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謀略 03

母とタイドとローズマリーが応接室に入ったのを確認すると、私は庭先に回った。


「お、お嬢様!!」


自室に戻るように指示をされていたのに、言いつけを守らない私にサルビアが声を上げた。シッと声を抑えるように仕草をする。


「お客様がお母様に酷いこと言ったら、私が乗り込んで助けてあげなきゃ」


子供っぽい言い訳だったが、同じく子供のサルビアも納得したのか隣に腰を下ろしてテラスから部屋の中に一緒に聞き耳を立てたのだった。


部屋で母で待っていたのは、神官と修道女、そして籠に入った赤ん坊であった。籠の中でスヤスヤと眠りに就く赤ん坊に見覚えのない母は、眉間に皺を寄せながらも、一番位が高いであろう神官に声をかけた。


「サイアン公爵ウェルテクス・サイアンの妻、アイリス・サイアンでございます。今日はどのような御用件で当家にいらしたのでしょうか?」


女主人としての母の立派な姿に、胸が熱くなる。私の思い出の中にいる母は、ずっと顔色が悪くて憂いた表情ばかりだったから、こうして生きている姿を見る度に切なさと嬉しさが胸に沸き上がってくるのだ。


「今朝がた、教会に併設した孤児院に赤子が連れて来られました」

「……生後間もない子ですわね」

「母親が産後の肥立ちが悪く、出産して2、3日で亡くなったので、近所の者が連れてきたそうなのですが……」


説明によれば、赤ん坊の母親は流れ者で、独り身の妊婦という姿から近所の者達の間でも訳アリなのだろうと見ていたそうだ。そしていざ出産し、そのまま亡くなったのだとか。両親など身寄りなりそうな者もいなさそうなので、女が住んでいた家の大家が神殿に預けに来たのだとか。


「預かった後、赤子の母親の遺品を確認しましたところ、こちらの公爵閣下のお名前がある手紙がありまして」

「まさか――ッ」


母は顔を蒼褪めさせ口許を抑えた。別邸の愛人以外の女にも手を出していたことを知って衝撃を受けたのだろう。


「男の御子様ですので、サイアン公爵家の継承に関わる問題かと思い、急いでお連れ致したのです」


サイアン公爵家は名門貴族である。そこに庶子とはいえ、継承権を持つ可能性がある男児が生まれたのだ。その御子が孤児院に入ったという瑕疵をつけるべきではないと、教会側は気を利かせて連れてきてくれたに違いない。関係者が口を噤み、正妻の許可があれば嫡子として問題無く後を継ぐというシナリオもあるのだ。


母にとっては苦渋の決断になるだろう。自分の血を分けた私ではなく、愛人の子に跡取りの座を譲らなければならないのだから。


「その子が私の弟?」


テラスの戸を開けて、私は応接室に入った。私がいるなんて思ってもいなかった大人達は目を丸くして驚いている。そんなことを意にも介さず、私は籠の中を覗き込んだ。


「お母様。赤ちゃん、可愛いわね」


頭から薄っすら生える金色の髪は、サイアン公爵と同じ色だ。まぁ、大人になるに従って色は変わっていくのだけど。目の色は眠っているから確かめようがないが、公爵とクロリスの子供ならどちらに似ても明るい色の瞳になるだろう。


「今日からうちの子なんでしょう?嬉しいわ」


そして私は無邪気な言葉で畳みかける。母に迷う時間を与えたくはない。


ちなみに、クロリスは生きている。今も潜伏場所にいて、体調が整い次第、隣国に移るという。子供には情が移るといけないからと乳を与える時間以外に触れ合うことをしなかった。本当に契約に忠実な女である。ちなみに大家を名乗る人間は、妻の家に行って留守にしているはずのリヴァーだ。



ドタッ ガタッ!


