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幕間 ― 裏切りの代償 04 ―

部下からの報告を受けた人間達は戸惑った。


「鈍器で、だと?」


部下は頷いた後、白布を取り出して中を広げて見せる。赤黒い染みがついた置物であった。その尋常ではない有り様を見て、ようやくセレスティーナの死が現実味を帯びたのだった。


「この女は無防備なセレスティーナ姫の顔や頭を何度も何度も殴ったようで――姫の御遺体は酷く損傷しており、御覧になって確認することも難しいかと思います」

「それほどに酷いのか……」


フラビアの母親によって顔を中心にめった打ちにされたセレスティーナは二目と見れない姿に変わり果てしまったらしい。止めるべき使用人達は恐ろしさの余り見ているしかできなかったというお粗末さ。遺体は未だにサイアン公爵家の屋敷に安置されているものの、サイアン公爵家の使用人は全員別室に集められ、セルリアン侯爵の手の者が詳しく話を聞いていると説明をされた。


公爵令嬢を殺した犯人へと向けられた侮蔑の視線に耐えられなくなったフラビアの母親が弁明の声を上げる。


「だって!!あの娘はフラビアがグリフィス殿下を誑かしたのだと言ったのです!!二人は真実の愛を見つけただけだというのに卑しいと罵ったのです!!!」


セレスティーナが正しい。私はフラビアに誑かされたのだ。平民のくせに公爵令嬢と偽り、王族である私を騙したのだ。私の婚約者であるセレスティーナがそれを責め立てるのは当然の話だ。居直って彼女を殺すなど、狂気の沙汰である。


「事実を告げたセレスティーナを、お前は殺したのか」


父がフラビアの母親に尋ねると、彼女は頷いた。そして悔しそうに歯噛みして言った。


「私達母娘を平民だと貶めました。私だって男児を産めば私は公爵夫人になれたのに!」

「この期に及んで身の程を弁えぬ平民の絵空事とは、始末に負えんな」


女の愚かさを鼻で笑い、さっさと衛兵に地下牢へ入れるように父は指示を出した。まったくサイアン公爵も何故このような頭のおかしい女に惑わされるのか、気が知れない。しかし自分の考えが通らないことに痺れを切らした女は、暴れ出して叫んだ。


「私はあんた達王族に毒を盛られていたのよ!!」

「な、何だとッ!?」


王族がフラビアの母親に毒を?一体どういう話か分からず、誰もが顔を見合わせた。


「王妃からの推薦か何か知らないけど、公爵家に昔からいた侍女が堕胎薬を私に盛っていたのよ!!第二王子がサイアン公爵家に無事に婿入りできるように、男児を殺していたのよ!!」


不敬にもフラビアの母親は王妃である我が母を鋭く睨みつけ、指で差して糾弾したのだ。


「何の話かしら?私は何も知らないわ」

「しらばっくれるんじゃないわよ!!私だけじゃなく、アイリスを殺したのもあんたなんでしょう!?」

「まぁまぁ。卑しい平民は口の利き方もなっていないのね」


女達の醜い言い争いが繰り広げられる中、セルリアン侯爵の部下がよく通る声で言った。


「王妃殿下がサイアン公爵家に遣わしたプラムという使用人は既に我々が拘束し、問い糺したところ、この女の食事に毒を混ぜたことと故サイアン公爵夫人の殺害を仄めかす供述を致しました」


母が人を殺した?


