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降臨

クロリスが産んだ男児はリートゥスと名付けられた。折しも、リートゥスがやって来た二ヶ月後にリヴァーの妻・ジニアも出産した為、乳母として実家から呼び出されることになった。財政の苦しい実家よりも公爵家の方が人手があるので、子育てには良い環境だろうと乳母の先輩でもあるローズマリーも言っていた。


リートゥス誕生から三ヶ月後、一門への御披露目に小規模なガーデンパーティーも開かれた。寄子貴族達が次々と挨拶に訪れ、サイアン公爵と母に祝辞を述べて離れていく。筆頭寄子のプルシャン侯爵などは、グリフィス殿下の婿入りを阻止できたことを喜んでいるのが明らかで、周囲の大人達を慌てさせていた。子供だった私は、グリフィス殿下の当時の評判を詳しくは知らなかったが、やはりあまり芳しいものではないのだろう。


母の実家であるセルリアン侯爵は何も言わなかった。娘が妊娠していたという知らせも無く、いつの間にか出産していたのに問い質すこともない。いや、クロリスを匿う為の潜伏先もリヴァーの実家に任せたのだから、察するものがあったのかもしれないが、それにしても無反応なのが不可解であった。けれどこちらか問うことも出来ず、今日に至る。


「セレスティーナ」


サイアン公爵が私の名前を呼ぶ。まもなく十歳になるのだが、生まれて初めてのことだ。母がリートゥスを実子と認めたことで、姉である私も彼の中で利用価値が上がったのだろう。本当に自分勝手で都合の良い頭をしている。けれども私は、そんな心の裡などおくびにも出さず、ニッコリと笑って『お父様』と呼んでやったのだった。


サイアン公爵と母の前には大人が二人と子供が一人いた。


「こちらはラクテオルス伯爵と、その妻で私の妹のベロニカだ」


ベロニカ・ラクテオルス伯爵夫人のことは覚えている。サイアン公爵の末の妹だが、公爵家にはほとんど寄り付かない女だ。既に両親が亡くなっている上に、公爵が本邸に寄り付かないせいもある。しかし、それ以上に嫁いだものの、子を成さぬことを婚家でも実家でも責められ、身の置き場を失くしてしまったせいで家から出ないのだ。ラクテオルス伯爵は人格者だったようで他所に愛人を作ることはなかったが、それでも割り切れないものがあったのだろう。


だからこそ、こうして彼女が人前に出てくるのを見たのは、『前回』を含めて初めてであった。私が産まれたばかりの頃は、まだ結婚してすぐのことで心に余裕があったのか訪ねてきたらしいが、交流はそれ以外にはなかったらしい。サイアン公爵家の跡取り息子が生まれたなんて聞いたら、余計にナーバスになるだろうに。どうした心境の変化だろうかと、内心で首を傾げたのだった。


「初めまして。サイアン公爵の第一子・セレスティーナでございます。お目に掛かれて光栄です」

「まぁ。立派なレディになられましたのね」

「ありがとうございます」


けれども、ベロニカの肌艶は思った以上に良かった。表情も豊かで、家の中に引きこもっている女の顔ではなかった。


「ラクテオルス伯爵の嫡男を当家で預かることになった」

「え?」

「お前と同じ年だ。慣れぬことも多いだろうが、面倒を見てやるように」


サイアン公爵は事務的に淡々と連絡事項だけを伝えて、また口を閉ざした。

私の記憶が正しければ、ラクテオルス伯爵家に子供はいなかったはずだ。未来が変わった今、もしかしたら影響があってあちらに子供が生まれたというのなら分かるが、私と同年の子供がいるなんて知らない。


すると、大人達の中で静かにしていた子供が私の前に進み出て、微笑んだ。


「初めまして、セレスティーナ様。ラクテオルス伯爵の第一子、アルヴァ・ラクテオルスです」


伯爵と同じ銀色の髪に、珍しい紫色の瞳。間近に見て、それでも足りなくて私は食い入るように見つめてしまった。


「セレスティーナ、はしたないですよ」

「ほほほ。セレスティーナ様もお年頃かしらね」


母が窘める声が聞こえるけれど、私は止めることが出来ない。けれどもそれ以上、咎められることはない。私が見入ってしまうのも仕方ないと大人達も思っているのだろう。アルヴァの母であるベロニカは満更でもない顔をして自慢げに笑っている。


