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神の寵愛

起きたら、目の前が真っ白だった。どうやらまた来てしまったようだ。

行儀が悪いのは百も承知だが、舌打ちしたい気持ちでいっぱいになる。


「おめでとうございます。大変素晴らしい進捗状況のようですね」


手を叩いて喜びを表現しているのだろうが、相変わらず褒められているようには感じられない。しばらく前に会った時と寸分変わらぬ麗しい様子で、ニウェウス神は目の前に立っていた。


「私、貴方に会いたいなんて願っていないですけど?」


『会いたいと願ったならば』と言っていたはずだ。私は『ニウェウス神なんて大したことないのね』と心の中で嗤っていただけだ。会いたいだなんて小麦一粒分も思ってはいない。


「奥ゆかしい貴女のことですから、会いたいなどと直接は言えないだろうと思い、私のことを考えて眠るだけで会えるようにしたんですよ」


さも親切だと言わんばかりの口ぶりに、顔をしかめてしまうのは仕方が無いだろう。


「正直に話してくださって結構ですよ。どうせ貴女の心の中など私には見えてしまっているのですから」

「あらぁ。ではお言葉に甘えさせていただいて――今後は会いたくないので、御声掛けしないでいただけますか?」


正直に心の底から願っていることを伝えると、ニウェウス神は吹き出した。


「笑わないでもらえますか?」


別に笑われるような面白いことは言っていないし、特別失敗したとも思わないので笑われる筋合いはない。けれども、ニウェウス神はお腹を抱えて、今にも床を転げ回って笑い出しそうなくらい、笑っている。


「だって面白いじゃないですか。貴女を生かすも殺すも私の心一つだというのに、貴女は私に媚びの一つも売りはしないんですよ。私が神だって分かっていますか?」


全く面白い話とは思わなかったが、常日頃から誰かに尽くされることに慣れ切った存在とは、このように傲慢になるのか。どちらかといえば私も同じ立場にあるが、流石に神は一味違う。


「貴方に媚びを売ったところで、失敗すれば死ぬんですから。余計な労力を使わないだけですよ」

「けれど、神とは自分のお気に入りに対して、格別な配慮をするものでしょう?」

「私は己が貴方様のお気に召すような魅力のある人間だとは思っておりません」


気に入られたいなどと思うわけがない。権力者の気まぐれに期待するなんて楽天的な性格でもないのだ。


「戯言はここまでとして、確かに貴女は未来を大きく変えてくれましたよ」


ニウェウス神の紫の瞳は、何が楽しいのか、新しい玩具を与えられて喜ぶ子供のようにキラキラと輝いている。


「サイアン公爵は愛するクロリスとの間に生まれた男児の存在に浮かれ切って、フラビア母娘を公爵家に迎え入れることはしないでしょう。そうなればグリフィス王子との接点は生まれない」


そして私を貶めたフラビアと、私を殺したフラビアの母親が、これ以上サイアン公爵家の財を貪ることができなくなるのだ。きっと僅かばかりの手切れ金を与えられて放逐されるだろう。生家を失い、寵愛も失った母娘の惨めな姿を思い浮かべると、自然と笑いが込み上げてきてしまう。


「そして貴女は何人もの人間の未来を変えてしまいました」


母・アイリスは生きていて、乳母のローズマリーに乳兄弟のサルビアは公爵家に残っている。老いぼれ貴族の寡婦になって公爵の愛人となるはずだったジニアは、恋をしてリヴァーに嫁いだ。生まれなかったはずの弟もやって来た。少なくとも6人の人間に明るい未来を示したのだ。


「あともう一人、クロリスもそうですよ」

「クロリスも?」

「有用だからと早めに引き取ったことが幸いでしたね。あの三ヶ月後に流行り病で亡くなるはずだったのです」


不測の事態を心配したのだが、あの時に覚えた不安は正しかったようだ。


「少し未来の話をしてしまいますが、彼女は貴女から得た資金を元手に商売を起こします。そしてその後、結婚するんですが、彼女の子孫が中々良い功績を残すようですよ」

「そう、なの……」


あの気風の良いクロリスなら、どこへ行っても上手くやれるだろうと思ってはいたが、神のお墨付きを貰えたのなら安心だ。復讐に利用する為にやったことが、とんだ慈善事業になっていたらしい。


「神様って未来が見えるものなのね」


未来視が出来るのなら、一度目だって王国滅亡前に対処できたろうに。遊んでいて気づかなかったのかしら?


「生憎と天界は娯楽の類に乏しくて遊ぶようなことはありませんよ」

「あら、まぁ……」

「残念ながら、神であっても自分の破滅を知ることは出来ないのです。貴女が未来を変えてくださったお陰で、コロル王国の滅亡は遠ざかったので、また未来を視ることが出来るようになったのです」


神であっても、なかなかに面倒なルールがあるようだ。


「しかし、こうして一度目の喜劇を未然に防ぐことに成功しましたが、依然としてグリフィスがトラブルメーカーであることに変わりはありませんよ」


王国の行く末を『喜劇』と評する神経が人間には理解できないところだが、ニウェウス神の言う通り、グリフィス殿下が王族として権力を持つ限り、コロル王国の命運は危ういことは変わらないのだ。

一度目はフラビアへの悋気によって身を滅ぼしたが、二度目は実の兄を弑して内紛を起こし、三度目は他国の王女に手を出して滅びに導いたのだから。殺すか王籍を離脱させる以外に方法は無いだろう。


「その辺りも抜かりありませんわ」


王家と公爵家の縁談が無くなれば丸く収まると思ってはいない。まだまだ私が復讐したい人間はいるのだ。


「一体どのような方法で?私に聞かせてもらえませんか?」

「あら?私の心の中などお見通しなんでしょう?」


ニウェウス神は私の髪を掬い取って口づける。そうして甘い囁き声で語りかけてくるのを私は振り払った。


「私、恋人でもない殿方に近づいて欲しくありませんの」


ニウェウス神は自分の美しさを十二分に理解しているのであろう。『前回』、夜会やガーデンパーティーなどで女遊びの激しい貴族などが、そのような振る舞いをしていたのを思い出す。私に払われた手を眺めて、ニウェウス神は笑う。


「その反応も面白くて、私は好ましく思いますよ」

「げぇ……」

「フフッ。今後の活躍も期待していますよ」


鳥肌が立つ腕をさすっていると、不思議と意識が無くなっていったのだった。

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