「嘘よ!!そんなことは嘘に決まっているじゃない!!!」

「お、王妃よ。落ち着くの――!!」


父が隣に座る母の顔を窺うが、ヒッと引きつった悲鳴を上げて玉座から転がり落ちる。整っていたはずの母の顔は、どす黒く、まるで邪心を具現化したような顔をしていた。その顔を見ただけで、全て真実なのだと謁見室にいる人間達は理解してしまった。


「愚かだ愚かだと思っていたが、これほどまでだったか……」


プルシャン侯爵が剣を抜く。


「亡き王太后ロゼリア様が王家存続を願ったからこそ、今日まで仕えてきたが、もう耐え切れん!!」


王太后ロゼリアは、私の義理の祖母にあたる。先王である祖父はロゼリア妃を正室に迎えたが、子供を成すことができない為に側室を娶ったのだ。その胎から産まれてきたのが父であるロイ国王だ。王太后は私が産まれる少し前に病を得て亡くなったと聞いている。そういえば王太后は、プルシャン侯爵が主家と仰ぐサイアン公爵家の姫だったかもしれない。


「建国王サングィスとニウェウス神との契約を違えることになるが、既に天命の尽きた王家を野放しにしておくことは出来ない」


老人とは思えない足取りで、父の前に立つとその剣を振り下ろした。何かが跳ね飛び、吹き出した血。跳んで行ったのは父の首だったことに気づくのに数秒の時間を要した。そうしている間に悲鳴を上げようとした母の首も飛んだ。


「な、何をするッ!?気でも狂ったか!!」


今まで空気のようだった兄クランシーが、近づいてくるプルシャン侯爵に怯えながらも食って掛かる。さっさと逃げれば良いのに愚かな。


「神との約定は王家にのみ伝わると言われております。しかし、この様子では放棄しているに等しい」


そしてクランシーもまた胸を一突きされ、この世を去った。


約定とはなんだ?そんな話など知らない。確かに建国王サングィスはニウェウス神と契約し、その恩寵がコロル王国を繁栄に導いているという話はある。だが、そんなのは子供に聞かせる御伽噺だろう。大の大人が真剣な顔をして言う話ではない。


「私を気狂いの老人だと思うなら、それも良いだろう。しかし、この場にいる者達の目に映る狂人はどちらであろうか」


見渡せば、誰も私達王族を助けようとしないのが見て取れた。護衛である騎士も、私や兄の側近達も呆然と立ち竦んだまま化け物でも見るかのように私達を見ている。


「ど、どうして!?私は王子だぞ!!王族なのだぞ!!」


そう叫んだ私に対し、周囲の静寂が不気味だった。


「臣籍降下を成功させる為に、候補となった家の人間を毒殺するような主人など不要なのですよ」

「そんな!!それは母上がやったことだろう!!私はやっていない!!」

「そう思うのであれば、他の者に聞いてください。少なくともサイアン公爵家は正当な跡継ぎが弑された為、別の人間を後継に据えますので、殿下の婿入りは叶いませんな」


サイアン公爵家が無理となると、残る公爵家はマジェンタ公爵家とラセット公爵家だ。それらの当主の顔を見るが、すぐに逸らされた。


「どうしてだ。マジェンタ公爵、ラセット公爵よ……王家の尊い血が混ざるというのだぞ!!」

「我が家には跡継ぎとなる男児がおります故……」

「我が家も……」


公爵家が無理なら、その下の侯爵家はどうだと見渡したが、全員が目を伏せた。


「尊い血と言われますが、そこに転がる愚王ロイの母親こそ男爵家の人間ではありませんか」

「だ、男爵家!?」

「アリヴ伯爵家に無理やり養女にさせて、召し上げたのです。建国王の尊き血の濃さでいうのなら、貴方よりも我々高位貴族の方が濃いでしょうね」


知らない!!知らなかった!!私は何も知らない!!


「やだ。グリフィス様って男爵家の血が入ってるの?私よりも身分が低いの?王子様なのに?」


すっかり存在を忘れていたフラビアが、きゃらきゃらと耳障りな声で笑う。自分とて子爵家の血しか持たぬではないか。そう反論できれば良かったのに、それよりも前にプルシャン侯爵の剣が私の胸を貫いた。



「御安心召されよ。王族の死を契機に【修正者】によってコロル王国の歴史は正されるでしょう」



【修正者】とは何なのだ?と、私は尋ねることすら出来ず、意識を失ったのだった。

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