謀略 01
雇う予定の娼婦は中堅クラスの者で、足を洗って隣国に移る為の資金が欲しいのだとか。愛人稼業に対して金で割り切っている様子と隣国に移るというので産んだ子供に付きまとうリスクも少ない。
リヴァーが交渉するのを隣室から覗き見ていたのだが、ジニアによく似た女だった。栗色の髪に緑色の瞳の20歳の女だ。親の借金で売られ、14歳の頃から客を取っていたらしい。返済の目途が立ったので間もなく引退しようと思っていたのだが、娘を売ってからも生活を改めない親に愛想が尽きて隣国へ移ることを決めたそうだ。その資金としてサイアン公爵の愛人になって子供を孕むことに了承したのだとか。
「金の切れ目が縁の切れ目――とても都合が良くて素晴らしいわ」
顔を見せるつもりはなかったが、思わず私は声を掛けてしまっていた。
「……まさかお嬢様が私の雇い主で?」
「そうよ。驚いた?こんな子供が愛人稼業を斡旋するなんて」
娼婦は目を真ん丸くして、それから首を振る。
「スラムでは、お嬢様くらいの年で子供どころか大の大人まで従わせるような悪童もいますからね」
「あらあら。悪童ですって。これでも立派な淑女になる予定なのだけれどね」
まぁ、やっていることは悪人と大差ないとは思う。だけど、この女の物怖じしない様子が気に入った。彼女の産んだ子供ならば頭も悪くはないだろう。
「貴女の設定は理解した?」
「騎士の夫を亡くし、場末の食堂で働く未亡人でしょう?そんな女に公爵様が引っ掛かるのかしらねぇ?」
半信半疑なのは当然だ。金のある男というものは、自分の立場や収入を考えて付き合う者を選ぶ。けれどもサイアン公爵は9割の人間は自分を愛し、尊敬し、心服するのが当然だと思っている勘違い野郎なので、自分好みの女が近づいてきたら、すぐに転がってしまうだろう。
「なかなかに父親を舐めてるね」
「ろくでなしの親を持つとお互い苦労するわね」
コロコロと笑ってやると、娼婦も肩を竦めて笑った。そして彼女の前に銀貨と銅貨がたっぷり入った袋を差し出した。
「手付金よ。これとは別に娼館には残りの借金を返しておくから、すぐに支度をなさい」
「今すぐ?」
「善は急げと言うでしょう?貴女、名前は?」
「ク、クロリスよ」
半年以内に借金を返し終えて、計画はそれからだと話していたが、これだけ使える女なら計画を早めてしまう方が都合が良い。万が一、病気に掛かったり、刃傷沙汰に巻き込まれて死んでしまったら困るし、王家が縁談を早めてきても困る。リヴァーも驚いていたようだが、私が乗り気だと分かるとすぐに娼館の主人の下に残金を支払いに行った。多めに持ってきておいて良かった。
一月後、計画通りサイアン公爵は娼婦・クロリスに喰いついたのだった。余りに私の筋書き通りに進んだので、唖然とするリヴァーの隣で、私が腹を抱えて笑ってしまったのも仕方がない。そして娼婦の手練手管に骨抜きにされてしまったサイアン公爵は、別邸からは足が遠のいてしまったらしかった。
「クロリスが妊娠し次第、こちらで保護して頂戴。置手紙はこれで」
クロリスが現在暮らしている家に残す手紙の草案をリヴァーに渡す。
「『私のような下賤な女が公爵様に近づくなど烏滸がましいことだったのです。貴方様の愛を欲しいなどと申しません。せめて子供だけは私の手元で育てさせてください』ですか」
愛する女がこんなにも健気な言葉を残し、失踪するのだ。きっとクロリスのことが頭の中から離れなくて仕方が無いだろう。ましてや念願の男児が生まれるかもしれないのだ。執着もひとしおだろう。そして同時に、フラビアの母のことなどすっかり忘れているに違いない。
「別邸の御方は何度も公爵閣下に連絡を取ろうとしているそうですが、取り付く島もないそうですよ」
別邸の執事・リーフが手紙を持って公爵の下を訪ねるが、本人には会えず、その部下が手紙を受け取り、手紙は適当に積み重なるばかりだとか。
「クロリスからは、公爵は彼女が手ずから作った食事を喜んで食べ、狭いベッドに一緒に寝ていると報告が来ています」
「あの家のベッドなんて、一人用でしょう?」
「はい。けれど公爵は文句も言わないそうです」
本邸は元より、別邸でも贅沢な暮らしをしていたサイアン公爵が、今更になって女が一人で暮らす狭い家で生活しているというのか。
「あの男には、公爵と言う地位も何もかも、不必要なものが多過ぎたのかもしれないわね」
捨て置かれた身としては、同情するつもりはない。けれども客観的に見ると、あの男もまた『家』というものに踊らされていた者の一人なのだろう。自分の思う未来を選べない、好きな女と所帯を持てない、それはあの男にとって窮屈で辛いものだったのだろう。だが、私とて不幸になる気はないのだ。
それから半年ほどしてクロリスは妊娠した。その兆候をサイアン公爵にだけ匂わせた後、母の実家であるセルリアン侯爵家の方の伝手を使って彼女を匿うことに成功する。クロリスが働いていた食堂には田舎に帰ると言って辞めているので、王家もすぐに探すことはできないだろう。まさか正室の実家が関わっているとは思わないに違いない。
クロリスは年の離れた公爵の相手をすることに対して特別苦痛に思うこともなく、太客だと思って対応していたらしい。妊娠しても非常に元気で、医者の見立てでも元気な子供が生まれそうだということだ。
「今夜も御父上様がお帰りですよ」
にっこりと微笑んだローズマリーが告げる。きっと私が喜ぶと思って教えてくれたのだろうが、愛人のいる別邸に行く気にもなれず本邸に戻ってきているに過ぎないに違いない。公爵の私室は西棟にあるので、ジニアは母の住む東棟から出ないようにリヴァーには言い含めているので大丈夫だろう。クロリスと間違えてジニアに手を出されてはたまらない。
「お父様はいつもお忙しいから、家に帰って来た時くらいはゆっくり過ごして欲しいわ」
そう言って、出迎えに行くのを遠慮する。私が行ったところであの男が喜ぶはずがないだろう。精々苛立って寿命でも縮めば良いのだ。いや、跡継ぎが生まれるなら、その子が成人するまでは生きていてもらわなければ困るか。




