幕間 ― 裏切りの代償 03 ―
「その娘は、セレスティーナ姫は殿下を愛していないと言いませんでしたか?」
「……言った」
事実を知ってしまった今、あまりのことに眩暈がした。そして次々と脳裏に浮かぶフラビアの言が、私の良心を抉ってくるのだ。
「『お姉様は殿下の王子という地位しか見ていない』、『自分は公爵家の娘だから王妃になるのは決まっているから、挨拶など来やしない』と……」
「セレスティーナ姫の母君は、心労から亡くなったのですよ。結婚前から囲った愛人に入れ込む夫に悩んで」
「跡継ぎが必要だったのだ!!」
けれども結局フラビアの母親は男児を産むことはできず、私が婿入りする話になったのだ。
「詭弁を。愛人に産ませたところで庶子は庶子。せめて正妻の機嫌でも取っていれば体裁が繕えたかもしれないが、愛人だけを偏愛した結果が、この有り様だ」
コロル王国では、貴族と平民との婚姻不可以外にも、庶子への爵位継承も認められていない。万が一、庶子が生まれたとしても正妻が認知しないことには、家の人間として認められることはない。認められさえすれば、いくつか所持している下位の爵位を譲渡することも出来る上に、正妻の養子になることができれば正式な跡継ぎに迎えることも可能なのだ。けれども自分を捨て置いた夫と愛人の子供を正妻が認めるとは到底思えない。
「我々は公爵と愛人が、セレスティーナ姫の母君を殺害したと思っているのですよ」
「ま、まさか……」
「私達はそんなことはしていない!!あの女が勝手に死んだのだ!!」
サイアン公爵の亡き正妻を悪しざまに罵る姿は心底醜く、軽蔑の念しか抱けない。
「グリフィス殿下。セレスティーナ姫は貴方を愛さなかったかもしれません。ですが、人の皮を被った獣達との暮らしの中で、どうして貴方に与えるだけの愛情を持っていられたと言うのでしょうか?」
セレスティーナは美しい娘であったが、表情も少なく淡々とした様子でいつもつまらなそうにしていた。領地で暮らしていたとはいえ、血縁者であるサイアン公爵や噓つきのフラビアを見れば、明るく朗らかな娘に育つわけがないではないか。
「国王陛下。我々は現サイアン公爵を退け、セレスティーナ姫に然るべき婿を迎えさせ、公爵家を盛り立てていきたいと考えております」
項垂れる私のことなど、もうプルシャン侯爵は見ていなかった。真っ直ぐに国王を見つめて言い放った。
「私がセレスティーナの婚約者だぞ!!」
マズい!このままでは私がサイアン公爵家に婿入りするという話は立ち消えになってしまう。フラビアが平民だと分かった以上、セレスティーナと結婚する以外に私が公爵になる方法はないのだ。
「御自分で破棄なさったのでしょう。既に御二人の婚姻が出来ぬように書類を提出し、根回しも済んでいる」
「何の話だ!!私は聞いていないぞ!!グリフィス!!」
「グリフィス殿下が陛下の署名を偽造したのですよ」
侯爵の言う通りだ。私は、私とセレスティーナの婚約無効の書類を作成し、既に教会に提出している。そして二人の婚姻が生涯成立しないという宣誓書まで提出していた。署名は父の欄も、セレスティーナの欄も本人が書いていない。つまり代筆なわけだが、セレスティーナという悪女と婚約破棄するという大事の前に小事に構ってなどいられないのは当然だと思ったのだ。
けれども事態は一変してしまった。悪女はフラビアであり、私の助けとなるのはセレスティーナだけなのだ。
「わ、私は――!!」
セレスティーナに会いたい。セレスティーナならば、この場を上手く収めてくれる。プルシャン侯爵を諫め、私を助けてくれるに違いない。当事者であるのなら呼ばれているはずだ。早く来てくれ、セレスティーナよ!!
謁見室の外が俄かに騒がしくなった。セレスティーナだろうか?
衛兵が止める声がするのだが、それさえも振り切って謁見室に誰かが近づいてくる。ガタンと乱暴に扉が押し開かれ、そこには般若の形相の男が立っていた。
「セ、セルリアン侯爵……」
入室してきたのはサイアン公爵派序列二位のセルリアン侯爵で、彼の怒りに満ち満ちた様子に、誰もが息を吞む。さしものプルシャン侯爵も面食らった様子だった。
「国王陛下――」
セルリアン侯爵は誰でもなく国王である父に声を掛けた。許されざる行為だが、彼の見せる気迫に誰もが口を噤む。
「第二王子グリフィス殿下の婚約者であったセレスティーナ・サイアン公爵令嬢は、公爵邸にて今朝がた御逝去されました」
セルリアン侯爵にとっては孫娘にあたるセレスティーナの死を伝える人物として確かに適任ではあるが、意味が分からなかった。
「セレスティーナが死んだ、だと?」
昨日、私達とは違い、セレスティーナは公爵家に帰されたはずだ。それがどうして安全な公爵家にいて死ぬようなことになるというのだ。
「あら!あの女、死んだの?グリフィス殿下に捨てられたのを嘆いて毒でも飲んだのかしら!?」
何が面白いのかケラケラと笑うフラビアは、私の目には、もはや狂人にしか映らない。そんなフラビアとセルリアン侯爵との距離は近かった。侯爵の腕が勢い良く振り上げられたと思った瞬間、その拳はフラビアの顔面を殴りつけ、彼女は吹き飛ばされていた。
「小娘よ。己の立場を弁え、口を慎むがいい」
女性に対し、非道な行為が成されたというのに、あまりにあまりな行為過ぎて脳が理解することを拒む。王国において最も高貴で敬仰すべき場所で、侯爵という立場にある人間が、年若い少女を殴りつけるという暴挙を犯したのだ。有り得ない。
「愚かなる第二王子如きに捨て置かれようと、セレスティーナは痛くもかゆくもないわ。お前の恋人となった男にどれほどの魅力があるというのか?学問は人並み以下、剣術を学ぼうにも一振りで止めた根性無し。佞臣の甘言に踊らされ、自分の置かれた立場さえ理解できぬ愚物ではないか」
女性を殴り、王族を罵倒する――常のセルリアン侯爵を知る人間は呆然と見守ることしかできない。
「セルリアン侯爵よ、落ち着くのだ」
止めねば延々と続くような私への中傷を遮ったのは、やはりプルシャン侯爵であった。セルリアン侯爵は無言のまま、彼に続いて入って来た部下らしき男に指示を出すと、部下達は誰かを引きずって連れてきた。
「お母様!?」
「フラビア!ウェルテクス様!!」
殴られたのであろう、顔に痣をつくった女性はフラビアの母親であった。彼女は家族に近づこうとするが、思うように身動きも取れない上に、セルリアン侯爵の部下に剣を突きつけられ、近づくことは出来ない。
「セレスティーナ・サイアン公爵令嬢を殺害した下手人であり、サイアン公爵の愛人ミモザでございます」
侯爵の代わりに部下が報告を始める。
「罪人は起床したばかりのセレスティーナ姫の自室に押し掛けた挙げ句、訳の分からぬ妄言を吐き、鈍器でセレスティーナ姫に襲い掛かり、死に至らしめたのです」
部下もまた苛立っているのだろう。フラビアの母親を憎々しいと言わんばかりの表情で睨みつけていた。