「アルヴァは体が弱くて領地から殆ど出ない生活をしてきましたが、学院に通う前に王都での生活に慣れさせようという話になりましてね。それならば公爵家で世話をしようと仰ってくださいまして……」


王立学院に入るのはデビュタントをした15歳から18歳の貴族の子女である。貴族と一口に言ってもジニアのように財産の無い者は通えないし、稀に貴族に推薦された平民が入学することもあった。ようするに金を持つか持たないかだ。


入学するというのなら、それまでに習得するいくつかの学問や教養がある。ラクテオルス伯爵は嫡男に一流の教育を与えたいと思っているが、伯爵家は現在王都に邸宅を持っていない。数年前にあった災害により、甚大な被害を受けた為に復興費を捻出する為に売り払ってしまったのだ。元々ラクテオルス伯爵家の領地は国境にあるので、そちらの警備に掛かりきりなので王都に拠点が無くとも問題がなかったのだろう。ただ、息子に十分な教育を受けさせる為には王都にやる必要はある。預かってくれる家を探していたに違いない。


対して、サイアン公爵は妹の嫁ぎ先のラクテオルス伯爵家をも身の内に取り込もうとしているのだろう。恩を売ると共に、リートゥスに仕えさせて情を持たせようとしているのだろう。


ラクテオルス伯爵の説明に耳を傾ける内に、わずかに気持ちを持ち直すことができた私は、再び猫を被る。


「まぁ。そうなんですか?年の近い方が身近にいませんでしたから、アルヴァ様が我が家に滞在していただけるなら嬉しいです」

「私もです。仲良くしていただけると嬉しいです」


笑い合って、一緒にデザートを食べようと誘う。微笑ましげにこちらを見る大人達(サイアン公爵を除く)を背に、私はアルヴァの手を引いて離れた。ビュッフェ形式に並べられたデザートコーナーは閑散としていた。今日は挨拶の集いである為、若い者も少ないせいだろう。


繋いだ手を離し、出来るだけ声を落として言葉を掛けた。



「何をしていらっしゃるんですか!?ニウェウス神!!」



アルヴァと名乗った少年の顔立ちは、夢で逢うニウェウス神の造形をそのまま幼くしたものだった。もちろん頭から足先まで真っ白な神よりも色の乗った姿ではあるが、関係が無いとは思わない。


「貴女の活躍を間近で見たいと思いまして、来ちゃいました」


事も無げに言ってニッコリと笑うニウェウス神――いや、アルヴァが立っている。


「『来ちゃいました』じゃありませんよ!そもそもアルヴァなんて子供、ラクテオルス伯爵家にはいないでしょう!?」

「はい。いないので、記憶と書類を弄らせてもらいましたよ」


しれっととんでもないことを言われて眩暈に襲われる。

話を聞くと、私の記憶の通り、『アルヴァ・ラクテオルス』という人間は存在しないらしい。しかし、嫡男の存在がいることでプレッシャーから解放されたベロニカが数年内に、実子を産むとか。


「神様が下界に干渉してい良いのですか?」

「コロル王国の建国の時点で私が下界に関わっているのですから、今更でしょう?」

「では最初からニウェウス神御自身で【修正】をされれば良かったのではないでしょうか?」

「だって面倒じゃないですか。興味が持てないものに煩わされるのは御免ですよ」


神が直接下界に干渉して良いのなら、百回目に至る前にやれば良かったではないかと思ったのだが、やはり神は私の考えの更に斜め上を行く。国の滅亡も、己の消滅も『興味が無い』の一言で済ませてしまうなんて、人間の思考では思いもよらない考えに至らないだろう。


「よく考えれば私が身近で監視していれば、【修正者】も神勅を忘れることはなかったと気づきましたので」


そりゃあ神様の監視があれば、どんな不真面目な信徒であっても真面目に神勅を達成するだろう。もっと早く気付いたでしょうよ、そんなことくらい。


「百回目で気づくなんて、本当にのんびり屋さんですわね」

「よく言われます。おっとりしていると」


嫌味のつもりだったのに、『おっとり』だなんて可愛らしい修飾語で返されてしまう。こんな嫌味な男と同じ時間を過ごさなければならないのか。


「久しぶりの下界での生活ですので、よろしくお願いしますね」

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