8.
王城を出た後、泊まっていた宿に戻ると部屋に置いてあった農具は無くなっていた。
厳罰内容は『今後の支援の打ち切り』であったはずなのに農具が無くなっていることに憤りを感じながら荷物をまとめて宿をチェックアウトした。
その後、唯一残っていた小銭で万能豆を買えるだけ買うと農地に向かった。
農地は相変わらずの荒地だ。
刈った場所以外は奥に進むのもきつい程草木が生い茂っている。
これを一人で整備するのははっきり言って無謀だった。
活路を見出すべく大地は本気で農家のスキルを調べる事にした。
魔緋木
地中内にある魔力を栄養に成長する。
大量の栄養を吸収し土地の養分を著しく枯渇させてしまう。
魔蒼草
地中内にある魔力を栄養に成長する。
大量の栄養を吸収し土地の養分を著しく枯渇させてしまう。
鑑定したらただの木や草だと思っていた植物が作物を育てる妨害をしているという事実を発見した。
この結果が本当だとするとこの木々が生えている内はどんだけ土を改善しても栄養が吸われてしまって、どんな作物の種を蒔いて育てようとしても意味がない。
面倒でもなんでも切り倒さないとならなくなった。
そうなってくると余計にこの農地は立地が悪い。
前を言っても右を言っても左を言っても木、木、木と視界一面木々ばかりで、水の確保も難しい。
(今更王国の指定された農地をこだわる必要もないし移動するか)
昨日まではまだ支度金や仲間の斡旋などをしてくれた借りを感じていたから我慢できたが、今の大地にはもう恩義は完無だ。
したがって国の命令で与えられた農地に態々従う必要など全くない。
大地はこの農地を捨てる事を決めた。
街に帰って購入しておいた地図を見て場所の目星をつけようと決意する。
「チュウ」
その後も何かないかとひたすら探しているとネズブルが現れた。
初めて会った時と同じ獰猛な威嚇音を上げながらこちらに近づいてくる。
集団の可能性もあると周囲を警戒する。
どうやら一匹だけのようだ。
相手が一匹だけだと分かると大地はすぐにお手製の木刀を構えて応戦した。
「うおおおお」
ジョゼフが一撃で殺せた魔物。
下級の魔物の中でもかなり弱いとユダに言われていた。
そんな魔物なら自分でも簡単に勝てる。
根拠もなくネズブルよりも自分の方が強いという思いから大地は異世界に来て初めての魔物との戦いを始めた。
――――ネズブルに勝つ事が出来た。
しかし1匹を相手にニ十分も掛かっていた。
予想以上にネズブルが強かったという印象ではない。
交戦中、何度もネズブルにいい当たりをしたのだが、ネズブルはダメージを食らったという感じを見せずに再び飛び掛かってきた。
その手ごたえは武器の性能や筋肉の差というよりもっと別の力が働いているように映った。
大地とジョゼフの大きな差と言えば職業。
戦闘職と非戦闘職のステータス差によるものだろうと推察できる。
職業補正が予想以上に大きかったようだ。
それと爪による切り傷を受けてしまった。
攻撃事態はなんてことはないもので避けるのが遅れて引っかかれた程度だった。だというのにまるで腕を思いっきり殴られたかのような痛みが走った。
ネズブル程度の魔物でも攻撃が通ってしまう防御力に避けられない時がある程の速度。
農家は最弱レベルの魔物一体で苦戦してしまうようなステータスなんだと文字通り肌で実感できた。
こんな有り様ではネズブルよりも強いスネートンが出たら勝てない可能性が高い。
魔物が出ただけで死んでしまう状態で作業することなどとてもできる状況ではない。
残念ながら煉獄での生活を一人でするには無理そうだった。
また魔物が出る前に大地は街に戻ると仕事に就くために冒険者ギルドに向かった。
冒険者は魔物との戦闘が主な仕事だと聞いているが、ラノベの知識からランクの低い冒険者用に雑用系の仕事を請け負っている可能性が高いと踏んで今後の行動が決まるまでの繋ぎに登録しようと考えての事だ。
