7.
「……んっ」
陽光が部屋の中を照らした明るさで大地は目を覚ました。
太陽の角度から見て時刻は9時を回っていると思われる。
「ヤバイっ!! 寝過ごした」
少し寝ぼけていた思考が一瞬でクリアになると大地は隣を見た。
「あれ? ジョゼフとユダがいない」
男三人で寝坊したと思っていたが、どうやら大地が最後に目を覚ましたようで二人の姿はもう部屋の中にはなかった。
何故先に目を覚ましたのに起こしてくれなかったんだと思いながら身支度を整える。
「あれ? ……は?」
隠して置いておいた財布がなくなっていた。
残っていた大銀貨丸々全部だ。
「二人が持って行ったのか。まさか盗まれっ……とにかく確認するためにも二人を探さないと」
大地は勢い良く扉を開けてまずニキータの部屋へと向かった。
「ニキータ、大地だ! いないのか!?」
ドンドンドン、と寝ていても起きそうなほど強くノックしても反応がない。
まるで人気を感じなかった。
「ニキータもいないのか!」
大地は続いて1階の酒場に向かう。
酒場には朝方から客が来て談笑していた。
だが三人の姿はなかった。
(やっぱり三人で金を奪って逃げたのか)
レオンの命令で無理矢理仲間になったとはいえ二日間でそれなりに打ち解けられてきたと感じていただけに大地は怒りよりもショックの方が大きかった。
そのお蔭か勢いで行動することなく一旦落ち着いて状況整理をする事が出来ていた。
酒場にもいないとなるともう宿舎の外に出ていると考えた方がいい。
そうなると全く土地勘のない大地が三人を探し出すのは非常に困難だ。
当てもなく探すのではなくこの国の警察のような組織に事情を説明して探してもらい、それでも見つからなければ面倒ではあるが王城まで言って事情を説明した方が三人を早く捕まえられると判断した。
次の行動が決まった大地は外に出る前に一旦部屋に戻って身支度をしようとして、
「全員動くなっ!!」
酒場の扉から全身鎧を包んだ者達が酒場に乱入してきた。
『おい、あれって』
『衛兵か?』
『違えよ。あいつ等は王族直轄の騎士様だ』
『なんでこんな片隅の酒場に来たんだ』
騎士団の姿を見て店内にいた客たちが騒ぎ出す。
最後の男が言ったように何しに来たのかは不明だったが、大地はいいタイミングで来てくれたと事情を説明して三人の捜索もしてもらおうと思った。
「静かにしろ、全員立って一列に並べっ!!」
先頭に立つ騎士が有無を言わさぬ酒場にいた人間に命令すると後ろにいた騎士達が出入り口を封鎖していく。
まるでこの場に手配中の容疑者でもいるかのようだ。
普通に待っていたら時間が掛かりそうだと思い、大地は戦闘の騎士の前に向かった。
「あの」
「なんだ貴様は、指示通りさっさと並べ」
「俺、この国で召喚された勇者なんだけど」
「なにっ!? ではお前が農家の勇者かっ!?」
どうやら農家の勇者の事が大分噂になっているらしく大地の思惑通り騎士の態度が変わった。
ただし好意的な物ではなく敵対心を持ったような目になっている。
大地もその視線に気づいて訝し気にしていると、周りにいた騎士に後ろから襲われて地面に押し倒された。
「な、何すんだよ」
「農家の勇者、貴様を連行する」
「はぁ? 俺が何したって言うんだよ」
「いいから黙ってついてこい」
騎士達は大地が何を言っても聞き入れてはくれず、荷物が部屋に置きっぱなしだと言っても離される事はなく、無言のまま馬車に押し込まれて二日ぶりに王城へと連行された。
連行された場所は王城ではあったが、訪れた事のない場所であった。
大地は建物の中央に立たされ、前には大地を見下ろすように国王や宰相、周りにはドーム観戦のような席にクラスメイトやこの国の人間が座って満席になっていた。
