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幕間 ― 裏切りの代償 02 ―

「この娘の母親は平民ですよ」

「平民だとッ!?」


フラビアは真っ直ぐ私を見つめたままだったけれど、後ろ暗いことでもあるのかサイアン公爵は俯いたままだ。


「この娘の母親は、元は子爵家の者だったようですが、サイアン公爵が結婚した後も関係を続けていることを、父親に咎められて勘当されたのですよ。そうだな、マシコット子爵」


プルシャン侯爵に名指しされたマシコット子爵は、ぶるぶると体を震わせながらも前に進み出た。そうして床に額づいて謝罪をし始めた。


「も、申し訳ありませんでした。我が妹が己の立場を弁えず、いつまでもサイアン公爵の御情けをいただいていたことが、このような非常識な事態に王家の方々を巻き込むようなことになるとは……」


恐らくフラビアの母の兄なのだろう。マシコット子爵の説明によれば、勘当されたフラビアの母は修道院に入れたらしいのだが、サイアン公爵が無断で修道院から連れ出した。修道院から連絡を受けた父である前マシコット子爵が何度も抗議したのだが、梨の礫であったのだとか。身分の差によって強く出ることは出来ず、プルシャン侯爵以下、サイアン公爵派との確執に頭を悩ませた前マシコット子爵は心労が祟り、10年前に亡くなったらしい。


「父の死後、サイアン公爵閣下と妹のミモザにも連絡を取りましたが、取り付く島もない状態でした」

「子爵家に出来ることはそれが精一杯だったのだろう。身分を笠に着られてしまえば、それも仕方がない」


プルシャン侯爵に許しにも似た言葉を掛けられたことによって、マシコット子爵は安堵の息を漏らす。


「そうして修道院から親の許可も得ずに連れ出した女ですから、当然教会の許可を得られるはずもないのです。そもそも、フラビアなる娘の誕生は、セレスティーナ姫の母君であるセルリアン侯爵家の娘が生存している内の話です。我が国の法によれば私生児ということになりますな」


セレスティーナの母は、サイアン公爵派序列二位のセルリアン侯爵家の娘だったはずだ。前サイアン公爵と一門の総意によって定められた婚姻を軽視した現公爵は、既に寄子達の信任を失っていると言えるだろう。


「どうして!!お父様とお母様は愛し合っているのよ!!」


フラビアの少女らしい高い声が謁見室に響き渡るが、それが酷く場違いに聞こえてしまうのは何故だろうか。目尻に涙を浮かべ、自分の両親がいかに愛し合っているかを淀みなく言葉にしている姿は愛らしいのに、どこか不快感があった。


「物知らずのそなたに一つ教えてやろう」


もはやプルシャン侯爵の独壇場だった。サイアン公爵も国王である父でさえも口を開くことができない。


「我が国では法律上、一部の例外を除いて貴族と平民の婚姻は認められていない」

「私のお母様はマシコット子爵令嬢のはずよ!!」

「お前の伯父が言っただろう?不倫を咎めた親に勘当され、貴族籍を抜いていると。本人の反省を促す為に修道院に入れ、ほとぼりが冷めた頃に元に戻すつもりだったろうに、そんな親の愛情を無下にして逃げた女なのだ」


フラビアの母を客観的に見ると、酷く手が付けられない問題児と言えるだろう。


「一部の例外を除いてって言ったわよね!?じゃあ、どうしたら認められたって言うのよ!!」

「無知な娘よ。気になるのであれば己の父に聞けば良いだろう」


プルシャン侯爵に促されたフラビアは、躊躇うことなく父公爵を見た。


「お父様、どうして?」

「……」

「どうしてなの?答えて、お父様!!」


私の知るサイアン公爵は娘に甘い父親に見えた。


「セレスティーナの母親――サイアン公爵の正妻の認知と後見人が必要だったのだろう」


戸惑い続けるフラビアを見ていられず、私は答えを口に出していた。


「正解にございます。サイアン公爵はアイリス夫人に許可を取る訳でもなく、別邸に入り浸り、長い間正式な家族を捨て置いていたのですよ。そして正妻が亡くなると、勝手に妾とその娘が乗り込んできて本邸を無秩序に荒らし回るのですから、セレスティーナ姫の心労はいかばかりかと察するに余りあります」

「貴様らが認めれば良かったではないか!!そうすればミモザとフラビアを日陰の身にすることなどなかったのに!!」

「一門の総意を無下にしたくせに、己の不徳を詫びるどころか我らを詰るというのか!!サイアン公爵よ!!」


プルシャン侯爵の怒声に、サイアン公爵は身を竦める。一連の会話によってセレスティーナとフラビアの立場はすっかり変わってしまっていた。列席する大臣達も、私を蔑むような目で見ているようにさえ感じられる。


「身分とか、爵位とか、そんな古臭い慣習で反対したって言うの!?」

「その身分や爵位が持たないから、そなたはデビュタントに呼ばれることはなく、社交界に正式に招待されることはない。己の親が犯した罪が原因だというのに、その責をセレスティーナ姫に擦り付けるとは卑しいとは誠にこのことだ」

「お姉様のせいなんてしていません!!」

「殿下を誤解させるように説明したのだろう。何が違うと言うのか!!」


口を開けば嘘偽りしか出て来ないのだろうか。平民とは皆このような者達なのか。


「このような頭の狂った人間達の間にセレスティーナ姫を置いておくことなど出来る訳もなく、領地でお過ごしいただきましたが、その間にグリフィス殿下に手を出すとは……母親に似て、浪費と男のことしか考えておらぬ娘に育ったものだ」

「ちょっと待て!どういうことだ!?セレスティーナは私を避けて、家に引きこもって我が儘放題に暮らしているのだろう!?使用人には傍若無人に振る舞い、浪費を繰り返すと……」


私はセレスティーナに会いにサイアン公爵家に度々足を運んだが、現れるのはフラビアや公爵夫妻だけで、セレスティーナが顔を見せることはなかった。婚約者だというのなら挨拶に顔を出すべきだと思っていたが、そもそも屋敷にいなかったというのか。


「グリフィス!!貴方には何度も説明したでしょう!?セレスティーナは公爵領にいると!!」


母の心底驚いている声を聞き、確かに言われたような気もするが、


「フラビア!!そなたはいつも言っていたではないか!!セレスティーナが、いつも自分を無視するのだと!公爵からの贈り物を取り上げ、ドレスを新調するのすら儘ならないと!!」


母の言葉よりも私は恋人であるフラビアの言葉を信じていたのだ。けれどもフラビアは震えるばかりで私の問いに応えもしない。



「何と浅ましい……」



誰の声だったのだろうか。静かな声量ではあったが、よく響いた。


法律上、婚姻を認められていない男女の間に生まれたフラビアは、父が貴族といえど母親と同じ平民で、父親のいない私生児となる。今は囲われ者の母親と共にサイアン公爵家に厄介になっているに過ぎない。そして居候の身でありながら、我が物顔で家に居座って、嘘偽りを以て公爵家の惣領姫の婚約者を奪ったのだ。稀代の悪女とは彼女を言うのであろう。

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