慌ただしい物音が聞こえて、乱暴に応接室の扉が開くと、サイアン公爵が転がり込んできた。いつも太々しく偉そうな男が血の気の引いた顔で、


「クロリスが!クロリスが見つかったと――ッ!!」


そう叫んで辺りを見渡しても、当然クロリスがいる訳がない。そしてクロリスがいないことに落胆しながら、籠の中の赤ん坊に目を止める。


「お父様。この子、私の弟なんですって」


大人達が誰も口火を切らないから声を掛けてやると、公爵は実の娘に対して『誰だ、この娘は?』とでも言いたげな顔をする。フラビアとて私より一つ年下なのだから、自分の娘だとは分かるだろうに。もはやフラビアのことさえも意識の中にはいないのだろう。愛に生きる愚かな男らしい姿だ。


「男児、だと――」


神官を確かめるように見て、神官が頷くと滂沱の涙を流して、その場に崩れ落ちた。


「こちらが御子様の母君が遺した品にございます」


修道女が渡す箱には、公爵が送った手紙や貴金属が大事に仕舞われていた。貴金属などは普通は『親切な近所の住人』の懐に入りそうなものだが、あくまでも御都合主義なシナリオなので全て綺麗に手元に残っている設定というわけだ。公爵はその一つ一つを手に取って、更に涙を流す。みっともない。


「旦那様」


母がしっかりとした口調で公爵を呼ぶ。


「そのように涙を流す前に、御子を抱いてやってくださいな」


公爵の泣き叫ぶ声に、男児は起きてしまったようで泣いている。けれども赤子など抱いたことのないのか、公爵はおろおろと狼狽えるばかりで全く役に立ちやしない。フラビアを愛しているように見えたが、あれも『娘を愛する父』という自分の姿に酔っていたのかもしれない。


「さぁ、旦那様」

「いや、しかし、いや……」


触ろうともしない公爵に痺れを切らした母が、泣く赤ん坊を抱きあげてあやし始めた。私が産まれて以来、赤ん坊の世話などしたことがないだろうに、彼女は慣れた様子で抱いている。


「お乳かしら?ローズマリー、ミルクの支度を。そして、今日からこの子がここで暮らす為の着替えやおむつの準備をして頂戴」


テキパキと指示を出す母の様子を呆然と眺めている公爵。逆に母は私を悲しげに見つめ、耐えられないとばかりにきつく目を瞑ったのだった。きっと私を跡取りにできなくなってしまうことを申し訳なく思っているのだろう。だけど、そんなものを私は欲しいとは思わない。新しく出来た弟に奪われただなんて思わない。母が明るく元気に生きていてくれるのなら、私はそれだけで十分だ。そんな近視眼的なところは、不本意ながらサイアン公爵に似ているのかもしれない。


意を決した母はサイアン公爵に声を掛けた。


「旦那様。この子は私が産んだ子供として、王宮に届け出を出しましょう」

「それは――」

「王家から再三に渡り、グリフィス殿下とセレスティーナの縁談の話が来ているでしょう。もし、愛人の子として届け出を出せば、難癖を付けられて覆されてしまう恐れがあります」


いずれにせよ、この国において庶子を認知するには正室の了承が必要になる。それを跡取りとして認知するどころか、自分の子として届け出を出そうと言い出すのは予想外だった。けれども母の言う通り、丸め込まれてグリフィス殿下と結婚するなんて有り得ない。


母がグリフィス殿下の評判を知っているかどうかは分からない。だけど母は腹を括ったのだ。なのに肝心の公爵はやっぱりオロオロとするばかり。公爵が動かなければ始まらないというのに、本当に役に立たない男だ。


「良いのか?私はお前を捨て置いたのに……」


どう考えたって良いはずはないだろう。けれども、母にとっては今この時こそ決断の時なのだ。


「旦那様の真に愛する方との御子ですもの。このサイアン公爵家の跡継ぎとして相応しい環境を整えるのが、女主人として当然の仕事でございます」


本当は女として愛して欲しかっただろう。叶わないのであれば、その感情を切り捨てたかったはずだ。しかし、その為には公爵と対峙する必要があった。けれども愛人の下へ逃げた公爵を捕まえることは、この十年で一度もできなかった。


「私はサイアン公爵家の人間として、旦那様の御子が立派に成長するように尽力したいと考えております」


母は男としてのサイアン公爵を見ることを捨て、共同統治者としてサイアン公爵と関わることを決めたのだ。新しい道を選んだ母は強く、そしてサイアン公爵は慈悲深い母に感謝するだろう。狙い通りだ。



「早速未来を変えることができわ。他愛もないわね」



こんなに簡単なことなのに、未来を変えることもできなかった【修正者】を選び続けたニウェウス神は、やっぱり見る目が無かったのでしょうね。


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