第8話:魔術師の弟子
ようやくファイと別れて馨はため息をついた。
いったい何なんだ、アイツは。
家まではあと少し、その前にコンビニでお菓子でも買おうと思って道を曲がった。
その時、足元に模様を見つけた。
―“魔法の模様”だ。
馨は周りに誰もいないことを確認すると、そっとつま先を模様につけた。
その時、足が地面から離れないような感じを覚えた。
「な?」
バリっという音とともに全身の力が抜けた気がした。馨はその場に倒れこんだ。薄れ行く意識の中顔をあげた。
風灘の制服…?
馨はそのまま意識を失った。
誰かに背中でおぶわれているようなそんな感じがした。
かすかに覚えのある香りがした。
「う…誰…?」
「気がついた?馨ちゃん」
ファイは馨を背負いながら言った。
「…なんでここに」
「馨ちゃんレーダーが反応したからに決まってるじゃない」
ファイは語尾にハートマークをつけて言った。あほ、とかすれた声で馨は言った。
体の力が抜けてしまったようなそんな脱力感がした。
「どこへ…行くん?」
搾り出すように馨は聞いた。
「馨ちゃん家だよ。もう少しだから」
ファイが何故自分の家を知っているのかわからなかったが、馨はそのまま眠り込んだ。妙に負ぶわれた背中が温かかった。
馨が目を覚ましたのは、次の日の午後だった。今日が創立記念日でよかった、と馨は思った。そうして腕を組んで首をかしげた。昨日の記憶が全くない。ま、いいかと馨は服を着替えるためにタンスを引き出した。するとしゃがんだ拍子に生徒手帳が落ちた。見ると、手帳にポッコのシールが貼ってあった。
「ポッコやーん!なにこれ、なにこれー!」
馨は今まで見たことのないポッコのシールに胸を躍らせた。見ると、シールの中央部に何かはさまっている。首をかしげながら表紙を開くと、また別のポッコシールが貼ってあるのを見つけた。
「うわー!可愛い!」
馨は思わず声を上げた。そして次の瞬間、目を見張った。
“これ、発信機だからはずさないよーに。メイドイン・アルバコーポレーション”
ポッコのシールの下には小さな丸い粒が貼り付けられていた。
「な、ん、じゃ…こりゃー!」
馨はそれを親指と人差し指で一気に握りつぶした。
ファイはミス・クレアの墓石の前にいた。孫が危険な目にあってるっていうのに。肝心なときにいないんだから、あのばあさんは。
その時、ふわっと温かい気配がした。
「ミス・クレア!」
ファイは空に向って叫んだ。
<まあまあ、ファイじゃないの。どうしたのこんな朝早くに>
いつものようにおっとりとした口調でミス・クレアは言った。
「ったく、ミス・クレアこそどこに行ってたんだ?」
<幽霊になってもやりたいことはいっぱいあるのです>とクレアは微笑んだ。
「ふうん。なんか若い男の姿が見えたんだけど、また遊んでるな?」
<あれはお友達です、デートに行く途中で事故に遭ったらしいので、未練が残り霊体になってしまったらしいのです。でもさっきやっと成仏できました>
ミス・クレアは空に向って手を合わせた。
「…なんで自分も幽霊なのに除霊なんかやってんのさ?」
ファイは大きくため息をついた。
<馨は元気ですか>
ミス・クレアは聞いた。
「元気だよ。あの子、予想以上に手ごわいね」
<ファイは女の子を甘く見すぎです、馨は何か言っていましたか?>
「俺のこと『性格の悪い女こまし』って言ってた」
ほほほとクレアは笑った。
「何が可笑しいんだよ!あの子なにもわかってないじゃないか!自分が力を持っていることも、誰かに狙われていることも!何で本人に言わなかったんだよ」
ファイはクレアを睨んで言った。
ミス・クレアはファイの頭をなでた。
<皮肉なものです、わたしの魔力を欲した者には何も残らず、わたしの一番大切だった欲のない者に譲ることになるなんて>
「しょうがないなあ。俺しかいないんだろ、頼れる欲のない従順な若者は」
ミス・クレアは穏やかに微笑み、<ええもちろん>と言った。
クレアに恨まれるのが嫌だからこのままあの子のナイト役やってあげるよとファイが言うと、ミス・クレアは安心したような顔で消えていった。