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9.

今回はようやくヒロイン登場。

少し長めになってます。

 王城と言ってもその広さは東京ドームなんかよりも大きい。

 謁見の間があった本棟、大地を裁いた裁判所、国家機密も秘蔵されている図書館などの全ての総称として王城と言われる。


 広い王城の内の一角、修練場に戦闘職の勇者が集まっていた。

 修練場は百人規模の集団戦も余裕で行えるほどの広さがある。

 勇者全員が入っても十分なスペースが確保できる場所だ。


 普段であれば勇者各々が他者の邪魔にならない様に距離を取りながら汗を流して研鑽を積んでいる。

 しかしこの日は問題が起こった。


 集合した当初はいつも通りの鍛錬メニューを行っていた。

 最初はストレッチ。

 異世界のレベルや魔法も存在しても怪我の予防のために鍛錬の前に柔軟体操をする事は変わらないらしく20~30分と入念に身体を揉み解していく。

 当然面倒くさいと思う者もいるので中途半端にやっている者もいるが、注意されたりはしていない。

 それで何かあった場合は手痛い教訓になるからと見逃されているのだ。


 ストレッチが終わると勇者達に刃を潰して殺傷力が落とされた練習用の武器が渡される。

 練習用と言っても重さは本物と変わらないし、鋭角もある。

 バットなんかよりもよっぽど危険な武器だ。


 勇者達は自分の職業に従って各々に適した武器を手にしていく。

 職業に適した武器を手に持てば身体が勝手に反応して戦士の動きをしてくれる、などというゲームのようなご都合主義な設定はこの世界にはない。

 今まで武器を持つ機会の皆無な学生が正しい武器の使い方を瞬時に理解できるわけがないのだ。


 武器を持って子供のように拙い動作で振るう姿に指導官のカレンは瞬時に勇者達が戦いと無縁であったことを見抜き、鍛錬プログラムを大幅に改変した。

 すぐにでも実践をしたがる者達の不満を抑え込んで、武器に手が馴染むまで素振りのみを徹底的に行わせた。

 お蔭で勇者に怪我人が出る事無く、一定レベルまで武器を扱えるようになった。

 しかし残念ながらカレンの英断は周囲には認められなかった。

 地味な素振りばかり強要された勇者達だけでなく、さっさと戦争の前線に戦力を送りたい国の重役たちからものんびりに見えるカレンの指導に不満を抱いていた。

 陰口で非難されているのはカレン自身の耳にも入っている。

 それでもおよそ一月の間、カレンは練習を変える事はなかった。


 何故なら……という予想が現在行われている摸擬戦。

 摸擬戦訓練の解禁から僅か5日で勇者である持田聖魏がカレンに対して摸擬戦を申し込んだ。

 摸擬戦が解禁されれば同じ戦闘職でも職業の優位性、ステータスの補正、元来の身体能力差で差が出来る。

 当然勇者の職業を持つ聖魏はクラスメイトよりも頭一つ抜きんでており、敵なし状態だった。

 それで自分の力を過信し、調子に乗ってカレンに摸擬戦を申し込んだのだ。


 カレンは摸擬戦を受ける気はなかったが、傍にいた他の指導している兵士(カレンに陰口している貴族サイドの者)が勝手に承諾したため、強制的に行わなければならなくなる。

 周囲で自主練をしていた他の勇者達は自分達の最強と自分達の指導官の摸擬戦をすると聞いて手を止めて観戦を始めた。

 今の状況になった経緯はこんなものだろうか。




 聖魏はカレンとの距離を詰めた。


「『流水剣』」


 勇者スキルを発動し、上段の振り下ろしの途中から流れる様に中段への胴一閃が走る。

 カレンは上段の攻撃に対して既に武器による防御を取っていたため横への防御はない。

 聖魏は一撃を食らわせたと確信した。 


「――――っ!?」


 しかし聖魏の放った渾身の一撃はカレンの素手(・・)に掴まれた。

 聖魏は全力でカレンの腕ごと持って行こうとしたが、カレンの腕はまるで動かなかった。

 片腕で完全に虚を突いた状態でも聖魏の全力の攻撃は容易く止められる。

 まるでナイフで巨木を切ろうとしている様で切り崩せる気配は微塵も感じない。


 刃が潰してあるとはいえ金属バットよりも殺傷能力のある剣を素手で掴まれたという事実に聖魏の動きは僅かに鈍った所をカレンは見逃さず上段にあった剣が聖魏の首筋に突き付けられる。


