第7話:待ち合わせ
「南野さん来ないねえ」
ジュンク堂書店の入り口近くでファイは言った。
「あんたがいるからやないんか?二人だけで話したいって言うてたし」
少し離れて馨は言った。
「それはないさ。第一印象から嫌われてる印象はなかったから」
「その自信どこから来んねん」
馨は顔を背けて言った。
よしもと新喜劇の劇場が近いこの場所からは周囲から「あれって在羽くんやない?」と騒ぐ声が聞こえた。その声ににこやかにファイは答えていた。
「馨ちゃん。南野さんに電話してみたら?」
ファイが言った。
「わたし、携帯もってへんからかけられへん。そもそも彼女の番号は知らんもん」
その言葉にファイは驚いたように言った。
「馨ちゃん携帯持ってないの!?」
「持ってへん。使わんもん」
へえ、今時珍しいねとファイは呟いた。ほっとけ、と馨はますます顔を渋くした。
待ち合わせを30分過ぎても南野有は来なかった。
「やっぱりあんたがおるから来―へんかったやんか」
馨はファイにやつあたりした。
「それはないって。僕がいたら寄ってこないはずがないさ」
ファイはそれをするりと受け流し、華をしょって微笑んだ。
「…何かあったんやろか」
馨は辺りを見回した。呪いなど信じてはいなかったが、彼女が何かにおびえ、不安に思っていた事は事実だ。
「何かあったとしたらそれは警察の仕事じゃない?」
ファイはあっさりと言った。
馨はしばらく黙った。
この在羽ファイというやつは冷たいやつなのかもしれない。周りで自分をちやほやする女の子たちには笑顔で優しい言葉をかける。でもそれは全てうわべだけにしか見えない。
「なにかあってからやったら遅いから相談にのってるんやろが!」
馨はだんだん腹が立ってきてファイに言った。
「君だって昨日『それは警察に相談したほうがいい』って彼女に言っていたじゃないか」
「そ、それは…。せやけど、力になれることもあるかもしれへんやろ」
馨は腕を組み、口を尖らせて言った。
ファイは言った。
「ないね。君にはミス・クレアのような魔力はない、なにもできないんじゃなかったの?」
ファイの言葉に馨は背けていた顔を戻した。
「昨日の二人の様子からみても君は南野さんと親しい関係であるわけではないみたいだし、友人伝いに相談にのってあげているみたいだけど、何もできないならはっきりと断ればいいじゃないか」
ファイはまっすぐに馨を見て言った。その口調はまるで馨を責めているようだった。
馨はその目をまっすぐに見た。
「助けてあげられるかもしれへんやろ。わたしには祖母のような力はない。けど、なにかできることがあるかもしれへん」
馨の言葉にファイは言った。
「何もできないさ。君は魔術師じゃないんだろ」
馨は少し笑って言った。
「せや。魔法なんか使えへん」
ファイは少し苛立ったように言った。
「そういうのをおせっかいって言うんだよ」
(この子は自分に魔力があるかもしれないことに今は気付いていない。昨日の邪気のこもったネックレスをこの子に預けたここといい、南野さんは俺がいると現れないところをみると何か企んでいるとしか思えないな。これ以上関わらせたくないんだけど、なかなかがんこだな、この馨って子は)
馨は不思議そうにファイを見上げた。自分に魔力がないことはわかっているらしい。なら、一体なんの目的で自分に近づいてくるのだろうか。
「そんなに見つめられると照れるな。じゃあもう遅いし、帰ろうか。送るよ」
いつもの調子でファイは言った。
「送らんでいい!」
カバンに差し出した手をまたつかまれそのまま引っ張られた。
「なんや?」
一瞬振り返りジュンク堂を見上げたファイの視線が気になり、馨は聞いた。
「いや。何でもないよ」
二人は難波駅まで放せ、放さないを繰り返しながら歩いていった。
「あいつ、在羽ファイやな」
ジュンク堂書店2階の窓側から風灘高校の制服を着た男子学生が言った。
「ええ。なぜか最近彼女に付きまとっているのよ」
その傍らで南野有は言った。
「あの在羽が特定の女の側にいることなんか今まで一度もなかった。あいつの目的ももしかしたら…」
「ええ、私達と同じみたいね。彼もミス・クレアの弟子のようだから」
生前、一番弟子に譲るといったミス・クレアの魔力だったが、彼女は弟子達に何も残さずにこの世を去った。集めたであろう魔法の品も彼女の部屋からは見つからなかった。そして弟子達はそれぞれにミス・クレアの隠した魔法を探し始めたのだった。
「こら、急がなあかんかもな。あの在羽に先を越されるわけにはいかん!」
二人は人ごみに消えていった二人のあとを追うようにその場を後にした。