勇者である持田聖魏を始め、同じ農家の委員長、白薔薇亜里沙、友人の大金鉄二、武堂甲斐と取り巻き二人の姿も確認できた。
みんな大地の事を嫌悪の眼で見ている。
(なんだよこれ。これじゃあまるで……)
大地はこの建物の構造に見覚えがあった。
もし大地の考えが正しければ会場の中央という立ち位置は非常に最悪な場所である。
「これより勇者ダイチの裁判を始める」
真正面で見下ろす国王が声高らかに会場全体に宣言する。
やっぱりここはこの国の裁判所であった。
大地は一体なんで自分が裁判になっているんだ、と叫ぼうとしたが、その前に喉元に槍が向けられる。
「して、罪状はなんだ」
「賭博罪、人身売買で御座います」
宰相が罪状を述べると会場全体がどよめく。
だが一番驚いているのはまるで罪状について意味が分かっていない大地だった。
身に覚えがなさ過ぎて反論しようとしたが、また槍を突き付けられた。
「原告を呼べ」
宰相は大地の反応を無視して裁判を進行する。
原告とは今回の罪状の訴えを起こした人間だ。
どいつ身に覚えもない罪状を訴えやがったと入ってくる人間に視線を向けると、入って来たのは朝から行方不明になっていたジョゼフだった。
大地はジョゼフにどういう事だと声を出したが、ジョゼフは大地の事をまるで見ようとしない。
「何があったのか嘘偽りなく話せ」
「はい。私は二日前、レオン様の命令でここにいる勇者の従者となりました。命令とはいえ待望の農家の勇者に仕えられると意気込んでいたのですが、勇者様は真っ先に農地ではなく、「ギャンブルをできる場所はないか」と聞いてきました。知らないというと無理矢理場所を調べさせられました」
「はぁ?」
「賭博をやっている場所の情報を入手すると勇者様は「今回貰った支度金を何倍にも増やす」と言って賭博場に行って惨敗し、支度金をすべて磨ってしまわれました。それでも賭博をやめようとはせず遂には仲間の一人を奴隷に堕としたお金で……」
ジョゼフは言葉が途絶え瞳から涙が零れだす。
その話を聞いて大地は困惑するしかなかった。
(全く事実無根の作り話をなんでそんな神妙な顔して話しているんだよ。お前と会った初日から農地にはいってるし、支度金で武器を購入したりしてるんだ。そんな嘘少し調べたら簡単に分かるだろう)
こいつが元から仲間ではなく自分を陥れる為に来たという事が分かった。
しかし作戦の拙さに大地は怒りよりも呆れの感情の方が強かった。
「では証人尋問に移る」
ジョゼフの嘘八白な話が終わったようだ。
(証人って言っても今度はユダやニキータだろ?)
だが入って来たのは見覚えのない厳つい顔をしたおっさんだった。
「証人、名前と職業を述べてこちらの質問に答えろ」
「ここで証言すれば本当に俺の罪状を軽くしてくれるんだな?」
「約束しよう」
「俺はブブンダ。この王都の酒場の地下で賭博を開いていました」
「ではブブンダ、この中にお前の賭博場に出入りした事のある物はいるか?」
宰相の質問にブブンダは大地の方を向いて指を指した。
「二日前からあそこの奴が来たぞ。自信満々だったが、弱くていいカモだった」
「何言ってるんだ? お前なんかと会った事なんてないだろ」
「今は商人に尋問をしているんだ。貴様は黙っていろ」
周りに騎士に大地は抑えられてその後もブブンダはジョゼフ同様嘘八白の話でまるで大地が賭博をしている様に話した。
更にニキータを買ったという奴隷商が偽造して作ったと思われる買取の領収書を、農地に向かった際に道を聞いた門番が大地は門を通っていないと証言した。
幾らなんでもここまでやられれば馬鹿でも気がつく。
この場にいる全員が大地を犯罪者にする為に話を進めているのだ。
大地はドッと血が引いていた。
(なんでだよ! なんで三日前にこの世界に来たばかりの俺にこんないわれのない罪を押し付ける必要があるんだよ!)