「……ま、参った」


 聖魏が降参するとカレンは掴んでいた剣を離した。

 敗北した聖魏は悔しそうな表情で後ろに下がって力尽きたように片膝をついた。


 文句のつけようのない勝負に周囲からは拍手が送られる。

 その反応にカレンは余興としては成功したかなと思いながら倒れたままの聖魏に手を差し出した。


「見事な攻撃だった。レベルが上がればすぐに私なんて追い抜くだろう」


 カレンは嘘偽りない評価を口にする。

 聞く人によれば嫌味にも取れる評価だが一月も訓練を見て貰った勇者達にはそれがきちんとした評価だと分かっているので聖魏は不満を持つ事もなくむしろ笑みを浮かべた。

 カレンの手に取って立ち上がる。


 この後、カレンは勇者達にまだまだ緊急時の対応に遅れた聖魏を引き合いにやる気を引き出させようとしようとした。

 しかし手を離すよりも先にカレンの予想外の事が起きた。


「決めました。カレンさん僕のパーティーに入って下さい」


 対戦者だった勇者聖魏のいきなりの勇者パーティーの勧誘である。

 突然の申し出に刺し物カレンも動揺していた。


「私が勇者のパーティーメンバーに?」

「はい。あなたなら僕の背中を任せられる」


 聖魏の勧誘は周りの勇者や兵士達にも聞こえる音量で場内が騒ぐと同時にカレンの次の言葉を待っていた。


「断る」

「っ!? なぜです」


 返答は即答でのお断りであった。


 自国の騎士団長が勇者パーティーへ加入することは王国にとっても喜ばしいはずだ。

 カレン自身も一番の勝ち馬に乗れる。

 断る理由はない。


 聖魏はそんな勝算もあっただけに断られたことに驚愕とも呆然ともとれる表情で固まっている。


 聖魏の申し出にクラスメイト全員が勇者の誘いでも断るんだと驚いていた。

 転移して勇者などという明らかに主人公の職業に就いたと思っている聖魏は自分の申し出が断れるなんて考えておらず本気でショックを受けている様子である。


「あなたのパーティーには私なんかよりも相応しい人選を紹介される」

「僕はあなたが」

「私は魔族との戦いの前線に出る気はない」


 きっぱりと拒絶された聖魏はこれ以上何も言えず繋がっていた手を離す。


「さぁ、鍛錬に戻った、戻った」


 カレンは聖魏からの申し出をまるでなかったかのように扱って観戦していた他の勇者達に鍛錬を続けるように促す。

 観戦していた者達は我に返ってカレンの言葉に従い散らばって素振りを始めた。


 まだカレンを見ている聖魏から視線を外して立ち去る。

 まだ時間があるが自分がいては集中して鍛錬に取り組めないとの配慮からの行動だ。


 修練場を出たカレンは王城本棟に向かう。

 今回の摸擬戦で勇者達が大分戦闘に対して慣れを感じ始めた事が分かったので実戦訓練に投入してもいい、と判断したことを上層部に報告するためだ。

 早く実戦訓練を行えるようにしろ、と上層部からは催促をさんざん言われていたから喜ばしい報告になるだろう。


 本棟を歩けば貴族や文官、城勤めの使用人達がいる。

 彼らは仕事や他愛ない会話をしているが、カレンの姿を認めると顔を背けた。

 まるでカレンの事を触れてはいけない腫れ物の様に扱っている。


 王国には禁忌が存在する。

 元の世界でも双子の王子は不吉だとか言う感じのものだ。



 犯罪を犯した貴族同士の婚姻、及び出産である。

 数年に一回は不正、賄賂、汚職などで逮捕される貴族が現れるのだが、死刑になるのは稀も稀。

 重くても当主交代や跡継ぎ争奪戦から落ちる程度だ。

 そのまま当主のままという事も普通にある。

 犯罪を犯した者が当主に収まったままの場合、当然の事ながら周囲から嫌な目で見られる。

 貴族社会から縁遠くなるのは言うまでもなく、そう言った所は大地の世界と大して変わらないだろう。


 ただここからが大きく違ってくる。

 犯罪を犯した当主に嫁ごうとする者がいない、又は同じ犯罪を犯した者が嫁ぐことしかなかった時期に貴族の大多数が犯罪を犯したことで国が機能しなくなるという政治崩壊が起こり、当時の国王が一般人と犯罪者が結婚した場合、一般人が一家の主導権を得られるという方策を作った。

