第1話:イケメン王子とオタク女子高生
私立大阪聖清流女子高校。校門に一人佇む男子学生がいた。彼を取り巻くように、その周囲を清流女子の生徒が取り囲んでいた。その異様な雰囲気は、まるでどこか異国のスターでも現れたかのような黄色い悲鳴を伴い煌いていた。
私立風灘学園といえば、関西で指折りの有名なボンボンかつ偏差値がずば抜けて高い高校で有名な男子高校だ。その校章を付けているだけでも、世の女子高生は食らいつくだろう。
だが、わざわざ女子高の校門前で佇むその男はそのすらりとした長身に黒くつやの光る髪、りりしくもどこがはにかむと可愛い甘いルックスから、このところ「清流に吹く風の君」として一目置かれる存在になっていた。
彼の名は、在羽ファイ。関西を中心として財力を担う財閥、アルバグループの跡取り息子、その人である。
取り巻きの一人が照れながらおずおずと話しかけた。
「在羽君、今日は雑誌の撮影はもう終わられたのですか?」
その問いに白い歯を覗かせて彼は言った。
「いや、今日の撮りはないんだ。学校が早く終わったんで寄ってみたんだけど、2年3組はまだHR中かな?」
「いえ、3組でしたらもうHRは終わっております」
「そう、ありがとう」
にっこり微笑むその優しい瞳に、周囲にはほう、とため息がもれた。
2年3組。
由木馨は少年誌を広げながら得意げに言った。
「で、そこに現れた京君がかっこいいねん!」
「やっぱあのシーンは最高やんな」
馨の言葉に友人が合わせて言った。
二人の会話に「何の話?」と、馨の親友、澄が入ってきた。
「どうせオタク話でしょ」
呆れた様子の澄に馨が目を輝かせて言った。
「今日が新刊の発売日なんよ!」
「はいはい。本屋に直行してらっしゃい」
澄は手をひらひらとさせて言った。
「えへへ。ほんだら、また明日!」
馨が教室を出た後に、入れ替わるようにクラスメイトが興奮して教室に戻ってきた。
「『風の君』が校門に現れたって!」
「嘘?きゃー!行こう!」
澄は他のクラスメイトとともに駆け出した。
「あーあ。馨ももう少しで会えたのに」
「いいのよ。あいつは二次元にしか興味ないんだから」
澄たちは笑った。
「…なんや、あれは?」
馨は2階の廊下から校門の人だかりを覗いてつぶやいた。校舎から数名の教師がその人だかりに向かっていくのが見えた。校内にいる生徒も何事かと窓から顔をのぞかせた。
仕方ない。帰ろう、西門から。
馨は下駄箱から靴を抜き出すと、正門である東門を避けて西門へと回った。
「馨ちゃん、発―見!」
その間の抜けた呼び声にぎくりと振り返ると、先ほどまで正門に佇んでいた「清流に吹く風の君」が門の側からひょっこりと顔をのぞかせていた。
「なっ…!?」
何故ここに、と心底驚いた様子の馨を横目に自慢気にファイは呟いた。
「馨ちゃんレーダーがこっちに反応したから」
言葉尻にハートマークがいちいちつくのが馨の表情をますます渋くした。そして納得した。
「さては正門の騒ぎはあんたか」
「いいよね。女子高って」
変態か、と出かけた言葉を馨は飲んだ。
「一緒に帰ろう!」
無邪気に笑うその姿に馨はため息をついた。先ほど正門でもしこのセリフをこの男が口にしたのであれば、どれほどの女子が一緒に帰ったことだろうか。誰もが振り向くそのルックス、その甘い言葉でどれほどの女子を魅了しただろうか。
「で、今日は一体何の用や?」
ため息をついて馨は聞いた。
「君に会いに来たに決まってるじゃないか」
ファイがにっこり微笑んだ。
しばらくの沈黙が流れた。だが、その間もファイの周りにきらめいた空気が漂っていた。
「…もしかして、暇なんか?」
怪訝な顔で聞いた馨にファイはにっこりと華をしょって微笑んだ。
「あれ、どこかに寄るの?」
難波駅に着いて、ファイは馨に尋ねた。
「人と持ち合わせをしてるんや。ほなな!」
へーえ、そういってファイは早歩きの馨と歩調を合わせた。
涼しい顔でついてくるファイを無視して馨は走り出した。かくして、待ち合わせの場所まで二人のかけっこが続いたのであった。