自分を陥れて何の得があるんだ、と大地はここに来てからの出来事を振り返るが、やっぱりここまでされるような事はなかった。
(……いや、まさか)
大地はこの場にいるであろう人物を探した。
その人物は席の最前列にいたのですぐに発見する事が出来た。
向こうも大地が自分を見ている事に気がついたようでニヤついた笑みで見つめ返している。
大地はその笑みの意味を理解して自分の推理が間違っていないと確信した。
その人物は訴えを起こしたジョゼフを大地に与えたレオンだった。
「お前がっ! ぐっ! お前、農家を自分の支持する人間だけにする為に嵌めやがったな!」
口を開いたことによって騎士に押さえつけられたが、大地は構わずレオンを睨んで叫ぶ。
「何のことだ?」
農家は貴重な存在だ。
この世界で唯一煉獄領土で作物を育てる力を持っている。
勇者が食糧問題を解決すればその仲間も功労者として地位と栄誉を賜れる。
委員長の仲間になったレオンはただ戦場に行くよりも大きなチャンスを得た事になるだろう。
だが今回予想外な事に農家が二人も転移してきてしまった。
本来なら一人いればいいのに二人いた。
レオン達にしてみたら仲間にさえなれれば地位と名誉が約束されていたのが、二分の一に分かれてしまった事になる。
だから部下を使い、門番を買収し、丁度いい商人を捕まえて刑罰を軽くする代わりで嘘の証言をさせる。
三人が武器を持っていなかったのも大地の支度金を使わせるのが狙いだったのかもしれない。
(……ここまで大掛かりで冤罪を作りに来たって事かよ)
冤罪を晴らそうにもこの二日間関わった人間の誰がレオンの手のものか分からない。
下手に証人を呼んで否定されれば更に大地の立場が危うくなるだけであった。
「おいおい、街に出てすぐに賭博だってよ」
「それで負けたら女を売るとか屑じゃん」
「女の敵よ」
「同じ世界から来たものとして恥ずかしいわね」
裁判の流れが進むにつれて周囲に座っているクラスメイト達の大地を非難する言葉が強くなっていく。
誰も大地の事を擁護してくれる声を上げなかった。
友達だと思っていたクラスメイトも大地を失望した目で睨み、周りと同じように非難している。
裁判を可笑しいと思い、大地の事を助けようとする者は誰もいなかった。
「もはや言い逃れの余地はあるまい」
結局、大地は冤罪の流れを止める事が出来ず判決まで行ってしまった。
裁判なら普通はあるはずの弁護士による弁論はなかった。
ただ一方的に罪を突き付けられただけだった。
「……本来なら即刻牢屋にぶち込むところだが、お前は農家の勇者だ。牢屋に入れておくのは勿体ない。そこで拘束の罰は与えない代わりに今後一切の国からの支援を断つことにする」
つまり農家の能力を捨てるのは惜しいので牢屋に入れないが、大地自身には見切りをつけたので支援を打ち切るという事だ。
それを聞いても大地はもう反応しなかった。
ただこの場にいる全ての物を睨みながら裁判の終わりを待ち、自分が外に出てもいいと分かるとずっと自分を囲っていた騎士の拘束を外す。
「おい! どういうつもりだ」
「もう裁判は終わったんだろ。だったらもうここにいる必要はないだろう」
死刑や懲役刑でないのならもはや刑の重い軽いに興味はなかった。
「勇者の恥さらし!」
「謝罪しろよ!」
「土下座しろ! 地面に頭をめり込ませて謝れ!」
周囲の騎士達も裁判の終了後まで拘束する事は指示されていなかったようで無理矢理抑えようとはせず大地は隙間から出口に歩いていく。
それを見てクラスメイトから野次が飛ぶ。
大地は全てを無視して会場の出口を出た。
その瞳はもはや周囲全てが敵だという狂気の眼をしていた。
こうして大地は金と仲間、同郷の友、勇者としての信用……すべてを失い二度目の王城を後にした。