 それは一般人が女であっても有効であり、弱い立場であった女性の立場逆転を望んでいた女性が犯罪者当主と結婚し、運営する事で危機が去った。

 その名残から犯罪者同士の結婚は禁忌となったのだ。


 カレン・レッドチェスタは王位継承権を剥奪された王族と国家転覆を目論んだ罪を負った男爵令嬢の子どもであった。

 親が犯罪者同士というだけでも問題だというのに父親が元王族というのが更に話をややっこしくさせた。

 これがただの当主であれば家族総出で迫害されたり、引きこもりになれば済むが、元王族は領土を持たない上に生活も国家の監視生活だ。

 自分達で独立して食べていける地盤がない。

 捨ててしまいたいが、王族の血を継いでいるだけにそれすら行う事が出来ない。


 結果、教育費や食費、今住んでいる個室に至るまで全て国が用意した。


 カレンは幼少期から王城で王族や貴族、使用人から蔑まれて来た。

 カレンは周囲からの目を無視するために剣を振るって本当に実力だけで騎士団長にまで上り詰めたが、それもまた貴族たちにとっては面白くない事でカレンを陥れようと画策する輩も少なくはない。

 もし仮に先程の話をカレンが受けていたとしたら勇者パーティーのメンバーを狙う多くの貴族から更なる妬みを受けるだけだった。

 まぁ、その事が無くてもカレンは聖魏に対して全く興味がなくどう転んでも加入する事を断っていただろうが。


「……はぁ」


 カレンは上層部に報告を終えた。

 上層部は報告を聞くと喜ぶと同時に実戦訓練に行くまでにどれだけ時間が掛かっているんだ、とカレンの事を無能だと罵った。

 このぐらいの罵倒はカレンにとってはもう日常のようなもので特に気にした様子は見られない。

 溜息をついたのはこれから街に出て必要物資の買い出しを行わないといけないのに城下を覆う雲は分厚い黒色をしていて今にも雨が降りそうだったからだ。

 これは行きは兎も角帰りには雨に降られてしまうだろう。


 普段なら買い物は延期にするところだったが、今回は買う物の中に明日必要な物が含まれている。

 カレンは覚悟を決めて城門を顔パスで通過すると急いで城下へと歩みを進めた。


 ……しかし残念ながら店を出るタイミングで雨が降り始めた。


 このまま店内で止むのを待っても仕方がないと、カレンは外套のフードを頭にかぶって店を出る。

 雨粒は降ったばかりだというのに大粒で外套が濡れて重くなっていく。

 重みが増していく度に早かった足並みは徐々に通常の速度へと戻る。

 これだけ濡れてしまってはどうせ帰ったら風呂に入らないといけないので諦めた。


 歩みが遅くなれば雨で外出が無くなって人気のなくなった王都の街並みが目に付くようになる。

 いつもなら人が多くて見えない通路まではっきり見る事が出来た。

 そんなだからだろう。

 見つけてしまった。

 通路から外れた小道の先に遠目からでも汚れていると分かる男が雨の中壁を背に倒れているのを。


 カレンはそれを見て歩みを止めた。

 雨の中で雨具もつけずにずぶ濡れになって座っている男を訝しく思ったからではない。

 その男がカレンの記憶にある重要人物だと告げたからだ。

 