冒険者ギルドはこの世界では王城に次いで高い建物で周囲にも冒険者らしき姿がチラホラ見える。
扉を開けて中に入った大地の姿を見て受付嬢が露骨に嫌な顔をした。
その表情だけで既に裁判の件で大地の情報が出回っていることが分かる。
冒険者ギルドは国家とは別の組織という話だったが、国から厄介者扱いされている相手を歓迎してはくれない。
大地は受付嬢の視線を無視して冒険者の登録をすると依頼を受けるべく掲示板を覘いた。
文字は読めないが、文字が読めない人のために描かれた絵で依頼内容が何とか理解できた。
(やっぱり討伐依頼が多いか)
それでも探していくと大地の予想通りランクの低い依頼の中に雑用系の依頼を発見した。
その中で特に良さそうなのが万能豆の収穫を手伝って欲しいという依頼。
まさに農家である大地にうってつけの依頼である。
早速受けようと受付嬢に依頼書を持って行くと、
「残念ですが、お受けできません」
「なんでだ!?」
依頼を受ける事が出来なかった。
「あなたは賭博罪と人身売買で罪を受けた罪人ですよね」
「あれは無実だ」
「どう言おうと冒険者ギルドとしては依頼人には安心安全な冒険者を委託する義務があります。あなたのような罪人を依頼主のいる場所に送ることは出来ません」
「じゃあどうやって稼げって言うんだ」
「依頼人のいない常時掲載している依頼でしたら問題なく受ける事が出来ます」
常時掲載されている依頼はほとんどが煉獄領土に赴いての魔物討伐だ。
大地にはとても達成できるものではなかった。
戦闘が出来ないという事は探索もできないに等しい。
採取の依頼も無理だ。
受けれる依頼がなかった大地は冒険者稼業での生活を断念するほかなかった。
「お前、農家の勇者だよな」
冒険者ギルドから出て次の案を考えていると上から目線の男達に声を掛けられた。
見るからにヤンキーといったガラの悪い男達に正直関わりを持ちたくない大地であったが、男達に進行方向を塞がれて無視する事が出来なかった。
「何か用か」
「聞いたぜ。お前仲間を金で売ったんだってな」
冒険者ギルドの受付嬢だけじゃなくこんな三下のような輩にまで噂が広まっているらしい。
「だとしたら?」
「お前みたいな屑に俺達がお灸を据えてやろうと思ってな」
男達は二ヤついた笑みで大地を見る。
その目はレオンが冤罪に嵌めたのに成功した時に見せた目と同じ人を陥れようと考えている目で大地は苛立ってきた。
こいつらはただ大地を苛めたいだけだ。
普通の一般人相手では自分達が責められるし罪悪感も生まれる。
だが大地相手なら正義は我にありと大手を振って行えるから絡んできたのだ。
己が正義だと信じて疑っていない。
(どいつもこいつも)
大地は付き合っていられないと逃げようとした。
しかし男達が大地を逃がす訳もなく後ろから背中を蹴られたのを機に大勢で袋叩きにあわされる。
男達は体格のいい戦闘職ではないとはいえ大の大人だ。
一撃が重い。
防御を捨てれば瞬く間に体力が失われるのが目に見えていた。
大地は結局一矢報いる術もなく男達の気が済むまでただ耐えるだけしかできなかった。
「これに懲りたら真っ当な生活を送れよ」
男達は満足するまでいたぶると、まるで正しい事をやり切ったという達成感の籠った声音で大地の事を注意して去って行った。
大地は男達が立ち去ってからもしばらく蹲っていた。
「……何が送れよ、だ」
散々蹴られて赤くなった腕に力を入れる。
「勝手に呼んだくせに自分の利益を優先したのはそっちだろ。なんでそんな奴らを助けてやらないといけないんだ」
大地はただ呼ばれただけだ。
この世界の住人を助ける義理もなければ義務もないのに農家として頑張ってこようとした。
奴らはその思いを踏みにじり陥れたのだ。
立ち上がった大地は痛む体を庇いながら夜の街に消えていった。