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裏切り 01

「貴族の模範たる公爵家の令嬢であるにも関わらず、父親を蔑ろにし、義理の妹に嫉妬の目を向け、虐げるなど言語道断である!!」



ある晴れた日の麗らかな午後に、似つかわしくない怒号が響き渡った。

ここはコロル王国で最も高雅であり、厳粛であるべき王宮の、王国で最も高貴な女性である王妃殿下の庭である。怒号の主が第二王子グリフィス・カーマインだった為に、護衛や使用人達も接近を許してしまったのだ。


この時、王妃の庭には王妃本人とセレスティーナ・サイアン公爵令嬢がいた。セレスティーナ公爵令嬢は、幼い頃からグリフィス王子の婚約者であり、王妃が実の娘のように可愛がっているので、こうして王宮に呼び寄せ、話し相手にすることは社交シーズンの前にはよくあることであった。


そしてグリフィス王子は自らの婚約者を貶めるように糾弾したのだ。


「殿下。これは一体何の騒ぎですか!?」

「うるさい!!」


王子の進路を護衛が阻み、王妃付きの執事が声を上げるが、すぐさま一蹴されてしまう。


「そのように心根の卑しき女を我が妃に迎え入れるなど出来ぬ!よって、そなたとの婚約は破棄させてもらう!」


突然の婚約破棄宣言に、その場にいた者達は驚いた。王妃は血の気を失って今にも倒れてしまいそうに震えていたのだが、当の本人であるセレスティーナ公爵令嬢は穏やかな微笑みのまま座っているのが対称的であった。


「お義姉様、申し訳ありません。でも、私は殿下を……グリフィス様を愛しているのです!」


そこへ飛び込んでくるように一人の少女が現れた。グリフィス王子の腕に絡みつく所作は非常にだらしない。驚倒していた王妃でさえ、眉を顰める始末である。しかもセレスティーナ公爵令嬢を『義姉』と呼ぶのだ。尋常な事態ではない。


「そちらの御令嬢は……」

「サイアン公爵家のフラビアだ!公爵家の人間だと言うのに、王宮にさえ私と一緒でなければ入れないなどと、どうなっているのだ!!そこの女に惑わされた者の嫌がらせだろう!まだ王子妃でも何でもない人間の専横を許すとは怠慢だ!!」


確かにサイアン公爵は十年ほど前に正室を亡くし、後妻を迎えた話は聞いているが、その後妻が産んだにしてはフラビアなる少女は、とうが立っていた。グリフィス王子とセレスティーナ公爵令嬢は同じ年であり、フラビアもまた大して年が変わらないように見えるのだ。


コロル王国の法律では一夫多妻は認められているが、その場合は正室の許可が必要になる。そして側室や愛人に子が生まれた場合は正室の許可が無ければ、夫の子としては認知できないようになっている。そうであるから、普通の貴族男性は正室の機嫌を取る為に、婚姻後しばらくは愛人を作らないか、その存在を完全に隠すように取り繕うものだ。ましてや庶子など作ったところで正室が許可しないのだから、迎え入れることなどできない。だからこそ庶子は嫡子よりも年下であることが殆どなのだ。


本当に後妻の子だとしても、正室が存命中に誕生したのであれば正室の許可が必要で、許可が無いまま正室が亡くなった場合は永久に認知の機会は失われるのである。


常識ともいえる疑問について、グリフィス王子は何も思わなかったのだろうか。その短絡さはこれまでも取り沙汰されてきたことだが、王妃が息子可愛さに目を瞑り続けていたが故に全く改善していない。


更にはグリフィス王子に付けられた側近というのもあまり良い人選ではなかった。フラビアと共にグリフィス王子の後ろからやって来た三人の側近達は、主人を諫めるどころか一緒になってセレスティーナ公爵令嬢を貶めたのだ。


「御自分に愛嬌も無く、殿下の歓心を買うことが出来ないからと言って、自分とは正反対で愛されている妹を虐げるなど悪辣極まりないと思わないのですか?」


と、エスメラルダ侯爵家の次男。


「グリフィス殿下とフラビアは愛し合っているんだ。素晴らしいことじゃないか。どうして邪魔をするんだ?」


と、王国騎士団長を務めるラピス伯爵家当主の嫡男。


「フラビアの御母上が子爵家出身だからと馬鹿にしているそうですね。そのような選民思想が、国をダメにするんですよ」


と、貴族社会の最下層出身ながら、神童と名高い男爵家令息。


よくもまぁ、そんな的外れな暴言を吐けたものだと、ちょっと事情を知る者なら思っただろうが、それを口にすることが出来る王妃が全く頼りにならないのだから、グリフィス王子の独壇場である。

