』だとか、『疲れていても君の笑顔を見るだけで癒される』だとか言わせ、劇場に何度も足を運ばせるように仕向けたのである。警戒心の緩んでいるプラムは簡単に引っ掛かった。


また、役者にはプラムが貢いだ品には手を付けないように強く言い聞かせているし、プラム自身が入場券の半券を残している。それらはサイアン公爵家が出している給金以上の出費をしている証拠になるだろう。


「何代にも渡り王家に忠誠を誓ったサイアン公爵家を、貴女様の友人である我が妻アイリスの言葉をお疑いですか?」


忠臣と友人を取るか、使用人を取るのか。賢い者なら答えは一つしかないだろう。

愛だの恋だのが絡まなければ、それなりに頭が回るのだなと、私は改めてサイアン公爵を見た。間近で彼を見る機会など『前回』は殆ど無かった。記憶にあるのは母を蔑ろにし、愛人母娘に入れ込んで浮かれた屑野郎だった。少なくとも12年は母を苦しめたのだから許してやるつもりは全くないが、一家の長として努めていくというのなら、私もそれなりの態度を取ってやろうと思う。


「あぁ。何て酷い思い違いをしていたのかしら!!」


王妃は右手で額を押さえ、思いつめたような顔をして私達を見た。


「親戚だからとあの娘の言葉を真に受け、旧知の者達を疑ってしまうなんて……ごめんなさい、サイアン公爵」


王族が臣下に頭を下げることなど本来はあってはならないことである。けれども、今回の話に関していえば、謝罪を受けたサイアン公爵を不敬だと罵る者はいないだろう。血統を重んじる貴族社会において、嫡子の存在は何よりも優先されるべきものであるにも関わらず、王妃とグリフィス殿下は嘘だと否定して侮辱したのだ。最悪の場合、サイアン公爵家が離反する事態にさえなったかもしれない。


「いいえ。心優しい妃殿下が我が妻を慮ってくださった故のことでございます」

「まぁ!公爵の寛大な心に感謝します」


王妃もサイアン公爵も、いけしゃあしゃあと化かし合う。私も出来なくはないが、疲れるから避けたいものだ。

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