 見た限りスラムの住人の様な見た目だ。

 とてもカレンと接点のあるような男には見えない。

 昔は名のある騎士や有力貴族が落ちぶれるなんてのはよくある話。

 今は関わり合いのない人だと素通りしてもよかった。


 しかしカレンは無性に倒れている人物が気になった。

 路地裏へと足を進めて表情の見える位置にまで近づく。


 男の服装にも見覚えがあった。

 貴族の礼服や今流行の服装ではないがカレンは見た事がある。

 薄汚れていて原形が少し変わってしまっているが毎日見ていれば間違えようがない。

 そして服装が最後のピースを埋める事になってカレンは男が誰なのかを思い出す事が出来た。


「農家の勇者……ダイチ ヒイラギか?」


 口に出しては見たものの確証はなかった。

 勇者召喚が行われてからまだ1月経過したばかり。

 勇者召喚二日目に指導者の紹介で呼ばれた際に農家の勇者だと騒がれていた勇者の顔は記憶に新しい。

 だからこそ今倒れている男とあの勇者が本当に同一人物だとカレンには断言できなかった。


 大地を含め転移してきた勇者達はカレンにとって純真無垢な子供だ。

 嫌悪、軽蔑、嫉妬、罪悪感、殺意。

 この世界なら子供でも知っているはずの人が見せる負の感情をまるで知らない。

 カレンにはどの子も年齢以上に幼く見えた。


 しかし目の前にいる男の表情は随分と老けているように映った。

 髪や髭が延びたからおっさん感が増したという事ではなく、汚い人間社会の濁流に呑まれた者が持つようになる表情だ。

 敗者の持つ負け犬オーラから察するに相当な迫害を受けたのだろう、完全に心が折れてしまっている。


 カレンは大地に近づくと大地はようやく自分の事を見ていることに気づいたようで顔を上げた。


「……何か用か。もう取る物なんてねえぞ」


 顔を上げてカレンに対してそう言った。

 相手を盗人だと思っての一声とは裏腹に抵抗する気の感じない様子にカレンは身震いを起こした。


 大地はカレンが一向に立ち去らないのを見て背を預けていた壁を支えにしながら立ち上がった。

 その動きはへとへとになるまでしごき切った新兵よりも危なっかしい。

 立ち上がるとカレンに何も言う事はなく身を翻した。

 そしてカレンから離れる様に歩みを進める。


 男の生気のなさがまるで死地へと自ら進んでいるようだった。


「待て! 待ってくれ、ヒイラギ・ダイチ!」


 カレンは大地に駆け寄ると制止するために肩に手を掛けた。

 歩みを止められた大地は立ち止まりカレンの方に再び視線を向けた。


「何か用か」

 

 再び投げかけられる問いに気迫はない。

 しかしはっきりと拒絶の籠った声音だと判別する事が出来た。

 やっぱりカレンが教えている転移者達と一緒に来た者だとはとても思えない変わりようだった。


「用はないが」

「……あんたは戦闘職の指導官か」

「! そうだ。なんで、何があったんだ?」


 大地がカレンの事を思い出した事でカレンは質問を切り出した。

 カレンは大地が裁判で有罪になったと言う事は知っていたが、大地がどういった罪を犯し、どういった判決を受けたのかは知らない。

 勇者として恵まれている能力があれば一般人の何倍も楽に生きれるのに一体何があったのかとカレンは本気で思っていた。


「……あんたらに嵌められて地獄を見てるんだよ」

「嵌められた?」


 カレンはその言葉が裁判を指していると瞬時に思い浮かんだが、あの裁判は国王及び宰相や教祖、国の重鎮達も参加しているこの国で最高の裁判だった。

 そんな裁判で過ちがあるとは思えなかった。


「その顔だ。お前もその顔で見るんだな」


 大地はカレンの手を無理矢理振りほどく。

 しかし振りほどくと同時にその場に崩れ落ちてしまった。

 カレンは慌てて手を差し伸べるが、大地はその手を握ろうとはしなかった。

 一人でもう一度立ち上がろうと力を籠める。

 だが再びよろめいてしまい、結局カレンに身体を支えられる形になってしまった。


 カレンの方も大地の身体を支えて驚く。

 支えている大地の身体はとても軽かった。

 まるで女を支えているのかと錯覚してしまうほどだ。


 身体はやせ細り、汚れて良く見えなかったが血色も非常に悪い。

 外傷なら知り合いに回復魔法を頼めば済むが、病気であるならすぐにでも教会に連れていき治療をさせる必要がある。


 身体を教会のある方向に向けて、止まった。

 大地の腹がカレンにも聞こえる程大きな音を発てて鳴ったからだ。


 大地の病状はただの空腹。

 それなら改善するのは簡単だ。

 なんせ万能豆を食べてもらえばいいだけなのだから。


「腹が減っていたんだな。家になら万能豆がある」

「余計な事をするな」


 すぐに空腹から解放してあげようという善意の言葉に対して大地は激高したかのような声で拒否した。


「だがそのままでいたら死んでしまうぞ」

「死んだっていい。いや、寧ろ殺してくれ。……もう生きるのに疲れた」


 本気で死ぬ事を望んでいる懇願の声にカレンは逆によりしっかりと大地の事を抱えた。


「なん……」

「黙れ。いいから私に運ばれろ」


 大地は拒否するように離れようとしたのでカレンは腹を一発殴って強制的に気絶させられた。

 どんな目に遭ったか知らないが大地の態度はカレンには言葉では表せない不快さを感じさせた。


「……取り敢えず早く帰ってお風呂に入りたいわね(・・)




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