グリフィス王子はセレスティーナ公爵令嬢が、いかに自分の妃として足りないか、高慢ちきで鼻持ちならない女であるかを説いた。余りに歯に衣着せぬ物言いに、王子達以外は眩暈で気絶しそうになったが、全く止まる様子もなくベラベラと語り続けている。


パチンッ


小気味の良い音が響いた――セレスティーナ公爵令嬢が扇を閉じたのだ。


「貴族の婚姻に愛嬌など必要ありまして?こう言っては何ですが、エスメラルダ侯爵夫妻といえば社交界きっての仮面夫婦ではありませんか。その御二人の御子息として思うところがあるのだと存じますが、御両親を説得できないにも関わらず、人様の縁談に嘴を挟むのは礼を欠いた行為ではありませんか?」


彼女が言う通り、エスメラルダ侯爵夫妻は仮面夫婦というのは有名な話だ。夫人は息子を二人産むと侯爵とは閨を共にすることもなく、お互いに愛人の家で暮らしている。エスメラルダ侯爵家の息子達は使用人に育てられたという事実は、貴族なら常識であるというくらい広く知られた話だ。


「また、私が一体いつ殿下達の仲を邪魔したと言うのですか?殿下の不貞を知ったのは、たった今ですのよ?本来報告すべき貴方がたが話を止めていた癖に私を糾弾するなど、恥を知りなさい」


グリフィス王子に婚約者ではない女性が近づいたのなら、自身で諫めるか、然るべき人間に報告すべきだろう。それを怠った上でセレスティーナ公爵令嬢を糾弾するのは、騎士を志す者としては卑劣である。


「私が選民思想の塊だというのなら、御望み通りに貴方を不敬罪で牢に入れてやることもできるのよ」


王子の側近は、セレスティーナ公爵令嬢よりも格下の家だ。彼女が不敬だと言えば、すぐさま牢に拘留することは可能だろう。


「そうやって人を脅すな!!」

「まぁ。私は真実を伝えただけではありませんか。それをまるで演劇の悪役のようにおっしゃるなんて……」


彼女は穏やかな表情を崩さない。


「王妃殿下。これは王家とサイアン公爵家の婚姻は無くなったということでよろしいでしょうか?」


彼女だけが、グリフィス王子の乱心など取るに足らないことであるかのように全く動じていない。そしてセレスティーナ公爵令嬢は真っ直ぐに王妃を見つめる。


「フン!!何を言う!貴様ではなく私はフラビアと結婚するのだ!!」

「そちらの方と御結婚されるのですか?」

「あたりま――」

「ち、違うわ!!」


ずっと震えていた王妃が甲高い声を上げて叫んだ。


「違うのよ!!セレスティーナ!!何かの間違いなの!!」

「間違いなどではありません!!母上!!私は――」

「黙りなさい!!」


鬼気迫る母親の姿に、ぐっと言葉を詰まらせるグリフィス王子。


「婚約の解消が王家の総意であるのなら、サイアン公爵家は従うつもりです」

「違うわ。この子は錯乱しているのよ?いいえ!その女に騙されているの!賢いセレスティーナなら分かるでしょう?」

「そうなのですか?」

「そうよ!!」

「違う!!貴様をサイアン公爵家から放逐し、フラビアと結婚して私がサイアン公爵となるのだ!!」


グリフィス王子は王子妃だなんだと騒ぎ立てているが、王子とセレスティーナ公爵令嬢の婚姻は、王子の臣籍降下に伴う婿入り婚である。そうであるから跡取り娘であるセレスティーナ公爵令嬢を無下に扱うことなどできるはずがないのだが、彼女の義妹だと言うフラビアを連れているせいなのか、変に気が大きくなっているように見える。


「フフッ。私を放逐なさるなんて、そんな馬鹿な話があるものですか」

「馬鹿なものか。貴様のような女と婚姻するものか!!」

「何の罪も無い私をどうやって追放なさるのです?サイアン公爵家一門が黙っておりませんわよ?」

「サイアン公爵を味方につければいいだけだろう。寄子貴族など、どうとでもなる」


あくまで強気な王子ではあるが、サイアン公爵以上に公爵家の寄子には政治力に長けた人間が多数存在している。この御家乗っ取りのような様相を成す婚約破棄の話について、口を出さないはずがない。王家の弱みを握って力を削ごうとする輩が出てくる危険性に、王子は気づきもしないのだ。


「御心のままに」


馬鹿丸出しの王子に対し、セレスティーナ公爵令嬢は、そう言って美しく微笑んだのだった。


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